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とある吸血鬼始祖の物語(サーガ)  作者: 近々再投稿始めます
第三章 三界大戦
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三界大戦 蠕動編 その4

気づけば二ヶ月……他の事してたらすっかり時間が経過してました。

感想で続き待ってると受け取ったのもあり、四千ほど書いていたのを急遽仕上げました。


「それにしてもレティがあんなことするなんて、珍しいわね」


 停留場から中規模の道を歩きつつ。十字に走る大通りに向かって歩く中、メリルがようやく口を開いた。

 その胸にに宿る感情は決して驚きだけではないだろう。

 少なくない嫉妬心がメリルの心を焼き焦がしている。

 メリルとて、ディルザングの折には装備を譲り受けているのだが、それは才能を認めてもらってのものとは幾分趣旨を違える。


「ふむ、何をもって珍しいと断ずるかは分からぬ。が、妾はこう見えて殊の外人と言う生物を好いておる。正確に言えば、人の持つ可能性、才能と言ったところであろうか?」


 人間とは数多の種の中でも、取り分け一等その固体能力において差が激しい。

 底辺ではそれこそ下級の魔物とやりあうだけで精一杯の人間も、ふとした拍子に魔神級をも打倒してみせる。

 まるで万華鏡のように、覗けば様々な一面を見せる人間と言う種は、レティーシアにとって興味深い観察対象であった。


「それに、だ。妾はメリル、そなたに才がないなどと思っておらぬぞ?」


 まるで見透かしたかのような言葉にメリルがぎくりと表情を強張らせる。

 元がなんであれ、メリルは確固たる意思でレティーシアに好意を抱いてる。

 家族愛とも、兄弟愛とも微妙に違うようで、そうとも言える感情だ。

 ゆえに、出来るなら格好いいところを見せたい。醜い感情を知られるのは、正直痛苦であった。


「そんな顔しては、何を考えておるのか丸分かりであろうよ」


 慌てて手を顔に当てるが、別段表情に変化は見られない。

 何千年と人々を見続けたレティーシアだからこそ分かるのであって、次期党首として鍛えられた表情筋の操作は、実際見事なレベルだろう。


「不安に思うなら努力をすればよい。それでだめなら泣きついてみせよ。気紛れに適えば、妾が手を差し伸べてやることもあろう」

「レティ……」


 にやりと無表情だった顔に笑みを貼り付ける。

 まるで小ばかにしたような表情だが、それでもメリルの胸は温かいもので一杯となる。

 気づけばその小さな身体をぎゅっと抱きしめていた。


「レティ、レティ!」

「ええいッ! そなたは事ある毎に抱きつきおって!! 妾は犬猫ではないのだぞ!?」

「ぅぅ……それはレティが可愛らしいから悪いのですわ」


 ちょっとだけ浮かべた涙を隠すように答えれば、「戯けが」と呟き、あっさり拘束を解いて先を歩き出す。

 気づいてるだろうに振り返らないその無言の優しさ。

 えへへとだらしのない笑みが浮かぶ。そうだと、焦ることはないとメリルは笑う。

 まだまだ時間はある。諦めるには、達観するには早すぎる。

 足掻いて足掻いて、それでも思うようにいかなかったのなら、その時は目一杯泣いてみよう。

 ちょっとだけすっきり晴れ渡った心。そんなメリルの心境はどうでもいいと言わんばかりに、気づけばずっと先をあるくレティーシア。


「れ、レティ!? お、置いてかないで下さいですわ!! 案内をするのは私ですのよ!?」


 慌てて装飾を抑えた真紅のドレスを軽く摘み走るも、こちらを振り返りもせずレティーシアは歩いていった――――







 

「ここが帝國の帝都、その中心地ですわ」

「ほぉ……帝都と言うだけあって中々に人が多い。それに、中央の建物も思ったより立派ではないか」


 二人の前に聳え立つ巨大な建物。白を基調とした作りであり、ステンドグラスによる嵌め込みや不思議な文様が随所にあしらわれている。

 見れば大勢の人々の一部はその建物に入ったり、手を組んで祈りを捧げたりしている。


「精霊神信仰教会、俗に精霊信仰と言われてる大陸でもっともポピュラーな信仰ですわ。ここは帝國での本山ですのよ」

「と言うことは、各国にも同じようなものがあるということか?」

「ええ、一定の規模の都市には支部があって、国の中心都市に大抵その纏めの本山がおかれてますの」


 そう言ってメリルが簡単に精霊信仰について語ってくれる。

 そもそもとして、この世界に創世神話の類は根付いていない。

 地域には固有のものもあるが、全体として浸透している規模のものがないのだ。

 代わりに精霊神話と呼ばれるものがあり、それは人と精霊の物語でもある。

 英雄あるところに精霊が居る事が多く、自然精霊は神に変わる信仰対象となっていく。

 そうして生まれたのが精霊神信仰教会であると言う。


「それに、実際精霊は、世界を形作る上で必要な存在だと言われてますの。狭義の意味なら、精霊信仰は四属性の精霊王を神として崇めることです。でも、魔法使い(ウィザード)でもないと、精霊なんて見る機会ないですもの、自然と精霊そのものが信仰対象になっていったのですわ」


 それはレティーシアには興味深いものだった。

 なんせ彼女の世界には神はおれども精霊はいない。

 確かに知覚として精霊を感知はできるし、この世界の魔法をなぞらえれば、擬似的に精霊の使役も可能だ。

 だが下級精霊や中級精霊などは、正直それこそ吹けば飛ぶように思えてならない。

 今のところ上級精霊はお目に掛かったことがないが、神と崇めるには少々物足りないように思えた。

 恐らくは彼の世界にもあった、自然崇拝に近いものなのだろうと言うのが、聞いた感じの感想である。


「メリル、そなたも信仰しておるのか?」

「その通りですのよ。と言っても、貴族は例外なく形式上教会に属することになっていますけど、真に信仰するかは自由ですの。他に衝突する宗教系がありませんから、比較的ゆるいのですわ」


 精霊信仰は何かと言えば弱者の宗教である。

 力ない者が崇めるものであり、本質的に精霊を知る者ほど崇拝の念は薄れていく。

 特に魔法使いの類は逆に精霊を使役してしまうことも多いため、精霊信仰を行っているものは限られている。

 だが冒険者の類は、願掛け程度の思いで信仰している者も多い。

 たとえそれが気休めにも劣るものであれど、やはり心の拠り所と言うのは、あるにこしたことはないのだ。


「帝都の本山は他国に比べても立派ですのよ、見ていきます?」

「いや、今回は構うまい。あくまで擬似信仰なのであろう? 実際それによって精霊から加護を得る訳ではあるまい」

「ええ、その通りですわ。実際のところ、精霊なんて中級以上にならないと意思なんてあってないようなものですし、そもそも教会の存在だって知っているのか微妙ですわ」


 そう言って肩を竦ませるメリル。むしろ迷惑しているかもしれませんわね、なんて毒のオマケ付だ。

 実際精霊は大きな力を持つが、人間の社会を理解するほどの知性を持つのは上級以上の精霊に限られる。

 中級も契約に及べばその限りではないが、自然においてそれと理解できるほどの知性は有さない。

 上級精霊にしたところで、わざわざ宗教を知ろうだなんてこと、余程風変わりな精霊でもない限りありえないだろう。


「では次はどこへ案内してくれるのかの?」

「そうですわね……レティは行って見たい区はある?」

「確か東西南北で別れているのであったか」


 馬車の旅で説明された帝都の様式を思い出す。北が所謂住民層であり、同時に王城が存在している。

 と言っても、一般的な民衆が住んでいる訳ではない。そもそも帝都は富裕層のみが住むことを許された城下町だ。

 理由の一端として、トート鋼による外壁の存在が挙げられる。

 トート鋼。広く知られる鉱物であり、鉄より硬さ、衝撃吸収性、また靱性その他にも優れた鉱物。

 更には他の鉱物と掛け合わせることで多様な面を見せる、言わば万能物質。

 難点があるとすれば、出土量が少なく、鉄などと比べて非常に高価なことだろう。

 帝都の外壁はそんなトート鋼の合金で作られており、増築するとなると国庫を圧迫してしまうのだ。


 結果として内部の建物数は限られ、住める人数も決まってしまう。

 その為それならばいっそと、一定以上の地位、もしくは所得、はたまた名誉や栄誉を持つ人物のみが住めるよう、二百年ほど前から法が施行された。

 多くは貴族が占めるが、商人や民間人も少なくない。帝都での煌びやかな暮らしを夢見て人々は努力する。

 と言う、それなりの好循環を生み出す要因ともなっていた。

 無論、負の面がない訳でもないが、現状それらは破綻を見せることもなく続いている。



「あっ……」

「む? いきなりどうした」

「そうだわ、そうよ! レティ、首都に来たなら絶対見ておかないといけないものがありますの、どうして忘れていたのかしら!」

「それはもしや、アレのことか?」


 レティーシアの言葉にメリルがうなずく。指差した方向、王城の丁度背後にあたる部分。

 馬車の中からも見えていたソレはこうして近くに来れば、驚く程に雄大であった。

 城をも上回る横幅に高さ。青々と茂らせた葉は優しく揺れ、広げた枝葉はまるで首都を守る守護者のようにも見える。

 この場所からでも感じる力強い生命力……意思の力。

 恐らくは数千と言う年月を生き、豊富な魔力を糧に神木にまで昇華した霊木。


国木こくぼくデルリフィーナ。この国の名前となった木ですわ。建国の大英雄が当時、エルフの女王から貰った世界樹ユグドラシルと呼ばれる木の種。その成長した姿ですの」

「……素晴らしい。これだから人を見るのはやめられぬのだ」

「そんなに気に入ったのでしたら、近くで是非見るべきですわ」


 珍しく、陶然としたような表情を見せるレティーシアに驚きつつ、メリルが口にする。

 実際これおほどの樹木はそうお目に描かれるものではない。

 それが帝都に根ざしているのだから、驚くのも感嘆するのも当然だった。 


「できるのか?」

「ええ、勿論ですのよ。本当は遠目に見るのが普通ですけど、これでもわたくし次期侯爵でしてよ?」


 ふふっ、任せて下さいとそれなりに豊かな胸を逸らして口にしてみせる。

 ちょっと頭のネジが飛んでいる節はあるものの、メリルはまごうことなきブロウシア侯爵家の長女だ。

 建国から続く大貴族であり、その身分をもってすれば例えそれが国宝であり、国の守護者であるデルリフィーナの木と言えど間近で観覧できるだろう。


「そうと決まれば行きますわよ、レティ!」


 小さな手を握り、どこかうれしそうにメリルが歩き出す。

 真っ直ぐ王城に向かう道の中、擦れ違う人々が二人の美少女に微笑ましそうな視線を送っていく。

 中にはレティーシアの容姿に見惚れたり、邪な視線を寄越す者も居たが、一般の都市ならもっと多かっただろう。

 首都であり、法により身分確かな者しか住めない為か、どの人物も品が良さそうな者ばかりである。

 容姿こそ違うが、手を繋いだ姿から姉妹だと思われているのかもしれない。

 彼としても、レティーシアとしても、このような経験は終ぞなかったに等しい。

 よくわからない気恥ずかしさで、白磁の肌が薄っすら朱に染まっていく。


「あら、熱でもあるのかしら?」

「いや、うむ……少々日に当てられたのやもしれぬ」


 令嬢らしからぬ早足でぐいぐい引っ張っていたメリルが、ふと振り返り頬をぴんくに染めた姿を見つける。

 幸い余計な勘繰りまではしなかったようだが、何時もの人を食ったような台詞も浮かばず、あいまいに濁す言葉が出るだけだった。


「そう言えばすっかり忘れそうになるけど、レティは吸血種なんですものね。前に日は克服してるって言ってましたけど、やっぱ影響はあるのかしら?」

「確かにまったくの影響無しと言う訳ではない。妾にとって日の下とは即ち、陰惨に厚く雲が垂れ込んだ空模様のようなものだからな」


 肉体的影響は無視しえるレベルだが、精神的作用まではそうもいかない。

 と言っても、今回はそれが原因ではないのだが、それを口にして薮蛇を突いては何が出てくることか。

 抱きつき癖、キス癖の疑いまであるメリル相手である。

 警戒は十二分にしてもお釣りはこないだろう。


「うーん……国木の後は、市にでも行こうと思っていましたけど。取り止めにした方がいいのかしら。レティに万が一があったらと思うと、気が気ではないわ」

「今の状態も一過性のものに過ぎない。数分もすれば落ち着くゆえ、案じることもなかろう」

「本当に?」

「うむ」

「……わかったわ」


 嘘は付いていない。一過性のものであるのも事実だし、体調が崩れたのとも違う。

 メリルもとりあえず納得したのか、再び手を繋いで歩き出した。

 背中から透けて見える感情は、妹を連れ出して楽しいショッピングに赴く姉気分。

 それに、一抹の心配をブランドしたかのようなものだろう。

 肉体的にも、精神的にも長く生きてきたレティーシアには少しばかり疲れてしまいそうな展開だ。


 暫く北の大通りを歩くこと十数分。遠目にも王城らしきものがしっかりと目に出来始める。

 視力を常人レベルまで落としているレティーシアにも、それはしっかりと見て取れた。

 石を中心として、形容するなら白亜といった風情の中々に立派な城である。

 ふと、更に数分歩いていくと大通りを見張るような検問らしきものが見えてきた。


「立ち止まられい。ここから先は貴族方や、国に大きく貢献した者だけが住まう区域だ。先を進まれるのなら公的身分を明らかにしていただく」


 黒塗りの二メートル以上はある鉄柵。

 中央には簡易の門まで設置されており、柵はこの先を区分けするように続いている。

 先を見れば、今までの通りや町並みも十分洗練されていたが、それ以上に煌びやかな雰囲気だ。

 家々も既に屋敷と呼ぶレベルのものだけであり、手入れされ庭や着飾った貴婦人の歩く姿が見られる。

 門の両端にいた軍服を身に着けた中年の男性、その一人がメリルに近づき言葉を掛けてきた。

 どうやら帝都に入るのと同じように、あるいはそれ以上の身分証明が必要らしい。


「あら、ここの守衛は最近かしら」

「ハッ、数ヶ月程前に任じられました」


 と言うことはそれなりに有能なのね、とメリルは内心で呟く。

 貴族達の区域の門番とも言えるこの場所、役職は、実はそれなりに有望視されないと任されない場所である。

 本人の努力次第だが、おしなべてここで任を預かった者はそれなりの出世が可能だ。

 メリルも知る前任であれば話が早かったのだが、しかたがないと佇まいを一段優雅に見せる。


わたくしの名はデルリフィーナ帝国貴族、侯爵家ブロウシアの次期党首、メリル=フォン=ブロウシアですわ」


 そうメリルが口にすると、どこからか一本の短剣を取り出す。

 刃渡りは二十センチあるかどうか。戦闘用ではなく、儀礼用だろうか。

 見事な装飾が美しいそれは、鞘にしっかりと収まっており、見れば馬車にも刻印されている紋章が見て取れた。


「……確かに。これはブロウシア家の紋章。作りも間違いなく帝都の秘儀を用いられたものだ……確認させていただきました。ご無礼を承知でお聞きしますが、そちらの美しいレディは?」


 内心で守衛はかなりの驚きを実は見せていた。

 この任を預かってはや一ヶ月以上経つが、このような美少女の二人組みが訪れるのは初めてである。

 それも護衛も連れずどころか、年嵩はどう見繕っても二十には届くまい。

 後ろで手を繋がれている少女に関しては、十代後半にすら手が届いていないのではないか。

 前で対峙する少女も随分と華やかな容姿を持つ少女だが、後ろの少女はそれを凌駕して余りある。

 少なくとも、軍属として働いてから。いや、物心ついてからこのように美しい少女を目にしたことはない。

 容姿に優れたエルフでも、ここまでの容貌を持つ者がいるかどうか怪しいものだ。


 帝都は治安が非常に優れた場所だ。なんせ王城直下、軍も常駐しているような場所である。

 天下の往来で悪事を働こう者なら、直接に騎士が動きこれを解決する。

 優秀な騎士や魔法使いが揃った軍から逃げおおせられる者など、例え相手がA級の冒険者でも不可能に近い。

 とは言え、犯罪が零かと言えばそうもいかないのが実情だ。

 国は今かなり深い部分まで腐っており、軍と貴族の癒着も多い。

 つまり、“貴族の犯罪”に関しては明るみに出ず、闇に葬られることが殆どなのだ。

 

 はっきりと言えば、目の前の少女も、後ろの少女も、そんな貴族の毒牙に掛かってもおかしくはない。

 遠目からも見て取れた容姿に、そんなことを考えていたのだが、真紅の髪を持つ少女がブロウシア家の跡取りだと知りそれも吹き飛ぶ。

 侯爵と言えば上級貴族の中でも最高峰である。その中でもブロウシアと言えば、建国から続く由緒正しい家系であり、その血筋が保証されている稀有な一族でもある。

 正直、なぜ侯爵なのかと疑問視されるほど、その発言力から影響力は大きい。

 そんな出自の者をどうにかしようなどとと考えるのは自殺志願者だろう。

 ただ、ブロウシア家は一人娘しかいない筈である。だからこそ身分確かな者の連れとは言え、後ろの者を誰何したのだ。



「あら、まだ正式な通達が通ってないのかしら? 彼女は私の妹で、ブロウシア家に養女として籍を置いてますのよ」

「今はレティーシア=フォン=ブロウシアと、そう名乗っておる」


 耳に届いた声に背筋がぞくりと震えた。幼い者特有の高い音域だけではない。

 まるで艶を含んだかのような声。鈴の音を転がしたような、なんて言葉を連想させる反面、どこか色香が香るような音質だ。

 成長したら、一体どのような美女になるのか、非常に楽しみな反面空恐ろしくも守衛には感じられた。


「なるほど。分かりました。どうぞお通り下さい、治安が良いとは言え、暗がりなどには行かないことをすすめますよ」

「ふふ、忠告感謝致しますわ」

「…………」


 メリルが先を通り、レティーシアが続く。

 その時守衛と一瞬目が合った。

 深い深い、まるで深淵を覗き込んだような瞳の色の深さに、ぐらりと足元がふらつく。

 ほんの僅か、嫣然と笑うと前を向き歩き去っていく。

 レティーシアと名乗った少女が何者なのか、それは分からない。

 ただ、少なくとも常人とは一線を画す、なにか得体の知れないものであることは守衛にも十分に理解できた。









「レティ、これが国の神樹とも呼ばれているデルリフィーナの木よ」


 守衛を少しからかってから三十分と少し。

 二人は王城の門で同じようなやりとりを繰り返し、城門を潜ると城には入らずぐるりと回りこみ、デルリフィーナの前に来ていた。

 

「近くで見ると予想以上よな……それに、随分と力強い生命力を感じおる……」

「建国以来、ずっと枯れることなく成長してきた木ですものね。噂じゃ、今では精霊化までしていると聞きますけど、どうなのかしら」

「案外嘘でもないやもしれぬぞ。これだけの生命力、それに秘められた魔力、自我に目覚め精霊に近しい存在となってもなんら可笑しくあるまい」


 まるで包み込み、慈しむような暖かな魔力の波動。

 深く大地に根ざし、地盤を固定し、雨風を凌ぎ、その強い魔力で下位の魔物を寄せ付けない。

 レティーシアが感じたのはそんなものであった。

 まさに守護の樹木。レティーシアでは何十人居たとしても抱え込めない程巨大な幹。

 それにそっと触れ、頬を押し当て、魔力の波長を出来るだけ合わせていく。

 すると、驚くほど明瞭な意志とも呼ぶべきものが流れ込んでくる。


 国を、いや、この場所を守り続けると言う意思、約束。

 穢れを知らない無垢なまでの使命感。

 そうあれかし、と、望まれて、望んで至った今の姿……


 始まりはただの種だった。

 世界樹と呼ばれる偉大な神樹から産み落とされた一つだけの種。

 母に生み出され、父の手に委ねられた。




 ――ずっとずっときいていた。ちちのおおくのことばをあびてそだった。

 ――あんじゅうのちをさがして、せかいをたびして、たたかって、このちのしゅごになるんだっていいきかされた。

 ――たくさんのいきもののこえをきき、おもいをうけとり、わたしはうめられた。

 ――まいにちまいにち、ちちはかいがいしくみずをくれ、ざっそうをぬき、かたりかけてくれた。

 ――さむいよるも、あめがふるひも、かぜがつよいひも、いつだってちちはそばにいてくれた。

 ――おおきなせなか。ちからづよいうで……わたしはそんなちちにあこがれた。

 ――でるりふぃーな。わたしのなまえ。おおきく、ゆうだいであれといういみ。

 ――やがて、おもいはかたちとなり、わたしはえだはをてんにのばす。

 ――いっしょうけんめいちにねざし、おおきくなっていくくにをながめつづけた。

 ――いつしかちちよりおおきくなって、だれよりもせいちょうして、だれかをまもれるようになって。

 ――あるひ。かみがしろくなって、しわのふえたちちがわたしにせをあずけていった、あとはたのんだって。

 ――ことばはつうじなかったけど。わたしはせいいっぱいわらってうなずいた。

 ――ゆれるえだはにちちはわらってめをつむった……もうめがさめることはなかった。

 ――ねをうごかし、ちちのからだをわたしのしたにうめた。ちょっとだけごほうび、もらってもいいよね?

 ――みてますかおとうさん。わたしはいまも、おとうさんとのやくそくをまもっています。












「そうか。お主は父思いなのだな……」


 優しく幹を撫でれば、ざわりと枝葉が揺れる。

 それがレティーシアにはデルリフィーナが笑ったように見えた。

 

「レティ?」


 どこか嬉しそうに、満足そうな顔をするレティーシアにメリルがいぶかしむ。


「なに、よい木だと思っての。そう言えば、建国の英雄、初代王はなんと言う名なのだ?」

「そう言えば言ってませんでしたわね」


 メリルからうけとった記憶も、完全に整理しているわけではない。

 言うなれば分厚い本を貰ったようなものであり、まだまだ知らない事も多かった。

 現在、解放の大英雄と呼ばれる男性。その名もそんな一つだ。


「民衆は解放の大英雄、私達も建国の英雄と呼ぶものですから。えっと……確か……」


 わ、忘れたわけじゃありませんのよ!? なんて口にし、必死に思い出そうとするメリル。

 あれでもない、これでもないと悩むこと数分。

 ようやく思い出したのか、晴れやかな顔を見せる。


「まだお……いいえ、マダオと。ええ、解放の大英雄、マルデ=ダーメナ=オートナ、本人はマダオと名乗っていた筈ですわ。特徴的な響き、どこの地域でも見られない名前。歴史的にも謎とされていますの。一説では偽名ではないのかって言われてますわ」


 それを聞いたレティーシアが、正確には彼が盛大に引き攣った笑みを浮かべた。

 マダオ。そして本名らしきものから見て、間違いなくその人物が地球人だと理解する。

 それとなく現在目立った人物を調べてもいたが、とくに果て無き地平線のプレイヤー、その痕跡は見つからなかった。

 失念していたと言ってもいいだろう。さすがに転移者が己だけとも思っていなかったが、まさか時間軸がズレているとは思わなかった。

 





 マルデ=ダーメナ=オートナ。

 その名を聞き、次々思い出される記憶。忘れ去った筈の彼の顔。

 欠落した筈の記憶が鮮明に思い浮かび、驚愕に表情が染まっていく。


 マルデ=ダーメナ=オートナ。

 “魔王のMAP”その製作仲間の一人であり、廃神と呼ばれる者の一人。

 現実を捨て、仮想に生きたがゆえに、名乗った名前。


 ――そう、彼は果て無き地平線のプレイヤーであり彼も知る人物だった。






後書き


最近はおもに絵を描く練習をしたりしていたもので、すっかりまた更新が遅れました。

まことに申し訳ないです。


今回、実はゲームからのトリップは一人じゃない! でした。

無論、マダオだけでもなく、他にもいます。


では、今から感想を返していきます。

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