三界大戦 蠕動編
遅い更新の分という訳ではないけど、そこそこの文字数を用意してみました。
といっても、七千字程度ですが。
後書きの最後に、ちょっとした情報記載。
「待たせたの」
エンデリック学園の正門。まだ日が昇ってさほど時の経っていない時刻、レティーシアは常より一層品の良いドレスを纏って現れた。
「いいえ、大丈夫ですわレティ。それに、私が居た方が何かと便利だもの」
「そう言ってもらえるのであれば妾も助かる」
そう言って停まっている馬車に乗り込む。見れば造りは非常に洗練されており、大きくブロウシアの家紋が刺繍されている。
身分を明らかにする場合や、公的事情で移動する場合に使う馬車だ。
座席も優に六名は乗れる広さであり、座り心地もビロードのように滑らかである。
刺繍も金糸や銀糸は無論、多くの宝石や装飾が施されており、ブロウシアと言う家の力を対外的に知らしめる。
「それにしても、まさか女王様から直接の招集がかかるなんて思ってませんでしたわ」
「妾も直接に来るとは思っておらなんだ。と言っても、メリルの生家は帝國でも上位に位置する家系であるからな。養子とは言え、今はその家に連なる妾を問題なく呼ぼうなら、ある意味当然ではあるやもしれぬ」
侯爵とは言え、実質的な力は公爵にも近い大貴族がブロウシア家だ。
それを呼びつけようと思えば最低でも公爵以上、つまりは王家に連なる人物でないと難しい。
しかも今回は国家機密に処された問題、つまりは先の異世界からの侵略に関しての招集であり、外聞的には前のアルイッド遺跡における功績とを合わせた特別叙勲式となっている。
その実オーバーSランクはあると思われるレティーシアの取り込みであろうと、レティーシアは無論、エリンシエやメリル達は考えていた。
「確か、遅れてではあるが、ボアやミリアも来るのであろう?」
「ええ。名目上はアルイッドの件を大々的にうたってますもの。なんにせよ、学生で名誉騎士の称号をもらえるのですから損はないと思いますわ」
「ふん、シュバリエなど妾にはさほど意味をなさぬが、穏便に事を進めるのであればやむなしと、そう言ったところか……」
ヴェルクマイスター城ないし、その他建造物を召喚するとしても広大な土地が必要だ。
ある程度の広さであれば、金で土地を買うことは可能だろう。
しかし、レティーシアが欲している面積は、それこそ高位の貴族が持つソレと同等である。
そもそもヴェルクマイスター城自体が街規模の大きさを誇る為致し方ないことであった。
既に真祖を筆頭に軍は元より転移後に用いる資材の準備は進められ、アリシアが帰還した際に最終報告がレティーシアに届けられている。
後は自治権を保有する土地さえ手に入ればという段階だが、シュバリエの称号はその良い足がかりになるのは間違いない。
「レティ、昨日はあまり寝ていないのでしょ? どうせ帝都までは一週間程かかるのだから寝ては如何かしら?」
「さて、急に異なことをもうすな」
「あら? これは妹を思っての優しい姉の言葉だわ」
嘘をつけと眉を跳ね上がる。メリルの言葉ほどに声音は真剣味はない。
隠そうと言う気もない別の理由がまるわかりだ。
「まぁ……妾はその気になれば睡眠など必要ないのだが、な。夢と言うのはある意味素晴らしい娯楽ゆえ、やぶさかではないが」
「ふふ。偶には姉に妹の寝姿、見せてくれないかしら?」
「何を言うかと思えば、メリル、そなた、それが目的であろう……」
心外ですわ! と口にするものの、その顔はだらしなくも緩まっており、逸早いレティーシアとの一時を夢想している。
記憶を覗き、そこから知識を盗んだ影響もありこのような性格となった訳だが、それだけが理由でもないだろう。
元からそのような資質があったに違いないとレティーシアは溜息を吐く。
「仕方あるまい。どちらにせよ暇であることには変わりないのであるしな。だが、流石にこのままでは妾も寝ようとは思えぬぞ?」
一週間。それは吸血鬼であるレティーシアからすればほんの一時の時間ではあるが、何もしないと言うのであれば一種の苦痛だ。
かと言って魔術の研究は設備が足りないし、よしんば異空間から取り出しても置き場もない。
メリルの言及は大した問題ではないが、従者に見られたり、予期せぬ事態が起きれば対応が面倒だろう。
それならレティーシアと言う膨大な経験と知識、それを利用した“明晰夢”でも見て楽しむ方がマシだと判断。
レティーシアとしても興味深い事案であり、彼としても今の自分であれば故意に明晰夢を見る事が可能ともあり密かにテンションは高い。
が、それには寝床が必要だ。憑依前の彼ならまだしも、ここ最近レティーシアとの感覚がより近くなっているからか。
それなりに豪華な馬車であり、毛皮で覆われた座席とは言え眠るのには抵抗感があった。
「ふふ。それなら問題ありませんことよ! 少し停まって頂戴!!」
メリルの声に従者の一人が即座に馬車を停止させる。前方と後方を走っていた護衛用の馬車も停まり。従者は主人の意向を護衛の者に伝えていく。
今回は言わば公的な立場として帝都に赴くのだが、問題となったのがメリルの階級であった。
侯爵。それも皇族でこそないものの、その血筋は建国の英雄との関わりが深い一族であったと言う。
連綿と帝國に仕えてきた一族であり、その権力は実に公爵にも劣らない名家中の名家。
結果的にBランク四名と言う、護衛の任務であることを考えれば例外を除き破格の待遇となったのだ。
皇族の護衛ですら基本はBランク、混じってAランクが一名程度だと考えれば、次期党首とはいえ異様だと分かるだろう。
「こんな事もあろうかと思いまして、最高のクッションを沢山用意しておきましたのよ」
そう言って座席下に隠された収納スペースから次々とクッションと、やや厚めのシーツなどが取り出される。
対面にある座席に羽毛がびっしり詰め込まれた布団、そして暖かな毛布、その上に肌触りのよいレティーシアも知らぬ材料で作られたシーツを掛ける。
そしてクッションを囲むように敷き詰め、馬車の移動で崩れないよう、座席下から引き出しのように板をグッと手前に引き、くいっと上に動かせば高さ三十センチ程の柵のように変化する。
最後に少し厚めのシーツを置けば即席の寝所の出来上がりだ。レティーシアも驚きの速度で出来上がったそれに、メリルは一人満足そうに頷いている。
「さっ、準備できましたわ。これならレティだって寝れるわよね?」
「うむ……」
流石になんと答えていいのかレティーシアも返答に詰まる。
そんな事もあろうかと! なんて絶対にありえない。確実に確信犯であり、前々から用意していたのだろう。
立ち上がり、そのまま手をポスンッと当ててみれば非常に柔らかな感触。スプリングこそないが、厚い羽毛や毛布により自然な弾力が実現されている。
難点は暑苦しいことだろうか。と言えばそうでもなく、馬車内には魔力で熱を奪うか発する魔道具が設置されており、空調はともかく室温は快適だ。
「はぁ。分かった分かった。妾の負けでよかろう。あまり寝ていないのは事実であったし、ここまで
されては無碍にするのもよくあるまい」
メリルの行動力に呆れ半分、諦め半分の言葉を吐きつつ履いている靴を脱ぐ。
ふとそこで、ベッドならまだしも、この場合ソックスは如何するべきであろうかと悩む。
直ぐに脱げる代物ならいいのだが、残念ながらレティーシアが今使ってるのは真っ白な所謂オーバーニーソックス。
薄い水色のレースやフリルがあしらわれたそれは、魔術で脱ぐならともかく、普通に脱ごうとすれば少々面倒だった。
少し考え、まぁよかろうと、端の板の無い場所から簡易寝所に潜り込もうとしたところ――――メリルが満面の笑顔で肩を掴んできた。
「駄目よレティ。その服じゃあ皺になっちゃうわ。それに寝にくいでしょう?」
確かにレティーシアの格好はいつも通りのゴシック調のドレスであり、ペチコートなども相俟って寝るには適してない。
それでも素直に脱ごうと言う気にならないのはメリルのせいだ。言葉こそまともだが、その手は何かを期待するように忙しなく動き、声音は全く言葉とは意味を異にしている。
「こ、こらっ、脱がそうとするでない! や、やめよ!」
「暴れないの! 折角の洋服が皺になったら本末転倒ですわ!」
ならそなたが離せ! と抗議し離れようとするが、そこは既に壁際である。
力を込めれば払いのけることも出来るだろうが、そんなことをすれば馬車を壊しかねない。
そうでなくともメリルに痛手を与える可能性があった。
仕方なく見た目に反した膂力では抵抗しているものの、メリルの執念は凄まじく、複雑なドレスのリボンやボタンが次々と解かれていく。
「このようなことをするのは、メリル、そなたくらいであろうよ……」
そう口にするレティーシアはしかしどこか覇気がない。
それもその筈で、今の姿は無残に洋服上下を剥ぎ取られ、何故か残されたニーソックス、そして着込んでいたキャミソールに下着のみ。
二十分に及ぶ激闘はメリルの勝利で終わり、その何か補正でも掛かっているのではないかと言う手腕に、レティーシアは薄ら寒いものを感じたものだ。
結局こうして殆ど下着姿と言っていいところまで剥かれ、衣服はなぜかメリルが嬉しそうに抱きしめている、と言うのが今の図であった。
「ふふっ、レティの香りがするわ!」
すんはっ! すんはっ! と、ドレスをぎゅっと抱きしめ顔を押し付けていたメリルが突如面を上げ、それは幸せそうに叫ぶ。
この数千年、そんなこと誰にもされてないこともあり、少なからず羞恥を覚えるのだが、それを表面に出すのもプライドが許さない。
「ふんっ、好きにせいっ。妾はもう寝るぞ」
常であれば見せない態度も、その実それは本質だ。いくら年月を積み重ねようが、精神は肉体の奴隷。
肉体が十二の歳に時を止めたレティーシアは、その積み重ねた道がなければ本来のところ無邪気な子供に過ぎない。
ここは異世界であり、ヴェルクマイスターも存在しない。そんなある種の解放感がレティーシアに珍しい行動を良しとさせていた。
実際に疲れていたのだろう。眠ろうと思えば驚くほどの睡魔が襲い掛かり、気づけば柔らかなシーツに包まれ深い眠りへと落ちていった。
――――頬に柔からな感触。
――――意識が消え行く直前聞こえた「おやすみなさい、my little sister(小さな可愛い妹よ)」声は、はたして幻聴であったのか…………
「もう出していいわ」
「畏まりました」
レティーシアが深い眠りへと落ちた後、メリルが馬車を発進させるため声をあげる。
その声音は先までの妹大好きなそれとは違い、どこか冷たい響きのあるものだ。
では今までの態度は虚像であったのかと言えば、そうではない。
あえて言えば今のメリルこそが本来の姿であり、レティーシアの前や学園で見せる、ちょっと頭のネジが飛んでいった姿こそが偽りである。
だが今となってはどちらがメリルと言う存在を構築しているのか、本人ですら最早理解できていない。
メリルはそれで言いと思っている。学友、特に妹の前では少しお馬鹿な自分でいいと。
実際は侯爵令嬢としてきっと皆が思っているより冷静で、その思考は冷めているのだと知ればレティやミリル、それにボアはどう思うのか。
きっと変わらないのだろう。レティであればむしろ「戯け、知っておったわ」と、口にするだろうか。
メリルは今の自分が、目の前で安らかに寝息を立てるレティーシアによるものだと知っている。
当初から違和感を抱かない異常であったが、恐らくレティーシアが思う以上にメリルは自己を把握していた。
「ねぇレティ? レティは私のこと、どう思ってるのかしら? 大切な姉? ちょっとうざいお姉さん? それともただの家族? あるいは……」
――――利用するべき駒?
それだけは口にせず頭の中で擦れて消えていく。
(レティは知っているのかしら? 何らかの目的の為にブロウシアを利用していることを、私が理解しているって。荒唐無稽かもしれないけど、この世界の住人じゃないかも知れないって、本当の実力がきっと真祖よりも高いんだって。全部全部気が付いてるんだって。レティ、あなたは知っているの?)
知っているかもしれない。知らないかもしれない。でも、メリルはそのこと自体はさほどどうでもよかった。
元はなんらかの形で植え込まれた感情だったのかもしれない。 だがそれは、よくよく考えれば全ての事に言えるのではないか。
感情とは切っ掛けがあって生まれるものである。原因は関係ない、それを踏まえてメリル自身がどう思うのかが重要なのだ。
「私は好きよ、レティ。だからずっと側に居て欲しいわ、居なくなってなんかほしくないの。でも、きっと秘めていることを実現したらレティは居なくなってしまうのね。そんな気がね、私はしてならないのよ……」
レティーシアの見せる実力の片鱗は、それこそ英雄と称されるA+のランク者は無論、ニアSランクすら超越している。
まさに魔神と呼ばれる天蓋者に相違ないだろう。反してメリルはその足元にも及ばない実力しかない。
何時か並び立とうと今も努力は続けているが、それが身を結ぶのはまだ先の話となる。
代償なくして急激な成長など天才にだって難しい。メリルは器用であるが、残念ながら天才ではなかった。
大成するだけの実力は得られるだろう、しかしそれだけだ。
レティーシアの横に立ち、同じ地平線を見るにはあまりにも……そう、あまりにもメリルには時間が足りなくて、そして人の器は小さすぎた。
ボアやミリアが羨ましいと常々思っている。天才のミリア、そして本人は否定するだろうが同じ天才のボア。
彼等はこの先強くなるだろう、それこそA+どころかSの領域に踏み込んでもおかしくない。
それをもってしても足りないかもしれないが、メリルなんかよりずっと高みへといける。
――――レティーシアにそれだけ近づくことが出来る。
羨ましくて、悔しくて。でも、己の才能の限界は自分が一番理解出来るからこそのジレンマ。
だからメリルは時々考えるのだ。そんな自分はこの愛しい妹に何をしてやれるのかと。
ボアにも、ミリアにもないものとはなんなのか? そしてそれは呆気なく見つかった。
権力。ブロウシアが保有する強大な権力。それならきっとレティの役に立てる筈だとメリルは考えた。
今回の帝都での式典だって、学園のバックアップだけではこうも盛大にならなかっただろう。
メリルが次期党首として参加し、秘密裏に様々な噂を広め、直接“王女”に手紙を送ったからこその実現。
「分かっているわ。私のおせっかいなんて、きっとレティにはあってもなくても変わらないんだって。でもしょうがないでしょう? 私にはそれくらいしかしてあげられないのだもの」
そう言ってメリルは少し寂しそうに笑う。立ち上がり、眠っているレティーシアの頬を撫でる。
幼い子供と同じ柔らく、しっとりとして滑らかな感触が心地よい。
寝返りをうったのか、シーツがズレてしまっているのが見えた。
馬車内は涼しめの温度に保たれている、風邪をひいてしまってはいけないと、肩紐が滑り落ちたキャミソールをついでに直し、引き上げてやる。
「…ふふ、わらわにちょうせんしようなど………なぜおれのがいそうが……わらわはあとさんかいへんしんを……それはじょうきゅうまじゅつではない、わらわのしょきまじゅつぞ……むにゃむにゃ」
「あら。レティが俺だなんて、珍しいわね。どんな夢を見ているのかしら」
寝言だろうか、よくわからない単語もあったが、その顔は嬉しそうに微笑んでいる。
デフォルトが無表情なこともあり、その顔は非常に見る者の心をくすぐって仕方がない。
そっと手を伸ばし、桜色より赤みの強い唇に指を這わせる。
「……んっ」
慌てて指を退ける。漏れ出た声は寝言とは違い、どこか艶を含んでいた。
「な、何をしているのかしら私は!?」
ふっと我に返り、暑くもないのにパタパタと手で顔を扇ぐ。
明らかに赤くなっていると分かる、熱をもった頬が涼しい風に触れて幾分冷静さをとりもどす。
同時にこんな機会はそうないとも理解する。
柔らかそうな唇だ。決してソッチの趣味があるとは思ってないが、ぷるんっと水気を多く含み、呼吸に合わせてたまに振動するそれは酷く蠱惑的だ。
「……レティ。私は貴女が居なくなるまでよい姉でいられるかしら?」
素早く顔を寄せる。唇は駄目だ。流石にメリルとて恥ずかしい。
だから頬に口付けを落とす。予想よりひんやりとした体温、そして柔らかな感触。
心臓がばくばくと早鐘をうち、さっと顔を引いてしまう。
ちゅっ――と、水っぽくも乾いた音が響いた。
「こんなことしてたんじゃ、そもそも姉失格かしら?」
――――返事は、ない。
煩い心臓を黙らせようと座席に座り胸をぎゅっと掴む。
ふとレティーシアの頬に視線が向いた。軽く触れるだけじゃ心もとなく、思わず少しだけ吸ってしまったそこは白い肌もあいまって、ほんのり桜色に色づいている。
気づけば指先が自分の唇に触れており、脳内ではその瞬間が何度も再生されていく。
恥ずかしさのあまり、暫くメリルは座席で身悶えた……
後書き
メリルさんはただのお馬鹿じゃないんだぞ! て話し。
そして微百合成分の補給。
苦手な人はごめんさい。
次回は一人称視点での新キャラ。と言うか女王様視点でお送りします。
ところで、最近 主人公はロクデナシ って連載、懲りずに投稿してます。
こっちも相当ですが、それ以上にいきあたりばったりの作品ですが、作者的にやってみたいと思える要素を入れたMMOものです。
と言うかデスゲもの。しかも主人公PK容認派。なのでロクデナシ。
また、この、作者、はっ! と思うでしょうが、これとクリフォトは更新停止しませんのであしからず。
と言うか、時間はあるので、ただたんに書く気の問題な気が……げふんげふん。
この辺は同じモノカキじゃないと伝わりにくいだろうなぁ。
と言う訳で? よろしければ主人公はロクデナシ! 一読して下されば嬉しく思います。
長文となりましたが、今から感想返しいきます。
また、こちらの感想、評価、お気に入りや誤字脱字の報告いつもながらお待ちしております。
更新不定期の作者でまっこと申し訳ない。
あ、前からツイッターやってます。
結構毎日出没してるので、お暇な方がいればフォローしてやって下さい。
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@0wachtmeister0 ←ユーザー名。名前は同じアンデルセンです。




