The story’s 迷い街の運び屋 3
あの配達が終わった帰り道、ふと、この街に来た日のことを思い出した。
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この街に来て
引っ越してきたのは、まだ少し寒い時期だった。
駅を出たとき、最初に思ったのは
「静かな街だな」
ということだった。
人は普通に歩いている。
店も開いているし、車も走っている。
でも、どこか音が少ない。
会話の声も、笑い声も、少し遠くにあるみたいだった。
街全体が、少しだけ音を下げている感じだった。
俺はスーツケースを引きながら歩く。
この街に来た理由はある。
でも、それを誰かに話すつもりはなかった。
会社にも言っていない。
聞かれもしなかった。
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会社の建物は、街の外れにあった。
特に目立つわけでもないビル。
入口の横に、小さな会社名のプレートがあるだけだった。
配送会社。
それだけ見れば、普通だった。
中に入るまでは。
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自動ドアを抜けると、広いフロアがあった。
受付らしい場所はあるが、誰も立っていない。
奥のカウンターの向こうで、何人かが荷物を整理している。
でも、あまり話していない。
伝票を書く音と、段ボールを動かす音だけが聞こえる。
壁には、この街の大きな地図が貼ってあった。
普通の地図に見える。
でも、よく見ると小さな紙がいくつも貼られてた
そのとき、後ろから声がした。
「……面接?」
振り向く。
カウンターの奥に座っていた女性が、こっちを見ていた。
「はい。」
名前を言う。
女性は紙を一枚見て、軽くうなずいた。
「今日からですね。」
そう言って、奥の部屋を指さす。
「中で待っててください。」
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奥の部屋には机がいくつか並んでいた。
配達バッグが床に置いてある。
ヘルメット。
伝票の束。
少し待っていると、ドアが開いた。
一人の男が入ってくる。
三十代後半くらい。
ネクタイは少し緩んでいる。
目は眠そうというより、疲れている感じだった。
男は部屋に入ると、机の上の伝票をぱらぱらめくった。
それから、ちらっと俺を見る。
「……新人?」
「はい。」
「今日から?」
「はい。」
男は少しだけうなずく。
椅子を引いて座る。
背もたれに体を預けて、机の上のペンを指で転がす。
「……じゃあ、あとで現場見とけ。」
それだけ言った。
説明は特にない。
男は机の上の紙を一枚取る。
依頼票だった。
それを軽く振って言う。
「仕事は……配達。」
少し間。
「まあ……見れば分かるけど。」
机の上の別の紙をめくる。
「普通のもあるし。」
もう一枚。
「変な希望の依頼も…」
紙を机に戻す。
「……あと、受け取らせるまで終わらないのとか。」
「まあ……依頼主の希望かな」
視線を戻す。
それだけだった。
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そのときは、まだ知らなかった。
この街には、
届けたくない荷物も
受け取りたくないのも
たくさんあることを。




