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とある吸血鬼始祖の物語(サーガ)  作者: 近々再投稿始めます
第三章 三界大戦
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三界大戦 胎動 その3

「こ、このような辱め……妾はここ千年で始めて受けるぞ」


 ようやく位置の割り出しが終了し、レティーシアに報告しようとエレノアがテーブルから視線を向ければ、OTLの字の如き四つんばいの格好で“宙に膝を”ついてるではないか。

 見れば服装が何時の間にか変わっており、黒と白、それに赤で彩られていたはずのドレスはしかし。今は無残なピンク一色に塗り替えられてしまっていた。

 首元には大きなリボンが付けられ、それを真紅のブローチが飾っている。

 スカート部分も段上に幾枚も白のフリルレースを重ねられ、ペチコートやその他で持ち上げられた裾はふんわり広がり、袖にも同じような趣向がふんだんにあしらわれていた。

 

 悪趣味なまでの少女趣味。材料が下手なものであれば、目を覆いたくなるようなドレスなのだが……如何せん。使用している材料はエレノアから見ても、どれも一級品。

 首元のブローチや、袖口にあしらわれた宝石などは鉱石としての価値は無論、魔道具としての価値まで見られる一品である。

 それでも着る者を選ぶ衣服、という点ではむしろ余計に敷居を高める効果しか発揮していなかったのだが。

 その着る人物がまた今は絶望に打ちひしがれている、という珍しい構図のレティーシアではあったとしても、その憂いの表情までがこちらの胸がきゅっとなってしまいそうになるのは、最早一種の極致か何かだろうかと言う程。


 間違っても、“美女”というカテゴリではないものの、およそ“美少女”という点では他の追随を許さない。

 そんな容姿のせいでその着る者を選ぶドレス、ピンクと白のふりふり・少女趣味全開の衣服は見事に、普段のレティーシアを知る者でさえ違和感なく着こなしてしまっていた。

 絶望の四つんばいのレティーシアの横ではアリシアが満足そうに仁王立ち、その晴れやかに、一仕事やり遂げたと言わんばかりの表情は、まさかのどや顔である。

 エレノアからすれば気づけばこの有様であり、何が何やらちんぷんかんぷんであったのだが……

 暫くの後、幽鬼のようにふらりと立ち上がり、虚ろな笑みを浮かべて笑っていたものの、再起動を果たしたレティーシアに恐る恐る現在地及び、残り距離の予想を伝える。



「ふむ。同じく深夜を休憩に当てて、進行速度も同様なら明日の昼には目的地といったところであるか?」

「はい。現状維持で行き、尚且つアクシデントが発生しなかった場合になりますが」


 エレノアの報告に完全に復帰した彼。いや、肉体の制御権をポイ捨てし、引き篭もってしまった彼の代わりに仕方なく、珍しくも表に出てきたレティーシアが現状確認を確かめる。

 帰ってきた内容は肯定であるが、それはスムーズに事が運んだ場合だという。

 アリシアは興味無さ気に宙に空気椅子よろしく座り込み、両手に原罪を抱えている。その抱えられたエリンシエがどこと無く、嫌がっているように見えるのは気のせいか。


「エレノアよ。そなた、これまでより移動速度を上げられるか?」

「可能ではあります。維持体力を度外視するのであれば、現状より四~五割の速度上昇は可能です。ただそうすると、十時間も持たずに肉体的疲労が限界に達してしまいますが?」



 そんなことは、レティーシア様程のお方なら察せられるでしょうに。という視線が向けられるが、それには答えずふむぅと思考をめぐらせる。

 究極的に移動方法を限定しないのならば、そもそも“足を使う”必要は無かったのだ。

 世界転移なんて馬鹿げた魔術を行使できるのに、それ以外の移動魔術が使えないなんてことは無論ない。その気になれば遠見の魔術で現場を確認、地理を把握後、転移魔術で一発である。

 それをしないのはひとえに、エレノアの存在のせいであった。


 この世界に存在する魔法は基本自然現象の延長や、それでなくてもちょっとした応用が殆どである。

 転移などと言う空間を操る系統は少なくとも、“公開”されていない、あるいは知られていないのだ。

 最もそれがイコール存在していないとは、レティーシアは思っていない。

 根本的な原理は魔術も魔法も同じなのだから、探せば扱える奴の一人や二人は居るだろうというのが、レティーシアの見解だ。

 

 話しが逸れてしまったが、今現在レティーシアの考えている事は、“どこまで晒せるのか”ということ。それは魔術しかり、実力しかり、知識しかり、魔道具しかりである。

 この世界からすれば異端の結晶たるそれらを、エレノアに対してどこまで晒してもよいのか、その線引きを思考していた。

 結局出た解は九割以上は秘匿。殆ど現状維持である。ここまで慎重でありながら、時々雑な対応をするのは慢心と自身のせいだろう。

 圧倒的実力がゆえの気づかない慢心。そして実力からくる確かな自身。思考としては、百まで理解できていないこの世界に、何か己をすら脅かす危険があるのは否定出来ない。

 そうは思っていても、上記のせいもあり偶に雑な対応をしてしまう。今回は異常事態であるからこそ、そんな慢心をすら置いて慎重に動こうと考えていた。


「ふむ。時速に換算するなら百二十キロ程度か? ……それなら、…」

「あ、あの。レティーシア様?」


 彼の知識にある速度の単位。それと概念の方が、レティーシアの世界のものより分かりやすかったらしく、胸元の髪を弄りながら、何やらぶつぶつと思考し始めた。

 それを見兼ねたエレノアが、思考の海に埋没してしまったレティーシアに、恐る恐るといった感じで話しかける。


「む? ああ、すまぬ考え事をしていた。よし、それでは先程そなたが判断した速度まで移動速度は上げることにしよう。体力に関しては心配いらぬ、疲労を感じたらこれを服用するがよかろう」

「……これは?」


 ドレスの懐に手を伸ばし、何やら透明色の液体が満たされた、小さな小瓶を取り出し渡される。

 一般的に傷などを治癒させるポーションや、魔力を回復させるものなどと言った物とは規格や瓶の装飾が別であるのに気づき、それを片手で受け取ったエレノアが不思議そうに訪ねる。


「詳しくは言えぬが、その液体には肉体が感じる疲労の原因を取り除く効果がある。最も物によって効果の程はバラつきがあるのだがな。それはそなた程度の体力であれば、ほぼ完全に疲労を消し去ってくれるであろうよ」

「そ、そんな物が存在しているなんて……」


 傷や魔力とは違い、疲労の蓄積原因が解明されていないせいか、この世界ではその手の薬品は存在しない。

 最もそれはレティーシアの世界と言えども似たものであり、本来市販されている物の効果は渡した物の半分にすら届かないであろう。

 彼の知識により始めて完成した代物が先程の液体であり、エレノアは実験を兼ねた実利の為に渡されたに過ぎない。知らぬは本人ばかりなり、である。


「アリシアよ、そなたも移動速度を上げるが構わぬな?」

「んぅ? お話し終わったのねぇ。アリシアちゃんはー、別に二倍でも三倍でも全然平気ですよぉ」


 元の語尾を延ばした口調に戻ったアリシアが答える。嘘ではない。アリシアがその気になれば、十分音速程度は突破できるからだ。

 そもそも人と吸血鬼の肉体の強度には元から大きな差がある。素手で岩を砕いたりする癖に、その肉体がその衝撃に耐えられないのでは笑い話にすらならない。

 それをちょちょいと魔力で強化してやれば、あっという間にどこぞの特殊合金も真っ青な強度の完成だ。音速を超える方法さえあれば、エレノアとて恐らく耐えられる筈である。


「よし、それでは急ぐとしよう」

「ハッ」

「何時でもぉー」


 レティーシアが小さく何事かを唱えればテーブルが消え去り、完全に準備完了。

 二人は悠々と宙から発進。一人は重力の楔を断ち切るような脚力で地を這い進みだした――――





 レティーシア達が樹海から再び出発してから数時間。既に日は高く上っている。樹海は未だ抜けていなかった。

 というより、禁止領域はこの樹海を抜けた先にある草原を指しているので、この樹海を抜けるイコール目的地である。

 樹海を苦もなく駆け抜ける三人。それでも当初予定していた速度は出せていなかった。木の根や立ち塞がる巨木の影響で、思うように速度上昇が見込めない。

 精々が九十キロと言ったところだろうか。それでもこんな障害物だらけの地帯で、九十キロなんて速度を出せるあたりどうかしている。

 ジャングルと言わんばかりに植物は乱立しているし、木々は太く不規則に生えているが、それをレティーシア達は避け、時になぎ倒して爆走していく。


 更に数時間が経ち、魔物とも幾度となく遭遇している。樹木に擬態したCランク相当のトレントや、上位にあたるエルダートレント。

 樹海をねぐらにするホブゴブリンに、魔法を操るゴブリンシャーマン。他にもジャイアントリーチなどの群れで行動する吸血蛭。

 体長十メートル以上もある巨大な蛇の魔物。一番厄介だったのが、ランクにしてAランク認定に指定されている“竜種”の端くれ、地竜アースドラゴンに属するドラゴンであった。

 アルイッド遺跡に住む人外魔境な生物の、その底辺になら匹敵するランクだ。


 固体種族名、ネイチャド・ドラゴン。

 全長八メートル~十二メートルの、トレントのように全身が樹木みたいな姿に擬態したドラゴン。

 その外殻である樹木の硬度は優に鉄を越え、尻尾の一撃は鎧を容易く陥没させ粉砕するだろう。

 最も厄介な竜の吐息(ドラゴンブレス)は地属性のせいか、神経系の毒を含む。

 毒に耐性がなければ、数十秒で身動きが出来なくなる恐ろしいものである。

 そのAランクの魔物。亜竜といえど、倒せば立派に竜殺しの栄誉だというその魔物もアリシアの、


「その御自慢のお肌で、私の魔術に耐えられるかしらぁ?」

 

 と、放たれた圧壊呪文。対象に掛かる重力や圧力を操作・増減する魔術により、ゴキュ…メキョ……バキュゴリュ……なんて生々しい音と共にあっという間に御臨終。

 残ったのは信じられない程の“力”により、体長を半分以下にまで“圧縮”されたナニカ。

 これを見たエレノアが流石に目を見開き、アリシアと竜の成れの果てを交互に見つめては「馬鹿な……」と、呟いていたのも無理からぬことであろう。

 流石にレティーシアもやり過ぎだと、念話でアリシアを嗜める程である。

 アリシアも申し訳ございません……なんて殊勝に謝りながらも、エレノアと視線が合えば「ハンッ! 貴女には無理でしょう? くすくす」と。

 明らかな挑発の言葉がありありとその顔には浮かんでいた。


 それもレティーシアが見ていないときに限り、である。それを見たエレノアの頬がひくっひくっと痙攣し、それ以降の魔物“狩り”を争うように己も嬉々として向かっていった。

 いつの間にか背のツーハンデッドソードまで抜かれ、高温の炎を纏った一撃を遺憾なく発揮していた。

 そんなんで切り札を出していいのか……と、思わずレティーシアが呟いたのだが、本人には聞こえず今も嬉々としてアリシアと争っている。

 耐炎加工をされているのか、明らかに数千度もの炎を纏っているというのに、いくら内炎の温度が外炎より低いと言えども、それでも優に二千度は越しているだろうに。

 その剣が溶けるような様子をみせない。驚異的な熱量は更にインパクトの瞬間、魔法により酸素を得、一時的にその熱量を増大させる。


 そうして放たれる一撃は、およそあらゆる物理的障害を捻じ伏せる必殺の太刀だ。

 エンチャントに属する魔法だろうが、永続的に発動し続けるには強い精神力にそれ相応の魔力が必要である。

 もっとも、燃費は契約している炎の精霊を召喚しないといけないせいか、非常に悪く、出してから数十分でガス欠のようであったのだが。

 見た目的にも、対応的にも、それなりに理性的だと思っていた分、アリシアの挑発に簡単に引っかかってしまったエレノアのそのなんとも情けない姿に、レティーシアは再び溜息を吐くのであった。

 もう間もなく目的地だというのに、魔力を使い果たすなんて、と――――





「此処が禁止領域か?」

「はい、歪みが観測された場所はここから数キロ先ですが、禁止領域というカテゴリでならこの場所一帯になります」


 喧嘩両成敗。レティーシアにより叱られた両名は無念そうに矛を収め、エレノアには魔力回復用ポーションが渡され、アリシアにはレティーシアからの念話でのお説教が待っていた。

 その後、数時間もしない内に目的地に到着。出発してから二日と数時間の経過であった。

 樹海を抜けた先は広大な草原になっており、アルイッド周辺とはまるで違う。あの場所はおよそ生物が住むのには適さない、荒廃とした大地であったものだ。

 レティーシアがそれとなく探査系魔術を発動すれば、酷く空間が不安定なのを観測。どうやらこの一帯は空間の歪みが発生しやすいようだと確認。


「しかし、こうも見晴らしがよくては身を隠すこともできぬな」

「ええ、逆に言えば奇襲などの可能性を心配せずに済むとも言えます」

「奇襲ぅ? そんなの無理無理に決まってるじゃなぁい」


 レティーシアとしては万が一もの可能性を考慮し、隠密裏に接近できればよしという考えであったのだが、こう見事にぽつんぽつんと木が点在しているだけの野原では無理であった。

 エレノアの言うとおり、待ち伏せの類を心配しなくてもよい、という意味ではその通りであるのだが、アリシアがクスクスと笑っている通り。

 自惚れる訳ではないが、およそ自身から完全にばれることなく隠れるのは無理であろうと、レティーシアは考えていた。

 プッテホトラのようなエーセル、あるいはメリオル・テーシャなどの真性の化け物は別だろうが、そんな存在が何柱も気軽に出てきては困る。



「む?」

「如何なさいましたか?」

「んん? あぁ。エレノアには見えないのねぇ、歪みを視認したわー」


 はっ? と、思わず目を点にするエレノア。ここから予定の歪みが観測された場所まで、距離で数キロ。実質十キロ近い距離だというのに、アリシアとレティーシアはそれを視認したというのだ。

 エレノアとて吸血鬼の端くれ、一キロ程度ならスコープなしで魔法狙撃が可能なくらいの視力を有している。

 そんな十分脅威といえる視力を持つエレノアからしても、二人のその非常識さは思わず頭を抱えたくなる程であった。

 無論、両名とも裸眼でエレノア以上の距離は視認可能ではあるが、それでも十キロ近い距離は不可能である。

 エレノアの察知能力の低さというより、二人の隠蔽能力の高さで気づかなかったが、視力補正の魔術を密かに使用。それにより二倍以上の距離を視認可能とした結果、見事に目的の歪みを確認することに成功した。


「ふむ、どうやら未だ完全な安定には至っておらぬようであるな」

「それにしてもこの規模……異世界の竜種でも飛び出てくるんじゃないのぉ?」


 視認した歪みは不安定なのか、ゆらゆらと揺らめき、景色が歪んでいるのみである。

 完全に安定した場合、普通は対象世界か空間の景色が映るものだ。

 それが成されていないという事は……


「今の状態であるならこちらから十分閉じれるな……アリシア、エレノア、急ぐぞ。徐々にであるが、安定しつつあるようだ」

「了解ですぅ」

「え、と。了解ですッ」


 アリシアがのほほんと答え、状況を今一把握しきれていないエレノアが、やや困惑しながらも勇ましく返事を返す。

 幸い草原のため、エレノアも全力を遺憾なく発揮できるだろうと。レティーシアが小さく何事かを呟いた瞬間。突風と共に一瞬で加速する。

 アリシアとエレノアも後に続く。時速にすれば百二十キロを優に超える速度。レティーシアとアリシアだけなら、数分も掛からずに到着できただろう。

 周囲の景色がまるでコマ送りのように後方に流れていく。エレノアもどうやら大体の状況を察したのか、その表情は緊張をあらわにしている。

 対照的にレティーシアの口元には笑みが浮かんでいた。間に合っても間に合わずともどちらでもよいからだ。

 吸血鬼の最大の敵は暇である。その果てしなき生の時間は、あらゆる輝きを貶めてしまう。


 ゆえに、吸血鬼は常に娯楽を欲する。それは齢を重ねた吸血鬼であるほど顕著になる。他者からすれば傲慢なまでの意見。無責任に見える程の思考。

 しかし、レティーシアのそれは同時にあらゆる責の一切を賄える。そういう実力、自身、根拠。

 すべてを満たしているからこその考え。弱者の世迷言などではない。それを口にするだけの実力を兼ね備えているからこその思い。


 近づく歪み。そして安定しつつある揺らぎ。こちらが着くのが先か、あるいは安定するのが先か、それはレティーシアにも考え及ばぬことであった――――




後書き


ルアベ様よりご指摘いただいた部分修正しました。一部は保留としています。

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