The story’s 家忘れ病 7
「パパー!」
子どもの声。
男は足を止めたまま、窓の方を見る。
声は家の中から聞こえてきた。
窓の向こうに明かりがある。
暖かそうな光だ。
男は少しだけ近づく。
雪が肩から落ちる。
窓の中では、小さな子どもが立ち上がっている。
テーブルの横で、こちらを見ている。
男はぼんやりその様子を見る。
子どもは窓の方を指さしている。
「パパ、帰ってきた!」
そう言って、嬉しそうに声を上げる。
男は一瞬、何を言われたのか分からない。
窓の中の子どもは、まっすぐこちらを見ている。
そしてまた言う。
「パパ!」
その声は確かに、外に立っている男に向けられている。
そのとき、男の胸の奥で何かが動く。
テーブルの横に、もう一人立っている。
三十代くらいの女性だ。
エプロンをつけている。
女性は子どもの声に振り向き、窓の外を見る。
そして少し驚いた顔をする。
すぐに小さく笑う。
男はその顔を見て、立ったまま動けなくなる。
見覚えがある。
長く一緒に過ごしてきた顔だ。
雪の中で、男の頭の中にゆっくり記憶が戻ってくる。
朝、一緒に出た玄関。
台所で作っていた夕飯。
子どもがランドセルを置く場所。
家の中の匂い。
部屋の配置。
全部が静かに戻ってくる。
ここだ。
ここが、自分の家だ。
男は門の前に立ったまま、しばらく動かない。
さっきまで曖昧だった家の形が、はっきりしてくる。
門。
ポスト。
玄関の灯り。
毎日見ているはずの景色だ。
それを今、ようやく思い出した。
家忘れ病は、静かに消えていく。
雪はまだ降っている。
男はゆっくり門を開ける。
足元の雪が小さく音を立てる。
玄関の灯りに向かって歩く。
ドアの向こうから、子どもの声がまた聞こえる。
男は少しだけ息を吐く。
そして、玄関の前まで歩いていく。
今度は迷わずに。




