授業見学 上
あとがきで重要なお知らせ? があります。
現在二人は魔法学部棟の、水の魔法の見学室に来ていた。
水魔法を扱う為か、部屋は一階にある。床は土で出来ており、壁には勿論対魔法障壁が張られ、万が一の事故で崩れないよう対策されている。
丁度レティーシアとミリアが来たところで、説明が始まるところだったらしく。
精霊族だと思われる、耳が長く尖がっており、全体的にスレンダーな体系の女性教師が口を開いた。
「ようこそ、水魔法の見学室へ。あなた方に上級生の授業を見せても、まだ理解できない者も多いでしょう。なのでこの見学室では私。エルネリア=コールドが、水魔法の授業に関して説明したいと思います」
「さて、この星“デミウルゴス”に生息する植物含めたあらゆる生物は、一部例外を除いて低確率で魔力生成器官を持って誕生するのは皆さんご存知ですね?」
エルネリアと名乗ったインテリ眼鏡を掛けた教師が話す内容、それにレティーシアは驚いた。
“この星“デミウルゴス”に生息する植物含めたあらゆる生物は、一部例外を除いて低確率で魔力生成器官を持って誕生する”という説は、レティーシアの世界でも確定した事実として受け入れられていた話だからだ。
この世界で知られているかどうかはさておき、“魔物”と呼ばれる存在の先祖とは、こういった魔力生成器官を持って生まれた“生物達”である、というのがレティーシアの世界での一般的諸説だ。
恐らく教師の話からこの世界の魔物の根源も、似た感じであろうと考えられた。
精霊の存在の有無は大きな差だが、根源的な成り立ちはレティーシアの世界と近いのかもしれない。
そもそもからして吸血鬼なる種やエルフ、その他亜人が同じように存在しているのはどうも変だ。
魔力生成器官の話は各生徒も承知しているのか、皆が黙って聞いており、エルネリア教師はそれに満足げに頷くと次の話に移った。
「魔力生成器官の話に関しては基礎授業でやると思いますので、私の授業では省略致しますが。私達人族は、この“魔力生成器官”と呼ばれる不思議な“力”を高確率で持って生まれます。しかし、現在私達人にはこの器官から得られる魔力を使用して直接魔法を扱う、ということが出来ません。それがどうしてなのか、現在調査中でありますが、それはさておき。このままでは宝の持ち腐れの魔力も、有効に扱う事が出来る“存在”がこの星には居ました。そうですね……そこの貴女、水色の髪の女性です、お名前は?」
エルネリア教師が、話しの途中でミリアに名前を質問する。
レティーシアは特に何も思わなかったが、彼としてはある意味“授業らしい”内容に、苦笑が抑えられないでいた。
彼の世界での学校でも説明途中、その先を生徒に話させることはよくあったのだから。
居眠りなどしていた時は酷く狼狽した記憶は、今でも脳裏で思い出すのは難しくない。
「は、はい! 一年Sクラス所属、ミリア・C・クレファースと言います。エルネリア先生」
まさか当てられるとは思わなかったのか、若干どもりながらもミリアはしっかりとした口調で自分の名を教師に告げる。
同時、Sクラスという単語に周りの生徒が俄かに活気付く。
ミリアの耳には届いていないであろうが、レティーシアの聴力は素で人の領域を軽く凌駕する。
普段は調節されているが、その気になれば数キロ先でコインが落ちる音すら拾うことが可能だ。
周囲のSクラスへの羨望、嫉妬の囁き声がその耳にはしっかり届いていた。
と、言っても妬み等レティーシアにすれば最早聞き飽きた言葉である。
別段聞く価値もないと、意識的に“雑音”を耳から排除してしまう。
優れた聴力は何もメリットだけを運ぶのではない、同時にデメリットも存在するのだ。
ゆえに、レティーシアは基本その聴力の聞き取れる“範囲”を、一般的な人よりやや優れたレベルまで落としている。
「はいはい、お静かに! それでは、ミリアさん。先程私が話した存在とは一体何と呼ばれ、どういった存在なのか聞かせていただけるかしら?」
「えっと……“精霊”です。何時の頃からこの星に存在しているのか不明で。少なくとも、有史より前から存在しているという見解が一般的でしょうか? この精霊という存在はどう言う訳か、魔力を与える事で願いを叶えるという性質があって、どんな願いも叶うわけではないですが。その性質を利用したものが“魔法”、ですよね?」
その答えにエルネリア教師は満足げに頷くと、壁際に設置された板書用の板。
つまりは黒板に何やら書き始める。カツカツと、チョークと良く似た物質でこの世界の共通言語が書かれていく。
暫くすると、黒板には精霊! と○で囲まれた文字と、人! と○で囲まれた文字が書き込まれていた。
文字の横にはデフォルメされた、動物の絵と、二頭身のチビキャラの人が描かれている。
「先程ミリアさんが説明してくれたとおり、精霊はどう言うわけか魔力を必要としているらしく、我々が望む事象を対価、この場合魔力を事象に見合った分と報酬分だけ渡せばそれを叶えてくれます。この際に叶えたい事象を伝える為の詠唱が“呪文”ですね」
そう言って○で囲まれた人という字から精霊へと矢印が伸び、矢印には魔力+呪文と書き足される。
次に精霊から矢印が伸び、人と書かれた文字へと向かう。矢印には願いと書き込まれている。
「何故精霊が私達の願いを叶えてくれるのか? と言う疑問に関しては、ここ数百年で明らかにされています。さて、それは何故でしょうか? 左端の赤髪の男の子、答えて貰えるかしら」
木製の細いタクトのようなものを片手に持ちながら、時折それで図を示してはすらすらと説明を続けていく。
その途中で一端不自然に切ると、一拍置いてミリアと同じように指名する。
「あっ、はい。えーと、精霊が僕達の願いを叶えるのは魔力を必要としているからであり。どうやらその溜めた魔力によってより上位の精霊に変化すると言うことが分かっています」
「はい、結構です。今の時代、どうも実技ばかりで座学はさっぱり、と言う人が多いのですけれども。今年は随分優秀なのようで、先生としては嬉しい限りですね」
当てられた少々野暮ったい感じの少年が答えると、先程のミリアと同じくエルネリア女史は満足そうに頷き、また何やら黒板に書き足していく。
今度は精霊と書かれた文字が上方向に矢印が伸び、上位精霊と新たに○で囲まれた文字が書き足され、更に矢印には昇華と書かれている。
「この昇華により上位精霊へと変化した場合、精霊は昇華の最中その場に低確率で“精霊武具”と呼ばれるアイテムを残します。これは諸説様々ではありますが、一般的には精霊なりの恩返しなのではないか? というのが一番信じられていますね」
そう言って今度は上位精霊に続いている矢印の昇華、と書かれた逆側に精霊武具と文字が書き足される。
その文字の横には、ハートを乱舞させた犬をデフォルメ化したキャラが追加で描かれていた。
もしかしたら可愛い物好きなのかもしれない。
「この精霊武具には強力な力が宿っていたり、特殊な効力を宿している事が多く、どれも伝説に名を残すレベルのアイテムです。現在存在する魔道具とは、この精霊武具の模倣品と呼んで差し支えないでしょう。勿論効力は比べるべくも無く低いのですが……」
そう言って苦笑気味にエルネリア教師は笑うと、続きを話し出す。
「なお、この精霊が魔力を必要とする。と言う性質を利用出来ないか? と昔より研究され、およそ二百年前に一つの成果が誕生しました。それでは、そうですね。ミリアさんの隣に居る子、銀色の髪の貴女に答えてもらいましょうか、貴女の名前とそれに研究の成果とは一体なんなのかをお願いしますね」
エルネリア教師としては生徒の一人として当てたつもりなのだろう。
だがしかし、如何せん相手が悪すぎた。
「妾の名はレティーシアである、姓は必要なかろう。夜を統べる一族の祖であるが、現在は魔法学部総合科Sクラスに所属しておる。質問の答えだが、知らぬ。妾はエルネリア女史、そなたが言うところの実技ばかりで座学を軽んじた愚か者であっての?」
そう言ってドレスの袖を口元に当て、微笑むレティーシア。
彼女の言った事は揚げ足取りに近いのだが、どんな時でもただで転ばないのがレティーシアという人物である。
尤もその気になればこの場の目ぼしい人物から記憶を漁り、解答を知るという方法もあるのだが……
一方エルネリア教師はと言うと、“夜を統べる一族の祖”と言う一文で彼女が吸血鬼、しかも純血種だと――本当は違うが――気づいたらしく、その顔に少なからず驚愕の念が浮かんでいる。
その驚愕は普通なら誰でも知っていると言われる、先の質問の内容。
その驚きを覆して余りあるものであり、それはこの部屋に居る全ての者も同様であった。そこには無論ミリアも含まれている。
この世界の吸血鬼は、その個体総数が少ないことで有名だ。
レティーシアの世界の吸血鬼は人とのハーフ、半吸血鬼も含めれば十万を越える数だろう。
一方この世界の吸血鬼は、一般的には人とのハーフそれ自体を吸血鬼として認識されている。
理由は単純で、純血種の数が総数で百を大きく下回る数しか存在しないからだ。
混血の吸血鬼を含めても数は万に届くかどうかだろう。
この世界での吸血鬼という種は、その吸血鬼としての血が濃いほど潜在的な力が強い傾向がある。
血の薄い吸血鬼でも人より優れ、魔力に秀で力も強い。寿命も血が濃い者程人より遥かに長く、薄い者でも二百年以上生き、しかも不老だ。
血が濃い者だと、千年から二千年生きている者まで存在していると言う。
精霊族こそ不老だが千年生きればいい方であり、魔力資質こそ高いが、身体能力は逆に人に劣るだろう。
純血種に至っては、五千年近く生きている者まで居るという噂まであるくらいで、真実の程は明らかになっていない。
数が少なく、純血種は排他的で知られるため詳細が未だ不明なのだ。
また知られている事実と言えば、血が濃い者は再生能力が強く、腕を斬り飛ばされたとしても再生を可能とするなど。
殺すには心臓や首を刎ねるしかないと言われる程である。
純血種に至っては古い文献によれば、心臓と首を同時に仕留めるか、存在を消滅させるしか殺すことが出来ないとまで記述されている。
事実の程は不明だが、かなり真実に近いと噂されている記述であった。
彼等吸血鬼はその名のとおり“血を吸う鬼”である。
何故彼らが吸血衝動に襲われるのか?
それは吸血鬼という種の秘匿性により、現在まで明らかになっていないが、恐らくその数々の人を越えた能力を維持するのに魔力とは別の何かが必要なのでは?
と言うのが目下立てられている説であるが、これまた信憑性は疑わしい。
幸いなのが、この吸血衝動には段階があり、初期段階では精神力で抑えることは十分可能で、血に至っても人である必要はない。
また、彼等は太陽を先天的に苦手としており、能力こそ低下しないものの、血の濃い者ほどその傾向は顕著である。
逆に夜はその反動か彼等に活力を与えるらしく、その身体能力は昼とは大きく一線画すと言う。
尤もダンピールの場合、とくに吸血鬼としての血が薄くなるほど吸血衝動は弱くなり、また太陽を苦手にしなくなる。
吸血鬼が夜の覇者たる由縁は、その辺りが原因だろう。
また、この世界の吸血鬼に噛まれても眷属となることは無く、精々が一時的な傀儡が限界だ。
出生は全て性行為によるものであり、血が濃い者程子供が出来にくいという特徴がある。
これが純血種、及びそれに近い者の数が少ない要因と言えるだろう。
ここに更に寿命のせいか、子をなそうという意思が血が濃いものほど薄いとくれば、さもありなんと言うべきか。
なお、純血種と混血種を見分けるのは簡単だ。
吸血鬼の中で銀髪は純血種でしか発現しないのだ。
が、別に瞳が赤く、銀髪を持つ人は他にも存在する為必ずしも容姿だけで判断は出来ない。
数こそ少ない者の、人より遥かに優れた種族。
そんな種のしかも半ば伝説に近いとさえ言われる純血種が目の前に居る。
威厳こそ抑えているが、そんな化け物にも等しい存在を前にエルネリア教師が取った行動は称賛に値するだろう。
「そ、そうですか。それでは、えーっと。そこの貴方、代わりに答えてくれますか?」
「え? お、おれですか? えっと……せ、精霊契約です」
「はい、そのとおりです。有難う御座います」
エルネリアの言葉にホッと息を吐く当てられた少年。
無理もない、この学園には数十名の吸血鬼が在籍しているが、血の濃い者はたったの二~三名。
純血種なんてもっての他である。そんな人物が答えを知らない、と言ったのだ。
自分が答えてもいいのか? と邪推してしまうのは仕方のないことであった。
彼はある意味完全にレティーシア、そして場を和ませる為の当て馬として、エルネリア教師のに当てられたのには同情の余地十分であっただろう。
また、エルネリア教師の態度を責めるのもお門違いだ。
彼女もエンデリックに勤める教師なら、その実力は一線級なのだろうが、上には上が居るという言葉どおり。
純血種、特に真祖と呼ばれる者達は天外の存在である。
歴史を紐解いても表に出てきた事例が数件程度だが、どれも天災以上の被害が出たと言う事実が残るのみ。
例え英雄をもってしても荷が重いというものだろう。
「ごほん! 精霊契約とは、この魔力を必要とする部分を利用した、所謂専属契約みたいなものです。精霊に自分とだけ願いを叶えさせる契約をするのがその内容ですが、これには両者共にメリットがあります。まず、精霊側は安定して魔力を得られること、契約として一定期間毎に別途の魔力を貰えること。人側は必要な時に契約した精霊を召喚出来るというメリットです。また、契約した精霊は一時的に自我に目覚め、相性が良ければ積極的に協力してくれるでしょう、なので――――」
――――その後、氷の見学室にも寄って行った二人は、寮に帰る途中レティーシアの種族をミリアが詳しく質問したり。
折角だからと、夕食を一緒に食堂で食べたりとして過ごした。
その後、以前約束したレティーシアの部屋にお邪魔するという内容をミリアが思い出し、立ち寄ったのだが、そのどこの貴族、いや、王家の私室ですか?
と硬直してしまうなどと言った問題が発生したり、エリンシエとレティーシアの容姿が似ていることに気づき、質問してくるなどの事態まで発生したが、概ねレティーシアとしては充実した一日であったと言えた。
目下彼女が気になる事と言えば、自身も精霊を使役できるのか? という問題であった。
ミリアが私室から出て行った後、エリンシエに体の隅々まで文字通り洗われ、彼としては顔から火が出そうな程の羞恥である事態が発生したのは余談である。
その後、どこから食材を調達したのか、ディナーに相応しい食事により羞恥の事実を忘れ果ててしまったのはもっと余談であろう。