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とある吸血鬼始祖の物語(サーガ)  作者: 近々再投稿始めます
第三章 三界大戦
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三界大戦 序幕 3

 学長室からエレノアと共に退出し、正面ホールから教員用の棟を出たところで、レティーシアが取り敢えずボアへの説明の為に戻ろうとしたとき。


「先程の無礼、どうかお許し下さい。いくらここが階級の緩和が著しいエンデリックの地とはいえ、貴い血族たる貴女様の前に立ち、ろくな説明もせずに連れ歩き、あまつさえ我が物顔でその前を進むなど……本来ならこの首を持って謝罪すべきところ。しかし、この度の依頼はどうも嫌な予感が拭えないのです。無礼を承知でお願いします、どうか此度の依頼が終わるまでこの首、私にお預け願いたい」


 

 そう言ってエレノアと名乗った半吸血鬼ダンピールは元から白皙であった面を蒼白にし、土下座せんばかりの勢いで片膝をつくと、若干震えた声で懸命に己が命の延命を願い出た。

 勘違いしていけないのは、そこに含まれる意味が己の命を救命するという意思などではなく、純粋に今回の依頼に対してなんらかの思いがあり、その為に己の命を延命せんと願い出たことである。

 声が震えるのは仕方がないだろう。どんな人物であろうと“死”を恐れぬ者は居ない。レティーシアとて完全な不死身ではないのだから、少なからず死に対する恐怖はある。


 

「よい。そなたが何を思ってわらわに懇願しているのか、そなたならぬ身である妾には窺い知る事叶わぬことではあるが、元よりそなたを処分するなどと考えておらぬゆえな、そう怯える必要もあるまい」



 そのレティーシアの言葉にエレノアは驚愕の表情を浮かべる。本来なら即斬首とはいかなくとも、かなり重い刑罰を与えられても仕方のない行動を取ったのだ。

 少なくとも彼女はそう思っているし、この世界の吸血鬼から見ればあながち間違いでもないことでもある。

 それを元より処罰する気はなかったと、そう言われ、初めてエレノアは“まともに”にレティーシアの顔を直視した。

 教室のときはチラ見であったし、無礼のないように顔というより首元に視線を向けていた為、今回がまともな対面と言えるだろう。



 片膝をついた状態であった為、下から覗き込むような体勢ではあったが、エレノアは恐る恐る顔を上げて、そしてその姿に暫くの間“目を奪われた”。

 顔を上げた瞬間、周囲には一瞬で隔離結界が張られ、その術を行使した思われる人物であるレティーシアは刹那の時間で“真の姿”を晒していた。

 背中より伸びる一対の蝙蝠のような翼は力強く躍動し、普段は白で覆われた眼球は血の色に染められ、赤一色のみで構成されている。

 普段抑えられた威圧プレッシャーを開放したその姿はまさしく、“魔神”あるいは“魔王”と称すに相応しい姿であった。

 普段の幼気な雰囲気はなりを潜め、魔王としてのレティーシアがそこに顕現していた――――



 これに戸惑ったのはエレノアである。彼女は吸血鬼の中でも、騎士として純血の者に仕えることを誇りとしてきた一族だ。たった一度だけではあるが、真祖にも相対したことのある彼女から見ても、目の前に佇む魔神の威圧感は桁外れであった。

 先程言われた内容と、何故今このようなことになっているのか、エレノアの理解をとうに越えている。

 己が何かとんでもない失態をしでかしたのかと、重圧に潰れそうになり、霞んでいく意識を懸命に繋ぎとめては思考をフル回転させる。

 しかし、いくら思考すれども行き着く先は己に非はないという点のみ。先程の処断しないという言葉が偽りでなければ、であるのだが。

 暫くするとふっと、感じていた重圧が軽減される。疑問に思い、再び沈みこんでいた面を上げれば。


 

「安心するがよい、先のは妾からの褒美よ。そなたの嘘偽りなき言葉に対してのな……妾があの状態を見せることなど、そう多くはないのだぞ? 次に会うとき、そのときはそなたの疑問に答えてやってもよい」



 そう言って結界を解除し、魔法学部棟に向かって去っていくレティーシアの背中を見えなくなるまで見つめた後。

 エレノアはズルリと体を倒れるように崩し、校舎の壁に背を預ける。全身は汗でびっしょりであり、酸欠に喘ぐ肺は空気を求めて浅い呼吸を何度も繰り返していた。

 去る前に言ったレティーシアの言葉を彼女は思い出す。疑問、そう、疑問であった。


 ――本当に彼女、レティーシア・ヴェルクマイスターは吸血鬼なのだろうか?


 確かに翼も牙もある。容姿も彼女の知る真祖に合致している。

 が、気配。もれ出る気配に僅かな違和感を感じてしまう。

 ほんの些細な程度。意識しなければ気づけないようなレベル。

 エレノアとて感じたのは偶然に過ぎないが、一度考えればまるで喉に刺さった小骨のようにチクチクと違和感は離れてくれない。


 その思考はエレノアが動けるように回復するまでの間、ずっとその胸で燻っていた――――

 




 あのとき若干肩を震わせ、片膝をつきこうべを垂れていた彼女の行動を異常だと、あるいは過剰だと、そう思うだろうか?

 もしそう思ったのならここでその考えを修正しておくといいだろう。吸血鬼とは他の種族と比べても、その能力その他全てにおいて別格である。

 故に迫害の歴史は古く、必然数もさほど多くない彼女たちの種族は、一族同士で強固な絆を結んできた。

 元来の気質も相俟って縦社会を形成するのはあっと言う間で、そのヒエラルキーはこの世界では真祖の元老院達を頂点にし、血の濃い者。つまりは力の強い者程大きな権力を有する形であった。

 


 そこで同属同士の反逆を起こさない為に施工されたのが、厳しい様々な戒律である。

 その最たる者が己より上位にあたる吸血鬼に対しては逆らってはいけない、というものであった。

 一見歪な制度であるのだが、吸血鬼としての人柄か己より血の濃い、強い吸血鬼に対しては本能レベルで服従してしまうという、その習性も相俟って破綻することなく続いてきた。

 逆らえば即時抹消。再生能力の低い半血鬼ダンピールはともかく、再生能力の高い純血の吸血鬼に対しては他の吸血鬼複数からなる“消滅刑”が実行される。


 

 こういった厳しい制度はなにもこの世界の吸血鬼社会だけではなく、レティーシアの世界の吸血鬼社会でも容易に見て取れた。

 上位吸血鬼マスターヴァンパイア以上ともなれば討滅は実質上不可能に近い。

 そこで考案されたのがアルイッド遺跡でも使われた究極封印術、“時果ての匣”。死刑をも越える実質の最高刑である。

 この世界に存在する法則とは別に働く“概念”と呼ばれる力。例えば、炎は熱い、これも一種の概念だ。

 世界のあらゆる概念は不変たる“イデア”によってもたらされている。

 アカシックレコードとは別物であるので勘違いをしてはいけない。ようは全ての概念の“オリジナル”だと思ってくれればいいだろう。



 このオリジナルであるイデアに干渉出来れば、全ての概念を改変出来ると言われている。

 例えば炎は熱いという概念をイデアに干渉し、炎は冷たいと書き換えることが出来れば、あらゆる世界の炎は冷たいというのが真実となるだろう。

 しかし、このイデアと呼ばれる存在は残念ながらあらゆる概念のオリジナルであるが故に、不変や無干渉といったものも含まれており、一切の干渉は不可能であった。

 そこで登場するのがイデアと似て非なる存在、“エイドス”だ。イデアを判子と例えればエイドスとは、押した印そのものである。

 つまり、判子に干渉することは出来ないが、押した後の印そのものなら干渉出来るということだ。

 イデアは同概念全てに影響を与えるが、エイドスは印した物にしか影響を及ぼさない。



 この概念と呼ばれるものは遥かな太古からその存在を認められていたことではあるが、それらをここまで明確化し、発展させたのはレティーシアである。

 吸血鬼と言う、寿命に縛られないがゆえの道楽の末の結果だが。それは彼女の当初の思いとは裏腹に凄まじい結果を齎してくれた。

 このエイドスへの干渉を持って、本来なら改変不可能な“物理法則”を改竄し、本来なら存在し得ない概念を生み出し、“あらゆる干渉を受け付けない匣”を生成することに成功する。これが究極封印術、“時果ての匣”だ。


 この刑罰の恐ろしいところは、力有る者を無能力にまで貶め、永劫の時を死なせずに封印し続けることにある。

 内部では時間の感覚すら分からず、睡眠すらとれず空腹になることすらない。

 しかも内部の空間は匣そのものは一片が数メートルから数十メートル程度であるのに対し、内部は無限とも呼べる真っ白な空間で出来ていた。 

 人間なら僅か数日程で発狂することだろう。人の精神とは案外に脆いものである。強大な精神力を有する吸血鬼と言えど、一体どれ程の時間耐えうることができるのか……

 この地獄をある意味体現したかのような術だが、幸いアルイッドの一件外を含めても、一度たりとも血族に使われることなく現在に至っている。

 そもそも、レティーシアの世界で血族が彼女に対して反旗を翻すこと自体、まずありえないのだから。



 それにこの術、使用しようと思ったら最低でも真祖以上の実力がないと不可能な術である。

 エイドスへの干渉は同じ効果を及ぼす魔術と比べても、およそ十倍近い魔力を消費するのだ。

 更に言うなら、エイドス自体への干渉自体が非常に難しいという点が上げられる。

 レティーシアですら“時果ての匣”を生成しようとすれば、決して少なくはない魔力を消費するだろうし、真祖レベルならほぼ全ての魔力を消費する覚悟が必要であるのだから……




 

 ――――レティーシアがエレノアに己が望む結果を導くために、遊び半分に脅しをかけたあとボアに会いに行き、ざっと理由を説明した後、寮に戻ってきた。


 「お帰りなさいませ」

 「エリンシエ、支度しろ。直ぐにヴェルクマイスターに跳ぶぞ」

 「畏まりました、一分だけお時間をいただきます」


 

 足早に帰ってきては詳しい内容も告げず、一度も今だに戻っていなかったヴェルクマイスターへの帰還の趣旨を告げる、彼女の最も敬愛すべき主人のその言動に、エリンシエは一切の雑念を抱かず言われた内容を遂行していく。

 彼女にとってレティーシアとは創造主である以上に敬うべき存在であり、また己が命を賭して守るべき存在なのだ。

 そこに余計な思考を挿む余地など最初から存在してはいない。

 すぐさま“原罪”を自身から取り出したエリンシエは、世界越えを応用した通信魔術を発動、何やら数言告げた後、通信を終了させる。

 


「準備が終わりました。それではどうぞこちらへ」


 通信を終わらせたエリンシエがレティーシアの手を恭しく取ると、原罪を使い“世界転移”を発動させる。

 大き目の魔術陣が二人の足元で輝き、魔力光が一切強い輝きを放ったあと、その場に二人の姿は既に存在していなかった――――





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