三界大戦 蠕動編 その9
「それでは、今回の会談において司会進行を勤めさせて頂きますデルリフィーナです」
「今回は妾の提案に乗ってくれたこと、まずは感謝しよう」
それぞれの代表たるレティーシア、デルリフィーナが挨拶を交わす。
二人を含めた一同が集ったこの場所は城にある会議室の一つであり、普段は滅多なことでは使われない場所でもある。
中央は円卓状の机となっており、上座に女王が座り、右回りにその共が座っている。
逆に下座には対面する形でレティーシアが座り、左回りでメリル、ボア、ミリアが腰掛けている。
「いえ、礼には及びません。貴女が私達の想像を裏切るような実力を持つことも、人外であることも既に分かっています。そんな貴女がわざわざ接触を計ってきたのです、相応の理由があるのでしょう」
相手が交渉の席を用意した時点で、ある程度の妥協ないし譲歩は半ば約束されたようなものだ。
有無を言わせず内容を呑ませるだけの実力を持つなら尚更だろう。
後はどのようにして少しでも有利な意見を引き出し、この美しくも幼い少女に承諾させるのか。
デルリフィーナの脳内では既に数多の駆け引きが浮かんでは消えていく。
その様子を楽しそうにレティーシアは観察し、うっすらと笑みを浮かべた。
「なるほど、最低限の思考回路は持ち合わせておるようだな。そうでなくては妾も話しを持ちかける意味がない」
不遜不敵な発言にデルリフィーナが連れてきた共達が席から腰を浮かばせる。
直情的な反応だが、ゆえの忠誠心の表れでもあった。
腐ったと言われているこの国にありながら、まだそのような心を持つものがいることは、レティーシアとしては興味深くも感慨深い。
「よいのです。この場での会談は誰もが平等、不敬などは存在しません」
それにと、一体どちらの身分が上なのか?
内心で呟いて仕切り直す。
少なくとも、目の前の少女は身分がどうのと口にするようには見えない。
「そなたの犬は躾がなっておらぬようだな。妾のメンバーとは大違いだぞ?」
ガリッと、奥歯を噛み締める音が響く。
宰相の隣に腰掛けている青年が、口惜しそうにレティーシアを睨みつける。
彼にとって女王はそれこそ至高の存在だった。
腐りかけたこの国がまともに機能しているのは、宰相と女王が居るからこその部分が大きい。
大部分の貴族は大開拓次代の志を忘れて久しく、己が私腹を肥やすことばかり考えている。
どうせ目の前の少女はそんな事も知らず、口にしているのだろうと心の中で罵倒する。
「……抑えて下さい」
「……しかしっ」
「ここで声を荒げても、相手に利用されるだけです。私を想うなら、ここは我慢を」
「……はい」
そうだ、己はこんな無様を晒すためにこの場に居るのではない。
交渉相手の挙動その他から、少しでも情報を暴く為に居る。
激昂してる暇があるならその動きを観察しろ。
茶番のようなやり取りを見つつ、レティーシアの笑みは変わらない。
そもそもボア達が静かなのは、予め一切の発言をしないようにと言われているからだ。
早朝、レティーシアに関しての情報を一定量開示してあるが、内心では色々と思うこともあるだろう。
本来なら宿に置いてきてもよかったのだが、彼等の成長を考えれば、このような会談は格好の経験になると判断した。
「失礼しました。彼には後ほど言い聞かせますので、この場は話の続きを」
「よい、妾も少々大人気なかったゆえな」
宰相が大人気ないという言葉に一瞬瞼を瞬かせる。
十歳そこらの容姿で言われると、どうしても拭えない違和感を感じるのだ。
その容姿から察するに、見た目だけなら十代前半。孫とも形容できる年齢である。
青年の態度も実際のところ若いとは思うが、決して不快ではない。
人間は無鉄砲なくらいが丁度よいとレテイーシアは考えているからだ。
「さて、それでは交渉に入るとしよう。まず、妾が要求するのはこの国ないし、近くの禁止領域の割譲及び自治権となる。最低でも大規模都市が複数収まる範囲であるな。それと周辺諸国に対する便宜、これは主に商談に関してのものとなろう」
「まっ、待ってくれ、レティーシア殿、お主は一体何を――」
宰相が思わず待ったをかける。そこに声を一瞬でも荒げたことに対する失態の念はない。
この少女は一体なにを言っているのか?
今回の会談はそもそも件の絡繰人形に関することではなかったか。
それがどうして割譲やら商談やらとなる。
戦力の提供の報奨として、土地の割譲はまだ分かる、禁止領域なら元から治めてるとは言い難いのだからさほどの問題はない。
そこまで思考し、宰相も女王もまさかと思う。
都市が収まる程の土地、商談、便宜、つまり、そう言う事なのか。
「つまり、それらの条件を私達が呑むことで、貴女はその持ち得る“戦力”を提供すると、そう考えてよいのですね?」
「しかり。そなたらがこれらを呑むのであれば、妾がもち得る“戦力”を提供する考えがある」
それは即ち、この少女、レティーシアが個人のみではない、あるいは特殊な能力を持ちえるということだった。
単体でも現状未知数の実力を誇る化け物が、更に別の戦力を持ちえるという恐怖。
しかし、それを顔に出しては弱味になりかねないと飲み下す。
ここで取るべき行動は、震える手に従っておびえることではなく、その戦力がどのようなものか把握することだ。
「なるほど。しかし、報告では例の人形は少なくともSランク以上の戦闘能力を持ちえるという話です。恐らくはまだ複数それらを抱え込んでいるでしょう。それらを押さえ込む戦力を提供する、と?」
Sランクに対抗するにはAランクでのレイドパーティを組むか、軍隊を持ち出すか、英雄クラスのニアSランクを数名動員する必要がある。
そんな相手が複数侵攻してくると考えられるのだ、提供するという戦力が単体ないし、弱小とは考えにくい。
恐らくはニアSランク級の戦力を提供できる用意があると見るべきだ。
「うむ。そなたら的に定義するのであれば、最低でもニアSランク級からそれ以上の単体戦力を数にして、数百から数千単位で提供する用意がある。言わば妾の私兵だな」
――その発言はこの場の全員に等しく驚愕の感情を与えた。
繕った仮面をも強引に引き剥がす程、この情報は、発言はあまりに重さが桁違いにすぎる。
「……はっ?」
「なぬっ!?」
「ッ!!」
発せられた言葉に女王達ばかりか、ミリアやボアさえ思わず息をのむ。
現在大陸でもニアSランクの実力者は間違いなく数百名程度。
それと同等の人数ないし上回る数を用意するなど、一体どんな冗談だと言うのか。
もし本当であればつまり、この大陸の文明に対し真正面から戦争をふっかけられるということになる。
「何をそこまで驚く必要がある? そなたらは既に、その片鱗をアルイッドで見ておるではないか。デルリフィーナよ、そなたも報告は受け取っておるであろう?」
なら、それ以外にも戦力を保有していると考えるのは当たり前であろうとレテイーシアは呟く。
確かに、デルリフィーナもメリルやミリア達も、グレンデルだけがその抱える私兵だとは思っていない。
それでも三桁ないし四桁というのは予想外に過ぎた。
AランクでもBランクでもなく、SないしニアS級。この世界で表に出ないまま、それだけの戦力を一体どこから生み出したというのか。
「そうですね。それくらいは考えてなかったとは言いません。しかし、私達の常識的にとても受け入れがたい事実でもありました」
「待ってください陛下! 今の発言を鵜呑みにされるのですか!? この者が嘘をついてない保証など――――」
「よしなさいっ!!」
一瞬眉をしかめたレティーシアを見、デルリフィーナが普段見せない荒げた様子で制止の声を上げた。
その声量は本人にしても予想以上であり、一瞬気まずそうなな顔を見せる。
目の前の人物の怒りひとつで、どのような災いが起こるか予想もできない。
そこからくる一瞬の焦りの制止であった。
「この場は相手を信じることから始めなければなりません。戦力を提供してもらうのは私達なのです宰相。それならば、歩み寄るのもまた私達からでなければなりません。第一、この場で嘘をつくメリットなんて、彼女にはほぼ存在しないのですから」
その言葉に青年も宰相も、苦々しい顔をして浮かしかけた腰を下ろす。
嘘とはつまり、結局のところは怯える者が用いる手法である。
何者であろうと揺るがぬ者が、嘘をつくメリットはそもそも存在しえない。
メリットによらない性格的な問題もありえたが、それは除外していいだろう。
ただ、歩み寄るとはいえ、提供された案をそのまま呑み込むべきかどうかはまた別問題であった。
帝國内における土地の割譲。一見それは妥当な報酬とも見える。
実際過去にも似たような例はそれなりに存在するといえよう。
ならばなぜ宰相もデルリフィーナも先のように驚いたのか。
一つ、普通なら貴族位を望むものだからだ。
此度の件が予想以上に大きなものとなれば、その功績は上位の貴族位を授けるに値する。
そうなればわざわざ要求せずとも、領地という形で都市や土地を下賜することになるだろう。
ならばなぜ? 彼女は土地のみを要求したのか。
つまり、そういうことなのだろうとデルリフィーナは思考する。
貴族になるということは、国に属するということでもある。
不味いのだ。恐らく、彼女の立場上それはあまり取りたくない選択なのだろう。
先程から観察するに、その所作一つとっても非常に洗練されており、視線を奪う。
そこから推測すれば、その身が自然と高貴な身分にあると知れる。
嘘偽りで身に付けるにしては、あまりに美しい動作だ。
一国の、それも大国の女王である己すら知らないかもしれない組織。
おそらくはそういったものが存在する。
そして彼女はその中でも最高峰の身分を誇っている。
ゆえに、他に臣従したととられかねない貴族位を受け取るわけにはいかない。
しかし土地は欲しいということは、そこを“拠点”にするつもりなのではないか。
この案を受け入れるなら、最悪獅子身中の虫を飼うことを意識しなければならない。
それも一度爆発すれば国ごと食らい尽くしかねないほどのものをだ。
「呑めぬか? であろうな。たとえ今回の危機を乗り越えようと、その戦力が自国にその後向かわぬ保証などないのだ。それも土地の割譲となれば、ますます怪しくも見えよう。ゆえに、妾は再度提案しよう、土地の割譲後、自治権はそのままであるが、観察員を受け入れる用意があると」
その言葉はこの先、どう譲歩を引き出そうかと考えていたデルリフィーナの心にするりと忍び込んだ。
基本に忠実な、しかし有効な一手であった。
最初に受け入れるかどうかギリギリの線を突きつけたかと思えば、その後一歩ラインを下げた提案をしてくる。
それも見透かしたかのようなタイミングで、だ。
「悩むのは構わぬが、あまり待たせるなよ。妾はこう見えて暇ではない。そなたの意見次第で即座にやらねばならぬこともある」
その発言にメリルが一瞬吹き出しそうになる。
確かにレティーシアは暇ではない。だが、それは忙しいからということでもない。
むしろ、退屈を紛らわす為に暇にならないよう演出しているのだ。
それを知っているからこそ笑いそうになり、「失礼しましたわ」と口にしてから顔を俯けた。
それを知る筈もないデルリフィーナは顔にこそ出さないが慌てる。
相手は人外。精神構造が人と必ずしも同じとは限らない。
どんな些細なことで交渉が打ち切られるかもわからないのだ。
相手がこちらの呑みやすい提案をわざわざ差し出したということは、逆に言えば、それ以上の譲歩は難しいということもである。
ならば、ここで相手の機嫌を損ねるよりは、快く受け入れ、少しでも心象を良くするべきだと決断する。
「分かりました。その条件をのみましょう。ただ、こちらからも一つお願いがあります」
「ほぉ……言うてみろ、内容によっては叶えるのもやぶさかではない」
わざわざお願いと口にするとは、中々に強かだと口元をつりあげる。
「疑う訳ではありませんが。この先必要とされるでしょう、連携や仲間内での衝突。それらを未然に防ぐために、近いうち、一度提供して下さる戦力の確認をさせていただきたいのです」
「よかろう。妾としても、その程度であれば断る理由もない。場所、日取りはそちらに一任しよう。妾達は暫く城下の宿に滞在しておるゆえ、遣いの者を寄越すがよかろう」
「そのことなのですが、もしよけろしければ、城の客室に泊まっては如何ですか。そちらのメリル嬢は、私の娘とも交友があります、きっと喜ぶでしょう。ミリアさんとボアさんも是非暫く滞在していって下さい、歓迎致しますわ」
その発現に中々思い切ったことをすると、レティーシアはデルリフィーナの評価を一段階上乗せする。
ミリアとボアも、滅多に与るのことできない栄誉にうれしそうだ。
とは言え。娘の為と言いつつ、実際の所は私生活を通じてこちらの情報を探る腹積もりなのだろう。
かといって、見られて困るものは“こちら”としてはとくにない。
最悪強引に情報を封じることもできるとすれば、断る理由もないのだが……
「メリル、正直妾はどちらでもよいと思っておる。そなたに判断を委ねよう。どのようにしたい?」
痛くない腹を探られても問題はないが、わかっていて出向くのも少々癪ではあった。
だが、中々面白そうな提案でもある。
天秤は承諾にやや傾いているが、一押しが欲しい。
ならばと、メリルに判断を任せることにする。
「そうですわね。個人的にはシャンレイとも久しぶりに過ごしたいですわね。それに、彼女、凄く魔法の研究に熱心なのですわ。レティとはもしかしたら気が合うかもしれませんわよ」
「決まりであるな。では、この後荷物をまとめてから向かえばよいか? それとも、そなたらの方で荷物は回収しておくというのであれば、このまま出向いても構わぬが」
「それでは、こちらで荷物は回収しておきましょう。ジーク、客室の一番と二番、それと三番と四番に案内してさしあげて」
そう告げると、同席していた青年が立ち上がる。
線の細い見た目に反してジークとは、中々勇ましい名前だとレティーシアは思う。
「それでは会談はこれで終わりとなりますが、客室へ案内後、よければ是非シャンレイと会ってあげて下さい。メリル嬢も口にしていましたが、あの子は優れた魔法の才能を持っています。先達との会話は実りあるものになりましょう」
笑みを浮かべてデルリフィーナはメリル達を部屋から送り出す。
この後、決まった内容を書面にしたり、重臣と会議を設けたりと忙しくなるのだろう。
人知れず荷物を探るくらいはやってきてもおかしくはない。
(まぁ、そのくらいはやってもらわねば、面白くはないというものであるしな。じゃれかかる子猫ほど愛らしいものもない)
所詮国一つ。どう転ぼうと先の未来に綻びは生じまいだろうと納得しながら、城内を案内するため、先導するジークと呼ばれた青年の後を、レティーシアはゆったりと歩き出した。
唯一つ思うところがあるとすれば、軽く説明した自身の正体について、この後、ミリアとボアにもう少し詳細に話さなければいけないのは、少しばかり手間ではあった。
後書き
次回かその次あたりで、レテイーシアの世界における軍人さんが登場します。
それに合わせて、そちらから新キャラがちらりちらりと。
現在、感想の誤字脱字を修正中ですが、量が多く、なかなかおいついてません。
折角ご指摘いただいたのに、申し訳ないです。
また、返信も遅くなっていること大変申し訳ありません。