果て無き物語(サーガ)
二XXX年、今では当たり前のように普及しているヴァーチャルシステム。そしてヴァーチャル・リアリティ・マッシブリー・マルチ・オンライン・ロールプレイングゲーム。
略してVRMMORPGもそんなVRシステムを利用したゲームである。
この時代のVRMMORPGとは、ハード機その物がゲーム本体となっており、そのゲーム専用として扱われている。
また、形状もフルフェイス型のメットで、前部はバイザーで覆われているタイプが主流だ。
このメットの横、または後ろに付属されているコード、これを拡張工事によって家に取り付けた、専用の回線に差し込むことで初めて使用が可能となる。
この回線はゲームの情報や、生体情報等をやり取りするためのものである。
VRMMORPGの仕組みとは、メットを装着した後送られる電気信号により、“五感を再現された意識ある夢”を見せることが根幹となっている。
つまり、ゲームの情報を電気信号によって脳に伝え、それを夢として構築するのだ。
ゲーム内の行動や情報が逐一メインコンピューターに送られ、他の情報と共に演算され、常に最新の情報を脳に送られる。
また、この信号速度は回線内で亜光速にまで及び、限りなくタイムラグの無い状況を可能としていた。
五感も電気信号により再現され、夢でありながら、否。夢であるからこそ限りなく現実のようにリアルであり、感覚のある世界を実現しているのだ。
これには当初様々な問題があった、レム・ノンレム睡眠の移行。
他にも脳の処理限界、過負荷の問題。前者は特殊な音波で操作し、後者はメットに付属された脳の情報処理補助機能によって解決された。
他にも多くの問題と、それを解決する為の仕組みが存在するのだが、ここでは割愛しておく。
これ等が基本的なVR及び、VRMMORPGの仕組みである。
装着者はメットを装着し起動させるのと同時に、バイザーによる視覚情報と聴覚による音の催眠効果により、強制的なレム睡眠の状態に移行される。これがゲームへの接続、ログインにおける過程だ。
この時、生体情報も一緒に回線からメインコンピューターに送られ、性別詐称が出来ないようになっている。
ただし、戸籍上どちらの性でもある場合、どちらの性別を使用するか決めなくてはいけない。
そうして送られる情報により、強制的な夢の世界で仮の肉体。
一般的に電子体や仮想体と呼ばれる、ぼんやりとした白色の肉体を用いて、仮想世界にてゲーム情報をセッティングしていく。
なお、使いたいグラフィック、アバターがある場合、あらかじめメットにあるスキャン機能か、ディスクの読み込みで情報を伝えておかないといけない。
この世界は基本“夢”であるが、制御されている為、夢主の自由となることはない。
現実と変わらない世界なのだ。
――――そんな時代、今ではありふれたVRMMORPGに一つの新作が発売された。
名を“果て無き地平線”と言う。
このゲームは別段これが凄い! というシステムが存在した訳ではなかったが。
発売から数ヶ月で、プレイヤー人数一億人を突破するという快挙を成し遂げる。
これは当時の人口が二十一世紀と比べて格段に増え、百億人の土台にまで到達したのを鑑みても異常と言えた。
このゲームが何故そこまで人気となったのか?
特別目新しいシステムがある訳でもない、イベントやクエストだって数あるVRMMORPGから見れば、どこかで見たことあるような内容。
そもそもゲームの本数、その経歴を考えれば、オリジナル性を出すのは非常に難しいと言わざるをえない。
では何故? 何故、そこまで人気がでたのか? その理由はそのゲーム内における自由度にあった。
そして、その精緻さこそが人気の秘密だったのだ。
開発費用は日本円にしておよそ百二十億円。採算を無視したとしか思えないような金額である。
対してゲーム本体の価格は、一昔と違い僅か税込み日本円にして八千八百円だ。
アイテムやサービスに対して、一部課金を導入するとしても、採算など取れないと思われる。馬鹿げた金額だ。
だがしかし、この“果て無き地平線”は黒字どころか、空前絶後の大ヒットを叩き出すことに成功する。
理由は述べたとおりその自由度と、とことんまで追求したクオリティにあった。
その自由度の例を挙げてみよう。
風を感じる、空が曇る、雨が降る、夜が訪れる、星が輝いている、昆虫が生息している、魚が泳いでいる、季節が訪れる、世界各国様々な料理が作れる、むしろオリジナルの料理が作れる、洗濯が出来る、化粧が出来る、家を持てる、結婚が出来る、服を買える、貴族にだって成れるetc…etc…。
ファンタジー方面だって凄い。
数え切れない程のスキルがある、魔法がある。むしろ組み合わせられる、オリジナルだって作れる。
頭を狙えばダメージが上昇する。
軽減されていはいるが痛みだって感じる、ダンジョンがある、不思議なダンジョンだってある、むしろダンジョンだって作れる。
職業だって沢山、数え切れない程ある。中には主婦だとか、本屋だとか、料理長だとか、先生だとか、関係のない職業がいっぱいだ。
キャラクタークリエイトだって自由自在だ。
専用のツールで精密な3DCGを作成すれば、スキャンが読み込んでゲームで使用できる。
見た目だけに数週間もの時間を掛けるのは普通の事だった。更に装備やアバターの見た目だって変更できる。
お陰で職人と呼ばれる、アバター専門の依頼を請け負うプレイヤーは何時だって引っ張りダコであった。
種族だって多種多様。エネミーに分類されていないものなら何だってなれる。
ギルドだって勿論作れるし、ギルド単位で街だって作れる。侵略や防衛戦だって存在する。個人でクエストだって作れる。
下らない事にだって、心血を注いでいる。汗だってかくし、お腹も空くし、十八歳以上なら手続きでナニだって可能である。
ドジッコ属性があれば、何もない道端で転ぶことだって出来た。
誰も来ない秘境の奥地で、伝説の魚を求めて釣りをするのもいい。
あるいは樹海の奥地、一輪の可憐な草花を追い求めるのもいいかもしれない。
何処までもリアルに近いこのゲームは、どんなロールプレイだって可能にしてくれた。
まさしくこのゲームのコンセプトである、“もう一つの世界”は現実として実現したと言える。
ただし、このゲームはその情報量から脳への過負荷を避ける為、プレイ時間は一日に八時間と定められていた。
残りプレイ時間が三十分前でゲーム内の仮想ウィンドウ、これに警告文が表示され、時間と同時に強制ログアウトが行われる。
ゲーム内では時間は半分の速度で流れるので、実質は十六時間であるのだが……
故に、“果て無き地平線”は噂が噂を呼び、あっというまに生産が追いつかなくなるほどの人気を獲得するに至った。
そして、発売当初二十歳。
大学には行かないでも何とか正社員として働いていた、何処にでもいるような男。
遠藤義徳もそんな“果て無き地平線”を発売当初に購入した一人だ。
別段オンラインゲーム等が好きな訳ではなかったのだが、代わり映えのしない日常に少しばかり飽いていたとき、“もう一つの現実”という、今時珍しくも無い謳い文句であるが、店頭でおおいに宣伝されていたこともあって購入に踏み切った。
彼がこのゲームをプレイするにあたって一つ目標にしたこと、それは“常に理想足る自分であれ”である。
人間というのは常に外向きの仮面を持つものだ。変身願望だって無意識下に隠しているかもしれない。
男なら誰だって一度は夢見ることだろう、最強と言う名の二文字、何だって出来る理想の正義の味方。
残念ながら現実での彼は運動に関しては勿論、知識に関してだって精々が人より少しばかり秀でている程度であった。
それなら、この“果て無き地平線”なら……そう思って早六年。
彼は何時しか名実と共に最強の名を冠する事となる、彼の愛キャラ、ブレイド=ヴェルクマイスター、その名で。
理由は当年に行われた、最強決定戦と呼ばれる大会に優勝したからだ。
彼はまさに“夢を叶えた”と言ってよいだろう。無論、努力はした。
取れるだけの有給を取ったし。つぎ込める金は全てつぎ込んだ。削れる時間は全部ゲームに注いだ。
眠気や疲労で、会社の同僚に心配された事はもう数えるのやめてしまった程である。
些細なミスは頻発し、上司の煩い小言も増えた。
血の滲む様な六年はしかし、遂に報われたのだ。しかし本来、努力とは本質的に報われるとは限らない。
しかし、同時に夢とは“追わねば”始まらないのも事実。
過酷な一歩を踏みしめ続け、愚直に進み続けた者だけが成し得る罪であり偉業。
それは人だけに許された甘美な罪業だ。
では、夢へと至った時の彼の心情は如何程であったのだろうか?
歓喜? 狂喜? 絶望? 悲しみ? 嬉しさ? 愛しさ?
――――いいや全部だ。
最強となった感想は如何ですか?
そうアナウンサーに質問された彼の表情はしかし、嬉しさで、悲しみで、愛しさで、六年の苦しみで何時しか芽生えた狂気で、涙でぐちゃぐちゃであった。
彼は傍から見れば滑稽な程に、ただただ、質問に答えることすら出来ずに泣き叫んでいた。
これまで生きた人生。ここまで何か一つに打ち込み、なし得たことなど一度だってなかったんだ。
それがたかがゲームだと笑いたくばば笑えばいい。手にした者にしかわからない至上の愉悦が、確かにそこにはあった。
がむしゃらに駆け抜けた六年はしかし、振り返れば眩しいほどに輝いていた。様々な試練があった。絶望しそうになった。心が折れそうだった。
それでも諦めなかったのだ。
支えてくれた人が居た。手を差し伸べてくれた人が居た。
馬鹿だなぁ……と笑ってくれた人が居た。
気づけば隣を歩いてくれた人が居た。逆に別れがあった。分かり合うことが出来ない人も居た。
一緒にPTを組んだ。ダンジョンに潜った。
知らない人とクエストをこなした。知らない人に手を差し伸べた。
知らない誰かと苦労を分かち合った。ちょっとした恋愛だってあった。別れは悲しかったが、様々な人に出会えた。
それら希望も絶望もない交ぜとなった彼の軌跡はしかし、まるで世界でたった一つの英雄譚のように彼の心で輝いている。それはまるで六年という年月が育てた、真珠や宝石のようにキラキラと輝き美しかった。
そこで彼の物語が終了したとしても、それはそれで非常に美しいものであったろう。
だがしかし、何の因果か神の悪戯か……。
彼は終着点から再びスタート地点に逆戻りすることになる。
名実と共に最強の名を冠した彼は、次の日一通のメールが届いていることに気づく。送り主は運営会社で、内容はゲーム内の一つの到達点として、魔王役を演じてみないか? というものであった。
これにはメリットとデメリット両方が存在した。
メリットだが、更なる強さが手に入る。単純に現在のキャップに合わせて、それ以上のレベル上限がもらえるのだ。他にも自分だけのMAPが作れる。公式のイベントに主役として参加できる。
何より、自身が演じる魔王というキャラを、公式で一登場キャラクターとして公表してもらえる。
デメリットに関しては彼のキャラクターがGMに近い存在と認識され、通常じゃ他人とPTが組めなくなったり、迂闊な行動が出来なくなることだろう。
だがしかし、それはサブキャラクターでも作れば問題のないことだ。
最強の名を冠し、到達点に至って一気にやる気が低下していた彼にとって、この誘いはまさに渡りに船であった。
それから魔王“レティーシア=ヴェルクマイスター”の名が公式でUPデートと共に発表されるまでの半年間、彼は思いもよらぬこのメールにより、新たな物語を刻むこととなる。
後書き
微妙に加筆しているので、半分に分割しようかと思いましたが、面倒だったのでそのまま投下。
削除前にお気に入り登録して下さった方、どうか本作でもして頂ければ幸いで御座います。
評価に関しても厚かましい願いではありますが、最新に追いつくまでに仕方ねぇなぁと、一からの評価で構いませんのでして頂ければ嬉しく思います。
感想のキャッシュが殆ど無理だったのが悔やまれます……
それでは、新たな読者様も、前からお付き合いして下さっている読者様も。
どうぞ、拙作ですがこれから宜しくお願い致します!