アルイッド遺跡探索 その8
今回短いです、申し訳ありません^^;
今レティーシア達一行は走っていた。それも全力で、だ。
水晶の森を進み、最初の野営から三日。遂に森を突破した先に広がるのは変わらない荒野。
そんな時に反応したのがグレンデルであった。
何か“群れ”がこちらに走ってくる音を捉えたのだ。
レティーシアも素早く気配察知を行えば、距離にして二キロ弱先から時速百キロ程の速度で、複数の中型生物がこちらへと向かってきているのが分かった。
感じられる気配は、どれも全てがAランク級。レティーシアの一声により、一向は赤い荒野を日が照りつける真昼から全速力を余儀なくされたのである。
「レティーシア殿! 距離と方向は!?」
「後方一キロ弱、不味いの……確実に詰められておる」
フリードリヒの問いに即座に返す。
一行の速度はどう見積もっても時速六十キロを下回る。
後衛も魔法でなんとか速度を上げているが、それが限界であった。
殿を務めている前衛の集団から、ボアが顔を覗かせる。
「一戦やらかすのは難しいのか?」
尤もな意見だが、即座にグレンデルがそれを却下する。
『死にたいのなら構わぬがな。相手は本物の“地竜”の群れだ』
その言葉にボアがマジかよと、顔を青くする。
ドレイク。竜の中では比較的知名度の高い種族であり、ギリギリ本物の竜として認定されている種だ。
その最大の特徴は羽がなく、代わりに発達した二足の足で地面を這うことだろう。
魔法的な抵抗力は高くないが、その発達した筋肉は凄まじく、鱗は並の攻撃を寄せ付けない。
その爪の一撃は容易く鋼を引き裂き、時折放たれる吐息は数千度に上る。
その速度は優に七十キロを超すのだが……百キロいっているのは、異界補正といったところか。
尤もドレイクにも種は何種類か存在しており、その上位互換であるならば時速百キロもありえるかもしれない。
「レティーシア殿、後どのくらいで追いつかれるか分かりませぬか」
「ふむ……十分と少し。といったところであるな」
「撃退は無理でも、足止めくらいなら、私たち前衛で……」
「やめておけ、全てAランク級。それも数にして五十近い相手であるぞ? 蹂躙されるのが目に見えておるわ」
「だがよ、それじゃあどうするんだって言うんだよ? このままじゃ、どちらにせ追いつかれちまうぜ」
こうしてる間にも後方からドレイク達は迫り、遂には地響きが全員に伝わってくる。
体長数メートル規模の、竜としては中型か小型に位置するドレイクだが数が多い。
近づけば更に揺れは大きくなることだろう。まるで歩く小型の地震発生装置だ。
そしてボアの意見は正しい。このままでは追いつかれ、全員仲良く胃袋行きである。
そんなボアの言葉にレティーシアがにやりと笑う。
何も手を出さないとは言っていないのだ。今まではこのメンバーで対応出来ただけ。
が、今回はそれも難しい。ならばレティーシア自身が動くのもやぶさかではない。
「そなたらはこのまま先に進むがよい。地竜どもの相手は……妾が受け持つゆえな」
告げると同時にグレンデルに素早く指示し、方向転換。
それを目撃した各々が悲鳴にも近い声をあげる。
「ちょっ、ちょっと、レティッ!?」
「レティーシアさん!!」
「へへ、まっ、俺が行っても足手まといだからな。今回はあんたに任せるぜ。でもよ、あんたは俺の目標なんだ、負けるなんてこたぁしないでくれよ」
「ハッ、誰にものを言っておる。数分と掛からず仕留めて来るゆえ、安心して先で待つがよかろう。グレンデルッ!!」
『承った!』
ボアの挑発的な、遠まわしな応援を背にグレンデルが地を駆ける!
今までとは違う、力強い筋力が生み出す速度は瞬く間にメリル達を引き剥がしていく。
驚異的なバランス感覚で両手を自由にしつつ、足だけで体勢を維持する。
そのまま数が多い相手にぴったりな武装をゲームボックスから召喚するべく、手に魔力を込めていく。
光子が煌き、構えた右手に一振りの剣として形を成す。
そう、それは剣だ。それは英雄の剣だ。それは稲妻を冠した剣だ。
“稲妻の魔剣〔カラドボルグ〕☆=EX”
物攻(不明)魔攻(不明)
これは創造主からもたらされたものである
これは魔力を一定量消費し、斬撃を飛ばす
これは使用者以外が触れると損傷を与える☆☆☆☆☆
これは使用者に活力を与える☆☆☆
これは決して破壊されない
これは決して劣化しない
と言うパラメータが即座に脳裏に浮かぶ。
英雄フェルグスの剣。かの聖剣“エクスカリバー”にすら比肩したと言う、魔剣の中でもトップクラスの剣。
その一凪ぎは雷そのものの刃を飛ばし、三つの丘の頂上を斬り飛ばす破壊を撒き散らすと言う。
果て無き地平線ではダーインスレイブのような、様々な効力はないものの。
使用者の身体能力を高め、何よりその魔力消費で放つ特殊スキル“稲妻一閃”は強力な範囲スキルとして有用であった。
稲妻と言う名だが、実際はプラズマを扱うと言う設定である。稲妻程度なら魔術で代用出来てしまうからだ。
前衛に数少ない範囲スキルであり、威力も最高峰。ただし、魔力量の確保が問題ではあったのだが……
だが、それもレティーシアの肉体でならなんら問題もない。
一般の魔術師なら、数発も放てば枯渇する魔力消費量も、何千発でも放てよう。
レティーシアの顔に壮絶な笑みが浮かぶ。
獲物を狩る獅子のような獰猛な笑み。放たれた爪と牙は対象を噛み砕き、引き裂くまでは決して止まらない。
まるで風のように疾駆するグレンデル。瞬く間に“対象”の姿がレティーシアの瞳に映った。
右手の全長七十センチ程の魔剣に瞬時に膨大な魔力が流れ込む。
剣身に刻まれたルーンが光り輝き、魔力を強力なプラズマと原子核。
驚異的なエネルギーを生み出す物質へと転換していく。それは破壊の力だ、あらゆる物を融解させてしまう。
光速の十分の一で暴れ周り、衝突しあって急激に温度を高めていく。
物理法則を超越した驚異的な現象と力は限界まで高まり、主人の一振りを今か今かと待ちわびている。
キーンッ! と甲高い音が鳴る。限界まで高められた一撃に、刃が共鳴振動を起こしているのだ。
距離三百メートル。有効射程数キロに及ぶ一撃だ、問題はない!
「それ、死の一撫でに耐えうるかの?」
ビュッ――と風を切る音と共に横凪ぎに振るわれるカラドボルグ。
瞬間、剣身から凄まじいエネルギーが放出された。
一瞬でプラズマ化した形ある刃の一撃は、本来の斬撃の長さを超越し、そのまま横一線。
数百メートルにまで伸びていき、その与えられた力の結晶を解き放つ。
ドレイクと接触した瞬間、全てが“断ち切られた”。
だが終わらない。終わらせない。再び荒れ狂う魔力を食らって死の一撃が解き放たれる!
横、右斜め、左斜め、オーバーキルのバーゲンの如く壊滅的な光を撒き散らしながら破壊を撒き散らす。
物理を超越した法により、薄い刃状に閉じ込められたプラズマは急激に温度を上昇させ、実にその温度。
億に達する。使用者の意思で一定距離まで突き進み消滅するが、物理的にこれを遮るのは不可能に近い。
しかもその飛来速度は音速の百倍に有する、死神の吐息だ。
まさしく太陽を凝縮した刃とも言える一撃はどんな物質も等しく崩壊させる。
まるでバターでも切り裂くように地面や水晶を切断し、全てを融解させ原子へと還元してしまう。
レティーシアが刃を都合十度振るった後には、まるで一本の長大な剣を振り回したかのような惨状が広がっていた。
半径数百メートルの水晶は半ばから全て切断され、荒野の地面には薄い切り口があちこちに誕生。
しかもどの断面もまるでガラスのようになってしまっている。
ドレイクなど一匹もいない。全て等しく“肉片”に成り果てていた。
恐らくは己の死すら感知出来なかったに違いない。レティーシアとて、準備がなければこの一撃は優に死を招くだろう。
『その剣見知らぬな。新たに製作したのか? 中々の破壊力だぞ』
「いや、これは新たに入手したに過ぎぬ。さて、戻るとしよう。既に二分も経過してしまった、亜音速まで速度をあげて構わぬ」
『了解した』
生存を確認することもなく告げ、グレンデルが四肢に力を込める。
爆発的な筋力が地面にクレーターを作り、まるで景色が箒星のように流れていく。
音に程近い速度により、辺りにちょっとした衝撃波を撒き散らしつつあっと言う間に驚異的な視力でメリル達を発見する。
あまり派手な登場は好ましくないのだが、ふと見た目に引きずられている精神が悪戯心を湧き上がらせた。
そう多くはないが。時折レティーシアはこの手の悪戯を好む。
「想定対象概念一万五千七百三に干渉、掌握。干渉……完了、想定対象概念、再起動。よし、極超音速領域までの加速を許可する。メリル達の前方五百メートルまで行くぞ」
にやりと悪戯を夢想する子供の笑みを浮かべレティーシアが告げた。
グレンデルは始まったぞ……と言う感じに一度溜息を吐きすぐに了解したと続ける。
瞬間、グレンデルの魔力が四肢に絡みつき、地を蹴る音を媒介に不可思議な魔術陣を絡みつかせていく。
瞬間、“音が消え去った”。時速にして六千キロを超えた速度は音を置き去りにし、遍く存在を後方に捨て去っていく。
強力なソニックブームや轟音が伴う筈のそれはしかし、レティーシアの先の干渉により一切発生することなく突き進む事を可能としていた。
まるで流星、彗星。今まさに高速領域をひた走るグレンデルは何者の束縛すら許さない。
地面への力の伝わりは改変しなかったため、やや迂回しつつ進んでいく。
一歩踏みしめるたび地面には数メートル規模のクレーターが発生し、その度に爆発的な速度を生み出す。
そんな速度でありながらも思考は加速することにより知覚を適えている。
一人と一頭の速度による蹂躙、まさにそう呼ぶに相応しい。
知覚時間にして数十秒、実時間にして秒以下の時間で目的地に到着する。
瞬間音が色を取り戻した。極超音速の世界から帰還したことで、音の伝わる世界に舞い戻ったのだ。
一切の衝撃波を伴わず、静かにグレンデルは地面にレティーシアを下ろす。
それから少しして、レティーシアの視界に一行の後衛が映る。
どうやらこちらの姿も視認出来たようであり、何やら騒がしい。
全員がレティーシアの前で一度立ち止まり、各自がどういう事だ? と疑問の声をあげる。
それらに答えつつ、全員の驚きようにレティーシアは非常に満足したのであった………
後書き
そんな短い日もあります。
次回から多分山登り編。
バーティカルリミットによる、限界の進行がスタートします。
宜しければランキングぽちりしてくれると嬉しいです。
ついで、当方執筆の他作品も読んでくれry――検問されました――