10.1
投稿ペースを保つ為に一話あたりの分量が減ります。
一話分になったら連結予定。
デルリフィーナ、その首都にある城は帝國の威信を示す為もあるのだろう、実に華やかだ。
一年ごとに外装は整えられ、見た目には老朽化とは縁遠い。
内部にしてもそれは同上であり、豊富な資金により古今東西の芸術品がさり気なく配置されたりもしている。
警備体制においても厳重であり、少数ではあるが、近衛に連なる精鋭兵が城内を巡回しており、小さな異変一つ見逃さない。
「さて、ボア、ミリア。そなたらには先日簡単にであるが、妾の正体について話したと思う。が、それだけでは無論足りぬであろう?」
レティーシアにあてがわれた客室、その中でメリル、ミリア、ボア、そしてレティーシアの4人がテーブルを中心に顔を突き合わせていた。
それに3人が頷く。
メリルはともかく、ミリアとボアにとってはある意味もっとも気になる内容でもあるのだ。
「どこまで、あるいはどこから話したものか……そうよな、まず妾がこの世界の住人ではないそのことからであろうか――――」
――――時はデルリフィーナでの説明より既に半日。
日は沈み、空には満点の星が輝き、満ちたる月がほのかに世界を照らし出す。
時を満ちたのだと吸血姫は口にする。
随分と遠回りをしたものであれど、こうして、この場、この星空の下、レティーシアが臣民、その最精鋭たる麾下5000の軍勢はここに集うのだ。
「さぁ、小癪な侵略者どもを排斥し、妾の名を轟かせようぞ。集え、我が臣民、月の眷属、血の血族、夜の支配者達――招聘――」
高らかな音が響く。
指を鳴らす音だ、不思議と響き渡る魔術の音だ。
世界足る壁を踏み砕き、距離という概念を踏みしだき、空間をすら割り砕いてその魔術は成る。
ガラスが壊れるように、前方の空間がクモの巣状に崩れ落ちる。
垣間見える極彩色の彼方。色彩の彼方より現れるは幾百、幾千の軍靴の音。
――――瞬間、横数百メートルに渡り世界が砕けた。
――――割いた空間より続々と軍靴の音が大地を侵略する。
男が居る。女が居る。
だれもが精悍に、美しく、誇り高く笑みを浮かべ異界の地に降り立つ。
唱和された歌が軍靴の音に混じり世界に響き渡る。
僅かな乱れもなく、異界の地を踏破せしと歌が鳴り響く。
――――あれかし、あれかし。我々こそ夜の眷属ぞ。あれかし、あれかし。
――――全ての生ある者よ。太陽の輝きに笑み向ける者よ。我と彼を畏れよ。
――――我らこそ星と月の眷属。
――――我らこそ最強の剣。砕けぬ盾。
――――刃を軋らせ、輝きを踏み砕き、闇を駆けるは我らが軍靴。
――――幾度もの夜を超えなお無敗。
――――王よ王よ、我ら5000、ただその御身が為に。
大地を揺るがす声量。魂の響き。
我々は偉大なる王の戦士であると、5000の兵が誇りを高らかに謳っている。
誰もが一騎当千。選び抜かれた精鋭。しかして個は群れとして機能するおそるべき軍勢。
例え上級と呼ばれる魔神であろうと、瞬く間に蹂躙せしめし夜の軍がその全容を明らかにする。
一人一人が濃密な魔力と気配を纏う中、一等揺るがぬ力を従わせた7名が静かに前に出て膝を折った。
「よくぞ妾の招聘に応じた、“ヴェントルー”“ギャンレル”“トレアドール”“トレメール”“ノスフェラトゥ”“ブルハー”“マルカヴィアン”。そなたらの忠義はまさに妾の誇りぞ」
たった一名で国を、大陸を焦土とせし化物、真祖。
血族における最上位、筆頭7名がレティーシアの言葉に深く頭を垂れる。
「ふぁっふぁっふぁっ! 王の招聘とあらば、たとえ如何なる理由とあれ、応じない理由もなし。永劫潰えぬ忠誠こそ本懐ですぞ」
「はっ! 今にも倒れ伏しそうな身でありながら、あいも変わらずと見えるなギャンレル?」
「なんのなんの……見た目はともかく、この精神、魂、まだまだ老いさらばえたものではありませぬぞ!」
何時にないギャンレルのどこか浮かれた口調に6名の真祖が軽く驚きの顔を見せる。
無理もない。
こうして正面からまともに会話を酌み交わすのは、円卓評議会筆頭を預かるギャンレルとて、実に数十年ぶりのことなのだ。
そも、血族にとって神に等しいその御身、レティーシアの言葉すべてがギャンレルにとってはまさに望外。
「ふむ、であれば軍の編成も問題はあるまいな?」
「それは無論ですじゃ。マルカヴィアンに託してますでな」
「ほぉ……マルカヴィアン、内情を妾に報告せよ」
その言葉に7名の中、一際背が高く、体格もよいベレー帽を被った男が進み出る。
筋骨隆々。黒髪、短髪。赤光に輝く瞳。
刃物を連想させる風貌。白兵戦において最強を誇る真祖だ。
軍部におけるほぼ全件を預かる身であるため、今回の編成においてもその一任を任されている。
「始祖様とこうして報告とはいえ、話すのも実にひさかただな……」
「そなたは職務に忠実なのはよいが、いささか遊興に欠けるからな。もう少し気を楽にして生きればよいものを」
「俺は俺にしかなれない。ただあなたに仕え、求められる役割を全うするのみ」
レティーシアのからかいめいた言葉にもマルカヴィアンは笑みをうかべず口にする。
彼が抱くは無償の忠誠。遥か昔、祖国に裏切られ、処刑間近となった身を救ったのは彼女だ。
血まみれた身を容赦なくこき使ってくれることこそ誉。
その身に宿した技能はどれもほの暗いものだが、レティーシアは何一つ厭わない。
だからこそマルカヴィアンも堂々とその技を誇る。
「報告させていただく。今回選び抜かれた精鋭5000。1個師団、2個旅団、4個連隊、8個大隊、以下省略をもって編成してあります」
数としては師団と呼んでも構わないものだが、どれも最低限の人数と呼んで差し支えないだろう。
ヴェルクマイスターの軍属は実に数万を容易に超えるが、今回はその中でも精鋭として選び抜かれた者だけが選抜されている。
形としては師団規模としているが、実際は連隊や旅団と考えるべき規模だろう。
「大将として全指揮権は基本的に俺が持つが、師団補佐1名、旅団指揮2名、補佐2名。連隊指揮4名、補佐4名。大隊指揮8名、補佐8名、計29名の適任者に任せてある。うち、旅団指揮官2名、師団補佐1名の計3名は始祖様に顔合わせをさせていただきたい」
マルカヴィアンの言葉に思わず、ほぉ……と、言葉がレティーシアより漏れる。
「軍の全権はギャンレルよりそなたに託された。それは妾より託されたのと同じ。そして、託されたのならば、妾を気にかけることなどなかろうに。それでもなお、面通しを望むとそなたは言うか?」
「この3名は5000の精鋭にあってなお、頭1つどころか、身長まるまる飛び抜けている者達だ。弛まぬ努力には上司として報いてやりたい」
そうマルカヴィアンがどこかバツの悪そうな表情で答えた。