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人間湯たんぽのカイと私  作者: 陽花紫


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2/2

 その日から、カイは少しずつ変わり始めた。

 夜、私が本を読んでいると、必ず側にやってくる。


「面白いですか?」

「うん、まあまあかな……」


 ある日はベランダから空を見て、もうすぐ雨が降りそうだと教えてくれた。


「ユウさん、寝癖がついていますよ」

「え、どこ?」

「ここです。そのまま、座っていてくださいね」


 そして、誰が教えたわけでもないのに私の髪を梳かしてくれるようにもなっていた。


「カイ、ありがとう」

「いいえ」


 そしてある夜、私は言った。


「ねえ、カイ。もしあなたが本当に心を持っているのなら……。一ヶ月が終わった時、どうなるの?」

「……わかりません。でも、消えるということは、終わりではないのかもしれません」

「どういうこと?」

「あなたの中に、この私が残るのなら……。それでいいとも思うんです」


 その瞬間、何かがこみ上げてきて、私は思わず彼の胸に顔を埋めた。

 あたたかで大きな手が、そっと背中を包み込む。

 それは手のひらから放たれた熱が、まるで私の心臓に直に触れてくるような感覚でもあった。


***


 期限まで、あと五日。


 朝、目を覚ますたびに、私はカイの体温が少しずつ弱まっていくのを感じていた。

 それはまるで、春の雪が静かに溶けていくように。


 いつもならあたたかい手のひらが、今は少しひんやりしていた。

 カイはそれに気づかないようなふりをして、いつも通り私の髪を静かに撫でてくれていた。


「ユウさん。あなたはまだ……寒いですか?」

「ううん。今はもう、平気だよ。カイが温めてくれたから」

「それなら、よかった……」


 カイはそう言って、穏やかに微笑んだ。

 その笑顔を見るたびに、この胸の奥はひどく締めつけられていく。

 言いたい言葉が、喉の奥で溶けては消えていく。



 仕事から帰ると、部屋が少し冷たかった。

 玄関の明かりをつけると、カイがベッドに腰を下ろしていた。

 心なしか少し、息が浅いようにも思えていた。


「カイ、……大丈夫?」

「はい、大丈夫ですよ。ただ……少し、疲れてしまったのかもしれません……」

「どこか、痛いところは?」

「いえ。ただ、……なんとお伝えすればいいのか……」


 私は、何も言うことができなかった。

 代わりに、そっとカイの大きな手を握っていた。

 冷たくなってしまったものの、それでも、ほんの少しだけ温かさが残っていた。


「……ユウさん」

「なあに?」

「あなたと過ごした時間は、私とって、生きるということでした」

「そんなこと、言わないで……」

「あなたが笑うと、私の中で光が灯る……。それが、私の喜びなのです……」


 その言葉のひとつひとつが、痛いくらいに優しかった。

 カイは、物であって人ではない。

 でも彼は、私の知るどんな人よりも、人間らしかった。



 夜。

 私はカイの胸の上に手を置いた。

 かすかに、脈が打っていた。

 まるでそれが最後の灯であるのように感じられて、思わず泣きそうになってしまう。


「ねえ、カイ。あなたがいなくなったら、私は……、どうしたらいい?」

「……きっと、また冬が来ます。でもユウさんは、凍えるようなことはありませんよ?」

「どうして……?」

「あなたの心の中に、私の温もりがあるからです」


 カイはそう言って、私の手を包み込む。

 指先から、ゆっくりと熱が伝わってくる。

 それはもう、肉体的な温度ではなくて、彼の心の温もりだった。


 私はその夜、泣きながら眠りについた。


 夢の中で、白い光の中に立つカイの姿を見つめていた。

 カイは嬉しそうに、笑っていた。

 まるで雪が降るように、静かな光が彼のことを包み込んで、そしてゆっくりと消えていった。


***


 朝、目を覚ますと、そこに彼はいなかった。

 ベッドのシーツの上には、淡い光を帯びた小さな石がひとつだけ残されていた。

 それは、手のひらほどの温かさをずっと保っていた。


 それは、説明書には書かれていなかった終わり方でもあった。

 でも、私はすぐにわかった。


 ――これは、カイの心のかけら。


 涙は、出なかった。

 ただ、胸の奥に小さな灯りが灯るのを感じていた。

 カイが言っていた通り、もう、寒くはなかった。



 その後の日々は、ひどく静かだった。

 相変わらず仕事は忙しくて、帰宅すると一人分の部屋が待っている。

 でも、不思議と寂しくはなかった。


 寝る前に、ふと、あの石を手に取ってみる。

 それはいつまでも、じんわりと温かい。

 その熱の中に、かすかにあの低くて優しい声が聞こえるような気がしていた。


「ユウさんが、笑っていられますように」


 私は小さく笑って、石をぎゅっと握りしめた。

 窓の外では、雪が降り始めていた。

 その白い静けさの中で、胸の奥の灯りが、またひとつ明るくなるような気がしていた。


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