The story’s 家忘れ病 4
夜の街を歩く。
街灯が一定の間隔で並び、道を黄色く照らしている。
一人の青年が歩いている。
さっきまで家にいた。
夕方、親と喧嘩をした。
たいした理由ではない。
夕飯のことだったか、仕事のことだったか、
もう細かいことは思い出せない。
ただ、声が大きくなり、
言葉がきつくなり、
最後にドアを強く閉めて外に出た。
それだけだ。
青年はポケットに手を入れながら歩く。
夜の空気は少し冷たい。
頭の中では、さっきの会話が何度も繰り返されている。
あんな言い方しなくてもよかった。
でも、向こうだって同じだ。
そんなことを考えながら歩く。
角を曲がる。
また歩く。
しばらくして、青年はふと立ち止まる。
自分がどこに向かっているのか分からない。
そして、もう一つ気づく。
家がどこにあるのか、思い出せない。
青年は静かに息を吐く。
「……まじか」
声は小さい。
家忘れ病だ。
この街では珍しくない。
ニュースでもよく言っている。
風みたいに、突然なる。
青年は空を見上げる。
夜の空は黒く、街灯の光だけが道を照らしている。
家を思い出さないといけない。
それは分かっている。
この病気は、家を認識すれば治る。
でも、胸の奥に別のものがある。
さっきの喧嘩だ。
帰ること自体は簡単だ。
家を思い出せばいい。
でも、帰ったらまた顔を合わせる。
青年は歩き出す。
住宅街の道をゆっくり進む。
窓の明かりが見える。
テレビの音。
食器の音。
笑い声。
いろんな家の生活が、窓の向こうにある。
青年はそれを見ながら歩く。
自分の家も、ああいう光の中にある。
そう思う。
でも、まだ思い出せない。
そして、思い出したとしても。
帰るのか。
そのことを考える。
角を曲がる。
また歩く。
夜の住宅街は静かだ。
遠くで犬が吠える。
風が少し吹く。
青年はポケットの中のスマホを触る。
家の住所は調べれば分かる。
でも、それはしない。
家忘れ病は、家を認識すれば治る。
それは、自分で見つけるものだ。
青年はまた歩く。
窓を見ながら歩く。
玄関を見ながら歩く。
似たような家が並んでいる。
似たようなポスト。
似たような門。
似たような灯り。
歩きながら、さっきの喧嘩を思い出す。
言い過ぎた。
向こうも言い過ぎた。
でも、どっちが先だったかはもう分からない。
青年は歩く。
家を探している。
でも、心のどこかではまだ帰るのを少しだけためらっている。
プライドみたいなものがある。
簡単に帰るのも、なんとなく悔しい。
それでも、歩き続ける。




