模擬戦闘
選択授業の見学が終わり、クラスで受けたい曜日の時間と、選択科目名を記述した用紙を提出してから数日後。
今日は週休二日制であるこの世界の休み前、彼の世界で表すなら金曜日である。
そして、今日で受けていない選択科目が無くなる日でもあった。
なお、メリルやミリアとは一部授業が被っており、既にこの数日で何度か顔を合わせている。
ミリアに至ってはクラスの基礎授業でも一緒であり、偶にレティーシアの私室に立ち寄って行くなどの交友を交わしていた。
メリルも最近では頻繁にレティーシアの私室に訪れているのだが、何かイカガワシイ行為に出ようとすると、レティーシア御付の侍従がそれとなく先を制し、事なきを得ている。
時々遭遇する謎の覚醒少女とは妙な交友、いや、正確には向こうがやたらとレティーシアを意識しているのか、会うたびに面白い反応を示していた。
「それではミリア、そろそろ行かねばそなたも妾も集合場所に間に合うまい。それと、妾の部屋には夜なら何時でも立ち寄るがよい、例え妾が居なくともエリンシエが対応するでな」
「はい、分かりました。それじゃあ、レティーシアさんまたですよ!」
三時間目の授業が終わり、これから各人が選択教室へと向かう為の時間。
そう言ってミリアは離れている場所を使う選択科目の為か、足早に教室を出て行った。
レティーシアも椅子から立ち上がると、最初の選択授業“実践戦闘”の教室がある場所、剣術部棟方面へと向かって行く。
彼の曜日感覚で言えば、月曜日と火曜日を魔法習得科目系。
水曜日を分類的にはその他扱いの、“迷宮探査”や“依頼”関連の授業を。
木曜日は武器や素手を利用した、近接戦闘系の科目を。そして、金曜日はこれら学んだことを活かす、“実践戦闘”のみを取っている。
この実践戦闘と言うのは、その名の通り。魔法も武器戦闘も、おおよそ何でも有りの実戦形式の一対一の模擬戦闘の授業だ。
また、この授業は全てのクラスで取る事が可能で、腕試しや上位クラスへの挑戦、また魔法や技術の試運転など。
様々な事に応用できる選択科目として、大変人気を誇っているものの一つである。
場所は剣術部の外、第四剣術部鍛錬場だ。
レティーシアと彼の心は何とも言えない高揚感に溢れていた。
無理もないだろう、レティーシアからすれば別体系の技術や魔法に最大限触れられる機会だし、彼にしてみればそれらを身をもって感じる機会である。
興奮しない方が無理というものであった。しかもレティーシアはこの数日、正直がっかりしていたのだ。
この星の魔法技術はどうも彼女の世界と比べても、一歩も二歩も遅れている。
彼によって更なる高みへと昇華したレティーシアとは、酷ながらも言えば比肩しようも無いほど、それこそ天と地の差だ。
精霊を介したこの世界の魔法、種を明かしてしまえばなんてことのないマジック。
授業で得たノウハウにより精霊を使役することにも成功した、近接戦闘に関してもどこかイマイチである。
レティーシアは生来の気質、いや、その積み重ねてきた歴史故か、どうも見た目にも拘る性質があった。
実用一辺倒の魔術や技術も勿論数多く存在する。だがしかし、好んで使うのは派手さを含むものが常であった。
だからこそ期待する、まだ見ぬこの世界の魔法、レティーシア命名“精霊魔法”に。未だ見ぬ未知の技術に。
あわよくばそれら全てを糧として、更なる高みへと至ることに……
――魔法学部棟から二十分程、残り五分前のギリギリの時間にレティーシアは第四剣術鍛錬場に到着した。
既にほぼ全員が集まっているのか、ざっと見渡すだけでも百名近い人数が居る。
魔法学部や剣術学部、それに騎士学部の生徒に何をトチ狂ったのか非戦闘学部の生徒まで大盤振る舞いであった。
「む?」
ふと、周囲を見渡していたレティーシアが居るはずのない人物を見つけた。
人数にして二人。そこに居た人物とは、教室で別れた筈のミリアにAクラスに居る筈のメリルであった……
二人は然も仲が良さそうに談笑している。
いや、事実この数日の間、ミリアとメリルは選択授業で数度顔を合わせており、気が合うような素振りも見受けられた。
ゆえに、二人が仲良さそうにしていることには彼もレティーシアも問題はない。
ただ、それならミリアにしてもレティーシアと一緒に向かえばいい話だし、メリルにしたって何時もなら自分から向かって来そうな、いや来る筈である。
それがわざわざミリアと来て仲良く談笑している。レティーシアは無意識に、彼は理解したうえであまり気持ちよくない気分になった。
「あれ? レティーシアさんじゃないですか! 同じ選択だったんですね。実は先ほどメリルさんとばったり出会いまして、ここまで一緒に来たんです」
そう言ってにこやかに笑うミリアを見て、レティーシアは内心何とも言えぬ複雑な気持ちを抱いた。
それは己の狭量さであったり、レティーシアとして生きてきた時には感じたことの無かった感情であったりと、そんなどこか斬新で気恥ずかしい思いを誤魔化そうとして、レティーシアが口を開こうとした瞬間……
「レティ!! 貴女も実践戦闘を取っていましたのね? 私に話してくれれば教室まで迎えに行きましたのに……」
「そなた等とて妾に話さなかったではないか、妾だけのせいではあるまい?」
そう言ってふんっ、と抱きつくメリルから顔を背けるが、メリルを振りほどこうとしない時点でその心を如実に表している。
メリルとミリアもそれを理解したのか、眉尻をグッと下げると、二人してレティーシアに抱きついてきた。
身長差も相俟って、まるで溺れるように二人に揉みくちゃにされるレティーシア。
とくに約一名のマシュマロ攻撃は、精神的な体力をガリガリと削っていく。
「ええい! 鬱陶しいわ! 離れい、暑苦しいッ!」
「あ、あっ、そんな酷いですわぁ!!」
「わっわっ!? そんなに暴れないで下さい! た、体勢が……」
耐え切れなくなったレティーシアが吸血鬼としての“力”の一つ、“剛力”を用いて二人を引き剥がす。
剛力、それは原始的ながら強大な能力と言える。その腕力から繰り出される一撃は、ドーピング無しで容易く大地を砕き、岩を粉砕し、並の剣すら叩き折るのだから。
あっさり周囲に打ち捨てられた二人は、レティーシアに恨みがましい視線を向けるが、レティーシアは何のその、それを鼻で笑って一刀の元に切り捨ててしまう。
と、周りの生徒が面白そうに三人を見ているとき――男性が多いのは仕方のないことだろう――鍛錬場のグラウンドの奥から一人の教師がこちらに歩いて来るのが三人の視界に映った。
「待たせたな! 俺が実践戦闘一年の担当教師、ドラゴニュートのラングレイだッ!!」
身長百八十センチを優に越え、筋肉で体を覆った大柄な教師が耳朶が震えるくらいの声量で自身を紹介する。
前方に居た生徒の大半が両耳を手で押さえている。それ程の声量だったのだ。
レティーシアは音が耳に届く瞬間、空気の振動を捻じ曲げ適音に絞った為、とくに被害を被っていなかったが……
ドラゴニュート、半竜人と呼ばれる彼らは大半が魔術に優れるか、体術に優れるかの二極化である。
ラングレイと名乗った教師はまず間違いなく、後者だと言えるだろう。そう判断したのはこの場の全員ともイコールだ。
「取り敢えずは、ようこそ実践戦闘の選択授業へッ!! とでも言っておこうか? この授業はその名のとおり、授業の殆どが模擬戦闘に宛がわれることになる。ここでの戦闘の結果、それがイコールこの授業の成績だと思え!」
「また、試合自体に負けても内容やその技術が優れていれば、十分な評価は出るから安心しろ! また、成績優秀者には実技の単位も俺の権限で考慮してやるぞ?」
そう言うと一部の男子がざわつき出す。この学園で何が一番難しいかと問われれば、実技の単位の修得だと上級生なら誰もが答えるだろう。
まず、以前ミリアが説明してくれたが、基本授業でその単位は賄なうことができない。
その為、どうしても迷宮や依頼斡旋所で単位を稼ぐしかないのだが、簡単な依頼は必要経費は無駄に掛かるし、報酬も少ない。
しかも難易度に比例して単位は少ないときた。難しい難易度の依頼は、そもそも学生の身には厳しい。しかも前準備の経費が半端ではない。
失敗すれば違約金を支払わなければならなくなるのだが、高難度になればその額も一介の学生に支払える額でないだろう。
だからと言って迷宮という選択肢も難しいものがある。
迷宮の場合、一度潜ったことのある階層じゃ単位が貰えないのだ。実力さえあればあっさり単位が稼げるのだが、現在知られている階層でも地下四十八階が最高だ。
それ以降は誰も到達した者が居ない。噂では最下層は異界に繋がる門があるだとか、諸説様々であるが、現実的な問題としてこの迷宮、階層を降りる毎に敵が強くなっていくのだ。
最上級生のトップランカー達のPTで三十階にいけば良い方だろう。四十八階とは初代校長とそのパーティーの記録であり、出現する魔物のレベルは最低でもAランク。
運が悪いとニアSクラスまで存在したと文書には書かれている。
なお、一年分の単位を稼ごうと思えば、最低でも十五階層分は潜る必要があるだろう。
最高学年が四年生なのだから、三十階までいけたとしても二年分しか取得できない計算だ。
魔物や人にはその実力で大雑把にランクが与えられる。
これはギルドのランクとは別で、下からF~Aの6段階と、人の領域を踏み越えた者、あるいは人の手に負えない魔物などをSランクとして評価している。
初代校長のPTのランクは全員がA、校長が噂ではニアSランクだったという話だ。
最上級生の平均でもニアBクラス、トップレベルでもBからニアAクラスだろう。
Aクラスとは事実上の英雄に与えられるランクなのだから、この学園の質が十分に伺える。
そんな貴重とも言える単位が都合してもらえると言うのだ、学生達が喜び勇むのは当然だと言えた。
「おうおう、元気なのはいいがよ? あくまで成績優秀者だけだからな? しかもこの授業は怪我人が当たり前のように出る。まぁ、武器は刃潰しの魔法を掛けさせてもらうがな。魔法に関しても非殺傷結界を敷かせてもらうから、大事には至らないだろうが、この授業で過去死人も出ている。浮ついた気持ちでやったんじゃあ、怪我だけじゃすまなくなるぜ?」
口角をにやりと持ち上げ、嫌らしく告げるラングレイ教師の言葉に、騒いでいた学生達が途端に大人しくなる。
一部騒いでいなかった者達は別として、この騒ぎ立てていた者達の実力は大したことはなさそうだとレティーシアは見当をつけた。
教師も同じ思いであったのか、明らかに騒いでいなかった十名程に視線をさっと向けてきた。
内三名はメリルとミリア、そして無論レティーシアである。
残り数名はどうも変わった服装をしている者が多かった。
特に内一名は実力も見た目も周りより頭一つ抜きん出ている、そうレティーシアの経験が囁いてくる。
十五~十六歳の年齢だろうか、まだやや幼げな顔立ちだが、中々に野性味溢れ整っていると言えるだろう。
全身を覆う外套を掛けており、体系が分かり難いが、時折垣間見えるその中身から細身、しかも相当絞った筋肉を有した体だと想像できる。
身長は成長途中だからか百七十と少しくらいで、茶色の短髪に黄土色の瞳、口元は楽しげな笑みが浮かんでいる。
印象としてはスカウト等の早さを重視した近接タイプだろうか?
どちらにせよこの者なら少なくとも己の欲を多少なりとも満たしてくれそうだと、レティーシアはその男を脳内に記憶する。
「さて、と。んじゃあ、俺の授業で説明なんてものは不要だ。早速模擬戦闘を開始するぜぇ? 精々気張れや! 上のクラスは下に抜かれないように、下のクラスは上のクラスに、最初に選ばれたクラスが全てじゃないってことを教えてやれッ! よしっ、今から呼ばれたものは指定した場所に移動しろ! 呼ばれなかった奴は各自自由行動。俺は観戦をお勧めするぜ?」
そう言って男臭く笑った教師は次々と生徒の名と、広い鍛錬場の各場所を指名していく。
恐らくそこが模擬戦闘を行うスペースなのだろう。
生徒のおよそ五分の一が選ばれたあたりで声が止む、中にはメリルの名も含まれていた。
ミリアとレティーシアは呼ばれていないので、二人でメリルを応援しに行こうという運びとなる。
「メリル、無事勝つことができれば久し振りに一緒に風呂に入ってやってもよいぞ?」
「え? 本当に? そう言われたのでしたら、私張り切っちゃいますわよ? 約束違えないで下さいましね、レティ?」
指定された場所に向かうメリルに、レティーシアとしての意識がふと悪戯を思いついたかのように発言する。
が、メリルにはご褒美もご褒美。目を爛々と輝かせ、全身からヤル気を漲らせて足早に駆けていってしまう。
彼としてはこのままでは訪れるかもしれない未来に、レティーシアとしても予想以上の効果に、何時もは無表情の顔を苦々しく歪めてしまった。
ミリアも流石に驚いたのか、ポカーンと口を開けて固まってしまっている。
言ってしまったことは仕方が無いと、フリーズしているミリアを元に戻し。
二人で先に向かったメリルの後を追いかけるのだった――――