三界大戦 蠕動編 その2
更新遅れて申し訳ない……OTL
今話、凄く難産でして、書きあがった後でも納得いかないものでした。
これ以上お待たせするのもあれなんで、とりあえず上げましたが、そのうち改訂できたらなと考えてます。
それと、ここ最近の指摘にあった誤字脱字を修正しました。
一定上古い感想の指摘はまだ対応していませんが、そちらも順次修正していきます。
靴音が磨かれた石の床に反響する。広い部屋の中で女性が一人忙しなく動き回り、癖なのか人差し指の爪を噛んでいる。
波打った豪奢な金髪は腰元まで届き、白と黄色のドレスもまた一見して高級と分かるだろう。
なにより胸元を押し上げるソレは平均を大きく上回り、その腰は見事なくびれを見せ、ヒップもまた肉付きが良い。
そんな見た目およそ二十代後半の女性がやや緊張した面立ちで歩き回る姿は、どこかシリアスでもありコミカルでもあった。
「落ち着いてください、デルリフィーナ様」
「そ、そうですね、妾が動揺しては示しがつかないでしょう……」
部屋の中心を走る赤と金のコントラストが美しい絨毯。その先に悠然と置かれた見事な細工作りの玉座、その少し下の横で立つ男が諫め、ようやく女性、女王デルリフィーナが落ち着く。
よくよく見ればこの広間、いや、謁見の間には大勢の人物の姿が見えた。
文官武官は元より、この国に古くから仕える貴族を筆頭に、新参の貴族までもが絨毯の左右で立ち並んでいる。
女王とは思えない姿に誰も文句を言わない。大なり小なり誰もが緊張しているからだ。
これから行われるのは准貴族位として知られるシュバリエの授与式である。
かのアルイッドの捜索結果はまさにそれに相応しく、授与するのになんら問題はなかった。
問題があるとすれば、彼の攻略メンバーの大半がシュバリエを持つものであり、集まる人数が授与式と言う程には集まらなかったことだろうか。
それでも冒険者として名が知られる者も多く、それらを取り込もうとする貴族達にも軽い緊張が見られた。
特にその中でも目覚しい活躍であったとされるレティーシアなる人物。報告書には推定であるが、最低でもSランク級の実力保有者であり、特異な術を操ると書かれている。
更には配下と思われる魔獣を召喚したとされ、その実力もSランク越えと書かれているのだから、当初受け取った上層部はなんの間違いだと大いにもめたものだ。
Sランクは事実上人では到達が不可能とすら言われる領域である。いや、実際のところは可能ではあろうが、それには最高の才能に最高の環境がなければならない。
事実過去に出てくるほんの一握りの英雄だけが推定Sランクと認められている。現在冒険者でもSランクと確実に呼ばれる者はいない。
精々がそれに匹敵するのではないか? と呼ばれる者と、ニアSランクの現英雄達くらいだろう。
例外として人の道を外れる邪法。あるいは伝説級の魔道具によるブーストなどもあるが、どちらにせよ純粋な人としての枠組みとは言えない。
それだけSランクと言うのは厚い壁であり、同時に最高の栄誉とも言われるのだ。
ところがアルイッドではSランク級、いや、報告を加味すればそれをも上回る人物が出てきた。
あまりにも荒唐無稽であった為に、英雄級の実力を保持するフリードリヒを呼び、直接詰問まで飛んだくらいである。
結果報告は正しいと認められ、今度は逆にその実力なら資料かなにかに記述があるのではないか?
そう話が持ち上がるも成果はさっぱり。ここ数年レティーシアなる人物の活動は認められなかった。
更に詳しく調査すれば、冒険者ギルドにここ最近その名で活動する者が居ると情報が入る。
結果、その身がエンデリックの学生と言う驚きの事実が判明し、付け加えればブロウシア侯爵家の養女として正式に受理されているではないか。
これに沸いたのは貴族達だ。ブロウシア程の家格なら表だって操ることはできないが、少なくとも他国に組することもない。
報酬、あるいは名誉次第で帝國の意を汲んでくれるだろう。
ブロウシア家は元々王家に忠誠を誓ってきた家系なのだから。
反対に苦々しい顔を見せたのは文官達である。彼らはその裏に隠された真実の一旦を役職柄察していた。
つまり、全容は不明なれど、ブロウシアと言う隠れ蓑を使っているに過ぎないのではないか? と言う内容。
Sランク級など、言わば災害級に相違ない。国が御するにはあまりにしっぺ返しが怖い存在だろう。
では、そんな存在がはたしてわざわざブロウシアと言う大きな権力下とは言え、連なる身となるだろうか?
武官達は危機と歓喜両方を味わった。危機とは即ち、実力高い者達の取り込みにより、自分達の立場が崩れるのを恐れて。
歓喜は純粋に国の戦力増加であり、つわもの達との模擬戦に胸躍らせる者達である。
騎士は冒険者と違い、どうしても個々の錬度で劣る傾向がある。国の守護を主にするための他、その規模も相俟って遠征頻度はそれだけ国庫を圧迫するのだ。
結果的にどうしても回数は抑えられてしまう他、対人物に比重が傾いてしまい、魔物相手の経験はより低いと言わざるををえなかった。
しかし、そこに経験豊富な冒険者が組み込まれたらどうか。
指導者としての命を与えれば大きな錬度向上に繋がるだろうし、その知識だけでも対魔物戦では大きな力となるだろう。
実際この召抱えのような形式はかなり前からある古いものであり、今でこそ立派な“職”であるものの、その実昔はならず者の受け皿だった職業。
山賊を幾分マシにしたような存在であった冒険者も、それこそ英雄物語の主人公達の活躍により、今の地位を築き上げた。
多くの冒険者育成機関では、これらの重みを忘れないため、必ず必須科目として冒険者の歴史がカリキュラムに組み込まれる。
何時かのように、騎士へのとりたて自体の価値は低下してしまったが、貴族へ至る道としていまでも国と冒険者のやりとりは根強く続いている。
つまり、このような叙勲式は一方的なものではなく、一種のギブアンドテイクとして成立してると言えよう。
そんな彼らの思惑とはまた別の考えを持つ者達が居る。
女王を筆頭とした一部の信頼の置ける臣下、または最上層部だ。
アルイッドの報告及び、第二皇女妃宛てに届けられたメリル=フォン=ブロウシアの書簡……
その二つからレティーシアなる人物が実は人外である事が明白となっている。
幸いメリル=フォン=ブロウシアからの書簡では、その性質は比較的寛容的ものであり、火の粉さえ降りかからなければ牙を向く事はないとされている。
が、それを素直に信じるほど国の重鎮は馬鹿でもまぬけでもない。洗脳魅了、そもそも本人は既に死んでいるなどの最悪の自体を考慮している。
その容姿も偽りの可能性があったが、一応として該当する種族まで調べている始末。
そう、とどのつまり、最上層部はレティーシアなる人物を“人”として見ていなかった。
実際アルイッドの報告書などにはそれらを匂わせるものも数多い。
最有力筆頭候補は吸血鬼、それも真祖となっている。
だが反面最有力であるにも関わらず、この意見は疑問視されていた。
理由は単純で、吸血鬼の始祖とは人間で言うところの王族のようなものとなる。
実際混血の半吸血鬼達は数こそ少ないものの、しっかり各地域に根付いているし、比較的血の濃い者からはそのような存在の話を聞くことが出来るだろう。
とろこが奇妙なことに、このヴァンパイアロード達は歴史の表に介入してくることがない。
古い文献を漁っても、出てくるのはそれらしいと思われる程度であり、確証を得るには不十分。
それでも伝え聞く伝承、ダンピール達の話からその実力が実にオーバーSクラス相当だと考えられている。
そんな歴史の裏の、世界の裏に住む住人がなぜ表に出てくるのか?
千年単位の沈黙が今更破り去られたことはあまりに信じ難く、結局のところがそれが足枷となりこの意見は最有力でありながら、下火となりつつあった。
他に上がっているものとしては高位の精霊種、特に“月光精”や“邪妖精”が主力候補となっている。
高位の精霊の力はSクラス以上であり、オーバーSも少なくない。
月光精は白銀の髪が特徴であり、気難しい反面、気に入った者には特別な祝福を授けることで有名だ。
一方の邪妖精はその名の通り、本来は世界の自然を担う妖精でありながら、何かしらの要因でそれらを放棄し、自由気儘に行動を取り出した精霊を指す。
実際はその一部、人に害なす精霊が区分なのだが、一括りにされることが多い。
更に頭が痛い報告に、二十七禁止領域区で空間の揺らぎが発生。
しかもそれが人為的であり、干渉者がSクラス級の実力者数名であると判明。
極一部の上層部のみ開示された情報では、その数名が一種のゴーレムの類である恐れがあると書かれている。
つまり、干渉元の相手はS級の戦力を多数保有していることに他ならない。
一名、二名……無理しても五名が限度であろう。それ以上同時に攻め込まれた場合、尋常ではない被害、人的物的出血を強いられることになる。
この件は既に最高機密文書で主な国の代表者に送られており、レティーシア一行到着前日、つまりはもう既に王宮に集まっていた。
ことは一国が抱えるにはあまりに危険であり、壊滅的だ。
が、幸いこのような協力態勢は初めてではない。
純然たる事実として、この世界には人間では到底抗えない存在が無数に犇いている。
それらは時として国の領域を侵犯し、災害としか言えない被害を撒き散らしていく。
歴史の中には国の崩壊に直結するケースも見られ、その場合は今回のように国同士で協力が結ばれたのだ。
今回はそんな歴史を紐解いて見ても、間違いなく一級の緊急事態。
自然、謁見の間で今か今かと、レティーシア達を待つ事情を知る者の顔は険しくなっていくばかり。
とどのつまり、今回の授与式は幾つ物の案件が複雑に絡み合い。
その実レティーシアなる人物の見極め、及び取り込み、更には訪れるだろう先の災厄に対する協力の取り付けが主軸となっていた。
件の揺らぎに関しても、先遣隊と思われる相手を見事葬ったとされている。
力を借り受けられれば非常に心強いことだろう。
今代のデルリフィーナ王、女王は思う。自分の代でかくも大きな事件が巻き起こるなどとは、と……
――――反面、苦境をチャンスに切り替え、あわよくば他国に対して有利な協定を結べればとも思っていたのだが。
私は内心で重い溜息を吐き出す。
先王が無くなり、デルリフィーナを継いでからかれこれ十数年。
今まで大きな大過無くここまで来たけれど、どうも神は平穏無事には暮らさせてくれないらしい。
ここ一週間少々で集まる報告書に、目を通せば通すほど頭が痛くなる。
ブロウシア程の名門の養女縁組が、どうして私まで届いてないんですか!?
と、叫び出したい気持ちを無理やりに嚥下する。胃が痛くなりそう。
しかも継承権第二位として受理されているだなんて、あの人も頭が可笑しくなったのでしょうか……
再び零れ出す溜息は一層に重さを増してしまう。こんなの読んでたら肩が凝ってしまうわね。
「でもまだ報告書はこんなに……」
執務室、その机の上に置かれた数枚の紙束をにらみ付ける。
デルリフィーナ王として書類の決裁は飽きるほどこなしてきたけど、今回のは一等悩ましいものばかり。
それでも子供の我侭を振るうには今回の報告書は重要度が高い。
ちょっと表面を読むだけで厄介な臭いがプンプン匂ってくるなんて、ブロウシアは一体全体なにを取り込んだのかしら?
あるいは嫌な想像だけど、逆に取り込まれたと言う可能性も零ではないでしょう。
「ああ……読みたくないわ。読んだら絶対小皺が増える気がするもの……」
憎き親の敵! と言わんばかりに視線を鋭くしてみても、幻覚のように見える不安を煽るオーラは消えてくれない。
今年で三十代後半、魔法の恩恵でそれなりに若々しい自負はあるけれど、肌の老化とかはやっぱり見逃せない。
娘の若さゆえの肌艶を見ていると、時折羨ましく思ってしまう。
「……いけない思考ね」
三度の溜息を零し、嫌々書類を捲り出そうとして――
「お母様! ……あれ、元気ないけど、どうしたの?」
「シャンレイ?」
娘のシャンレイが執務室に入ってきた。
ちょっと恥ずかしいところを見られたかしら。
でも、それよりシャンレイが執務室に入ってくるなんて珍しいわ。
ちょっとうきうきとした様子に、少しだけ興奮気味に赤くなった頬。
元々活発な娘だけれども、それにしたって王宮内では珍しい。
「ここ最近、お母様あんまり寝てないんじゃないの?」
言われてそう言えばと実感する。
この一週間、睡眠時間は四時間程度だった筈です。
机に置かれた手鏡に視線をやれば、女として許せない隈が目元にくっきりと……
「顔色、少し悪いもの。今日はちゃんと寝ること! 娘からの忠告だよ?」
そう言ってシャンレイが悪戯っぽく片目を瞑って見せる。
我が娘ながら、少々王族っぽくない子に育ったけど、周囲を気遣える気立ての良い娘になってくれたと思うのは、母親としての欲目かしら?
「そうね、シャンレイの言うとおりにするわ。ところで、何か用事があったのではないですか?」
私が切り出すと、シャンレイが分かる? と口にして一枚の書簡を取り出す。
見ればブロウシアの家紋が簡易ながらに押されている。
そこでふと、娘がブロウシアの一人娘と仲が良かったのを思い出した。
嫌な予感が止まらないわ。見たくない、読みたくない。顔が引き攣りそうになるのが自分でわかるもの。
「頬がひくついてるわよ、お母様。はい、これ、メリルから預かった手紙。なんかお母様に渡して欲しいって、もう一枚の方にあったから持ってきたの」
「じゃ、確かに渡したからね! もうすぐメリルが来るんでしょ? 私は新しい服見てくるからもう行くね」
「ええ、ありがとうシャンレイ」
これくらいどうってことないわと、そう口にしつつ執務室を出て行くシャンレイ。
王族が着る衣服と言えばかなりのものを求められるものだわ。
ブロウシアの一人娘に会うだけで新調するなんて、国庫の無駄遣いもいいところ……
なんて普通なら言うのかしら? でもシャンレイの使うお金は全部自腹ですもの、文句は言えないわ。
確かに王家は辿ればかの解放の大英雄にたどり着く由緒ある家柄だけれども、シャンレイはその先祖返りって言う程の魔法の才を生まれもってしまった。
精霊に好かれることから始まり、独自に魔法理論を提唱する頭脳。その特許として、毎月、高位貴族の月収並のお金がシャンレイには転がり込んでいる。
「もうちょっとお淑やかに育ってもよかったのじゃないかしら。なんて言ってはバチが当たりそうね」
今は自由に振舞うシャンレイだけれども、この先その身には大きな荷が降ろされてしまう。
本当ならその才能をのびのびと育ててあげたい。
でも、私の娘として産まれてしまった。何時か王位を継ぎ、望まぬ結婚も強いられることでしょう。
私ができることなんて、精々今の青春時代を出来る限りに制限しないこと。
それが母として、大きすぎる枷を嵌めてしまった私ができる小さな精一杯。
「やっぱり疲れているのかしら。らしくもないわ」
同じ女性とは言え、娘に嫉妬してしまうなんて実にらしくないと私は思う。
最近は元々貴族の不正などで頭を痛めてたし、そこにきての案件ですから、致し方ないとは言え少々恥ずかしい。
覚悟を決めて紙束に目を通していく。
読むたびに頬が引き攣るのが分かるけれど、内心で我慢我慢と念じて読み終える。
「……今年は絶対厄年だわ」
アルイッド遺跡の一件から始まり、禁止領域区での不審な揺らぎ。
そしてそのどれもに絡んでくる“レティーシア”なる人物。
いいえ、そもそもレティーシアなる者が私には到底人には思えなかった。
あからさまに特徴的な容姿から始まり、記述だけでも信じられない力の片鱗。
パッと浮かぶだけでも伝説上の存在が浮かんでしまうあたり、私もやきがまわったのかもしれないわ……
「こんなの全員に知らせる訳にはいかないわね」
下手に刺激して、とんでもないものを引き当てては目もあてられないですもの。
堅実に信用のおける者達にだけ通達するのがよさそうねと判断。
「レティーシア。貴女は一体デルリフィーナに何を齎すのでしょうか」
福音かもしれないし、災厄かもしれない。
開けてはいけないパンドラの箱だってありえる。
でも、報告にあった事態は事の先送りを認めてくれなかった。
見極める必要があった。彼女が何者で、何を目的に行動しているのかを……
――――それは、叙勲式が決まる少し前のことである。