表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
とある吸血鬼始祖の物語(サーガ)  作者: 近々再投稿始めます
第二章 クエスト編
29/86

お買い物でらんらんるー! 下

御指摘により、タグを一部変更しました。




 三人が大通りを少し行った先、ちょっとした広場となっている場所まで着き、人通りもやや落ち着いたところで先を歩いていたレティーシアがようやくその歩みを止めた。

 くるりと軽やかに振り返るレティーシアに、メリルとミリアが半分期待に満ちた顔を見せる。



「ほれ、ミリアくれてやる」

「え? はわ、わわ!?」



 立ち止まったレティーシアが懐に手を伸ばし、そこから先程購入した水精核を取り出した後、ミリアに放り投げてやる。

 緩やかな放物線を描くそれに、慌てて腕を伸ばし受け取ったミリアであったが、それが水精核だと知ると大騒ぎし始めた。

 振り返った瞬間からミリア自身も期待はしていたことだが、実際に渡されればその驚きは大きい。



 「え? え!? も、貰えませんよッ! 私じゃあんな金額お支払い出来ませんし……一体幾らしたと思っているんですか!?」



 妙な所で遠慮深いのか、ミリアは首と手を横に勢い良く振ってとんでもないです! と、水精核をレティーシアにつき返してくる。

 その声量とまるでコントのような動きに、周囲を歩いていく人の一部が何だ何だ? と三人を遠巻きに眺め始めては小さな人垣が出来上がっていく。

 レティーシアとしては見世物になるつもりなどある筈もなく、メリルも舞踏会等で人には慣れている筈なのだが、その眉はやや不機嫌気味に吊り上っている。

 その内心がレティを見ていいのは私だけなのよ! とレティーシアが知ればどのような反応をするのか―――



「ミリア、そなたが受け取らないのであれば、わらわには必要のないソレは捨てるしか選択肢がな無くなってしまうのだがな……」

「す、捨てるだなんて! 間違いなく水精核の中でも上等、最上級の代物なんですよ!」

「しかしな、妾は精霊共と同じ手順で、こっちでは魔法だったか。を使用出来るのだぞ? そんな石ころなど必要ではないのだ。そなたの為に買ったそれが要らぬとなれば、捨てるしかあるまい?」



 わざとらしいレティーシアの役者がかった台詞回しに、ミリアはしかし気づかない。

 今ミリアの頭にあるのは水精核の事で一杯なのだ。何と言ってもそれが手に入れば、目の前に入る人物レティーシアにまた一歩近づけるかもしれないのだ。

 例えそれが増幅器ブースターの効力によるものだとしても、自由に扱えるならそれは自身の力に他ならない。

 力は力だ、それ以上でも以下でもないなく、使用者によってまさしく千変万化。

 葛藤するミリアを見て、もう一押しだとレティーシアが更に一歩踏み込んで来る。



「それとも……妾が折角ミリア、そなたの為に買った貢ぎ物(プレゼント)が受け取れぬと、そう言うのか?」



 今までの強気で傲岸不遜な態度が一転、その表情はまるで一生懸命貯めたお小遣いで、大好きな父の為に少女なりに考えて買ったプレゼントが、受け取ってもらえなかったような、そんな儚く脆い雰囲気が漂っていた。

 彼としての独断判断だが、その役者振りは相当に鍛えられている。両手はドレスの裾をきゅっと掴み、まなじりはしょんぼりと下がり気味で、瞳にはうっすらの涙の影が……


 悲壮な空気を纏うレティーシアに、ようやく冷静さを取り戻したミリアだが、その名女優も真っ青な演技の様子に思わず抱き締めたくなる衝動が襲う。

 今まで考えていた受け取った後の支払い方法だとか、利子だとか、お礼などと言う考えは全て吹き飛んでしまう。

 いや、礼はした方がいいのだろうが、それすら忘れそうになるほど、今のレティーシアは庇護欲をそそらされるのだ。



「うぅ……卑怯ですよぉ? でも、そうですよね。ここまでしてもらって受け取らないなんて、それはそれで逆に失礼ですよね。それじゃあ、このお礼はきっと必ずしますから。有難く受け取らせてもらいます!」

「そう言えばレティ? 貴女お金なんて持っていたかしら?」


 

 そう言ってどこか大事そうに、水精核をワンピースの腰元に付けられたベルト状のその前部に取り付けられた、ポーチのような物に仕舞い込む。

 初めてのレティーシアからの贈り物なのだから、無理もない反応であろう。

 そこで、今まで静観していたメリルだが、先程のレティーシアの姿を見て既に顔は紅潮し、鼻息もどこか荒く訪ねてきた。

 恐らくメリルからすればお金のことなどは切欠にすぎず、本命はレティーシアそのものであろうことはミリアにも容易に想像できた。

 それはレティーシアも承知してのことか、メリルの腕が届く範囲から離れるように距離を取りながら質問に答える。



「メリル、そなたのブロウシア家に養女として縁組する前。妾が住んでいた場所、そこで流通していた通貨でな。閉鎖的なせいか、殆ど外に出回っておらぬのだろう。魔道具にはそれなりの金額が入っておるぞ?」

「あら、それでしたら一枚ちょっと見せていただけないかしら? ちょっとチラッと見えた細工に興味がありまして……」

「あっ、それなら私も見てみたいです」



 まだ所持していると言うレティーシアの言葉に、先程までムフフと鼻息荒くしていたメリルがころりと態度を一変、ミリアもそれに便乗してせがんで来る。

 一般階級よりは裕福な家庭に育った二人だ、芸術方面にもそれなりに精通しているのかもしれない。

 別に隠す程の物でもないと、懐から二枚の金貨を取り出すとミリアとメリルにそれぞれ渡す。



「これは、凄いですわね……どういった技術なのかしら? 純金ではありませんか」

「それだけじゃないですよ、凄い綺麗ですねぇこの細工。こんな細かくて精緻な絵を金属に彫るなんて……」



 渡された二枚の金貨にそれぞれが感心したかのような感想を、思わずといった風に述べる。

 現在この世界で最も価値が高い金貨は精霊族エルフ金貨だが、これは金の含有率が高いからではない。

 次に信用と価値が高いのが帝國金貨なのだが、それでも金の含有率は十八k程度、つまりは七十五%程度である。


 共通金貨だと一気に下がり十四kレベル、六十%程度まで下がる。

 純金での鋳造が出来ない訳ではないのだが、それには硬度を増す魔法等、様々な魔法をフルに稼動する必要があり、技術的には可能でもコストや人件費などで実質不可能と同義であった。

 金は存外柔らかい為、他の金属と混ぜ合金としなければならないなく、純金で鋳造しても壊れてしまうのだ。



 細工に関しても、完全な円形の縁から中心に向かって緩やかな凹みを見せ、途中からは細かなレリーフが掘り込まれている。

 彫りこまれているのはゲーム内で英雄として活躍した人物で、表には古代魔道師エンシェント・ウィザードの女性が、裏には聖騎士パラディンの男性の全身像が細かに刻み込まれている。

 金貨としての価値は無論、一つの芸術品としてでも通用するレベルであった。

 まぁ、ゲーム内の金貨であるからして、元はCG加工なのだ、当然と言えば当然であろう。

 そんな事を知らない二人はしきりに感心の溜息を吐き、やがて満足したのかレティーシアに金貨を返した。







 その後、クエストや迷宮等で使うと思われる道具を購入し、学園の寮室へと届けてもらえるように手続きをした三人は、時刻が十二時を過ぎた事もあり、昼食を取るべく商店街の外食店に来ていた。

 やってきた店は一般人にはやや敷居が高めと言ったレベルで、幅広い客層から受けそうなシックな店内であった。

 入り口から入れば、カウンターから一人の店員が笑顔を向けてくる。



「いらっしゃいませ。三名様でよろしかったですか?」

「ええその通りですわ」

「それでは、こちらにお一人様でよろしいのでお名前をお願い致します」



 そう言って渡された用紙に、同じく差し出された羽ペンを用いて、さらさらっと流麗な文字で主客に自分の名を記していくメリル。

 使われている文字は共用語として数百年前から広まった、帝國で使われている言語だ。

 一連の動作は習った作法だけではなく、その手の会食や機会で得た経験が見え隠れしている。

 それを見たミリアは声にこそ出さないが、表情一杯に憧れます! 凄いです! と浮かんでいた。

 メリルだって、毎日、何時もレティーシアの姿ばかり追いかけている訳ではないのだ……多分。

 一方レティーシアは見るまでもないと言った感じで、我関せずを貫き通している。



「それでは座席に御案内致しますので、こちらへどうぞ」



 そう言ってタキシードのような服装をした男性が先を先導する、メリルがそれに続き、ミリアにレティーシアと続いていく。

 移動しながら店内をレティーシアが眺めれば、客足は上々のようで、テーブルの大半が埋まってしまっていた。

 やがて、奥の一室、窓際の通りを見渡せる眺めの良い席に案内される。

 先程メリルの名に一瞬眉を顰めたことから、もしかしたらブロウシア家の令嬢だと気づいたのかもしれない。

 ブロウシアの名はそれだけ大きい。



「それでは、御用の際はそちらの呼び鈴を押して下さい。店員が直ぐに参りますので。それでは失礼致します」



 深く腰を折り、礼の姿勢を数秒維持した店員が入り口の方に戻っていく。

 中々に教育の行き届いた青年であると、レティーシアは内心で点数をつけていた。

 タイプは異なれど、これだけの器量良しの三人を前に一切の動揺を見せないのは、そう出来ることではないだろう。



「さて、それではぱっぱっと選んでしまいましょう。あっ、勘定に関してはわたくしが持ちましてよ? 先程はレティに美味しいところを持っていかれましたから。ここらで挽回致しませんと、私の面子が立ちませんわ」



 そう言って茶目っ気を含んだ笑みを向けるメリルに、ミリアがちょっと複雑そうな顔をみせる。

 無理もない、二人に比べたらそれなりに裕福な出とはいえ、そうぽんぽん無駄遣いを許される立場ではないのだ。

 必然こう言った機会では甘える形となってしまい、マイペースながらも妙に義理堅い性格であるミリアには、幾分心苦しいものがあった。

 最も、レティーシアにしても、メリルにしてもそれで気を引くだとかと言った思惑は欠片もなく、それはミリアも十分に理解している事であった。



 三人が置いてあったメニュー表を見て料理を決めていく、ミリアはパスタ系にしたようで一番早くに店員に告げてしまった。

 次にメリルが定食物であっさり手を打ってしまったので、レティーシアを待つ形となってしまう。

 寮の料理や、エリンシエの料理で大分この世界の料理にも手を出したと思っていたレティーシアだが、メニュー表を見ればその思い上がった幻想は容易く砕かれ、名も知らぬ素材を使った料理に料理名が幾つも名を連ねており、エリンシエによる餌づ――――ゴホン。

 美味な料理、ヴェルクマイスターの生活によって、すっかり舌が肥え、グルメ気質となってしまったレティーシアが速断出来ないのも致し方ないことであった。



「悩んでいるようね、レティ。よろしければわたくしがお勧めを選んであげましょうか?」

「むっ……仕方あるまい。メリル、そなたにわらわの食を選ぶ栄誉を授ける。存分に吟味するがよい」

「くすっ……畏まりましたわ、お姫様レティ



 中々選ぶ様子のないレティーシアに、メリルが助け舟を出す。それにやや大仰な台詞回しで答えを返すが、その言葉に上から目線の嫌味は含まれず、何かと言うと照れ隠しに近い空気が含まれていた。

 メリルがそれに気づいて、思わず含み笑いと共に返す。

 ミリアも珍しい場面に顔を輝かせ、レティーシアとしては無論、彼としてもどうも居心地が悪い場面であった。

 その後、メリルが手早くレティーシアの料理を選んだ時、レティーシアがふと目に付いた飲み物を追加する。





「お待たせ致しました。こちらがエルデュエールの霜降り肉のステーキと、プ○ニーの煮込みスープで御座います」


 一番最後に頼んだレティーシアの料理であったが、存外に早くミリアの直ぐ後に運ばれて来る。

 先に置かれたスープは独特の良い匂いを鼻腔に運び、食欲を刺激してくる。なお、プリ○ーと言うのは時折発生する時空の歪の向こう、そこから現れる知性を持ったペンギンに似た生き物である。

 どうやら異界から来る生物らしく、知識も有しているが、何よりも珍味として世界に名を知られている事で有名だ。

 その後に置かれたステーキはじゅうじゅうと肉汁を滴らせ、敷かれた何かの葉を濡らしていく。焼きたての香ばしい匂いがこれまた食欲をそそる。

 台座のカットされた石はまだ熱を持つので、ご注意下さいという言葉を残し、店員は去っていく。



 その後、数分でメリルの頼んだ料理も運ばれ、テーブルの上には色鮮やかな様々な料理が湯気を立て並んでいた。

 ミリアはパスタの具が飛び散らないように注意しつつも、美味しそうに口元を綻ばせている。

 事実、レティーシアからしても中々のレベルと判子を押せる程であり、スープの一見さっぱりとした味はステーキのやや濃い目のタレの味を程よく中和してくれて、胃が持たれないようになっている。

 一足先に華麗にカトラリーを駆使して料理を平らげたレティーシアが、呼び鈴を押す。

 すると、少しの後、一本のボトルを抱え持った店員が現れ、彼の世界で言うところのワイングラスをもう少し大きくしたようなものに、たっぷりとボトルの液体を注いだ後去っていった。



「レティ? 真昼からお酒なんて、はしたなくてよ」



 手に持ったナイフとフォークを一度置き、口元を拭ったメリルが口調に反して苦笑を含んだ声音でレティーシアを窘める。

 実はレティーシア、ブロウシア家で滞在してた時も、幾度となくワインセラーから上質なワインを持ってきては食事時や自室で口にしていたのだ。



「何、こっちの果実酒がどのようなものか興味があっただけよ。それに、この程度で酔う程短い人生を送っておらぬわ」



 そう言って琥珀色の液体が満たされたグラスを持ち、軽く揺らすとその香りを鼻腔に吸い込む。

 途端に広がる独特の香り、それは強めの甘さとアルコールの匂いであった。

 その後、クイッと口元に付けたグラスを持ち上げ、中身を呷る。

 瞬間広がる芳醇な香りと、アルコールの匂い。最高級の一品には遠く及びはしないが、ちょっとした時間に楽しむ程度なら問題のない味わいであった。

 それもレティーシアから感じて、あるからして、実際には十分上質な部類だろう。



「私はお酒の類はすぐ酔うので駄目なんですよね。前に一度それで部屋中凍らせたことがあって……」

 

 美味しそうに果実酒を嗜むレティーシアに、どこか羨ましそうな表情でミリアが告げる。


「ふむ、この味を楽しめぬとは。人生の半分を失っているに等しいぞ? まぁ、妾も昔はあまり飲めなかったのだがな」



 レティーシアがまだ人と変わらぬ肉体で、己が常人ただびとだと信じて疑っていなかった頃。

 その時代では薄めた酒は水と同義だったため、食事の際にはもっぱらアルコールがレティーシアの前に並んだものである。

 そんな遠い遠い、遥か昔の事を思い出しながら、二人の食事のスピードに合わせてグラスを飲み干していった――――








 ――――食事を終えた後、メリルが婦人用の洋服店に足を運び、レティーシアだけではなくミリアまで着せ替え人形にして様々な服を購入したのは余談である。

 また、増えた服にあまり広いと言えない寮室のどこに仕舞うべきか、ミリアが一日中悩んだのは蛇足であろう。


 今日もまた、水面下で進むレティーシアの計画とは別にエンデリック学園は平和であった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ