Skeleton Flowerの透明な嘘 10
崖のあと。
あの人は、しばらくその場に立っていた。
私は森の奥に隠れていた。
もう姿は見せないと決めていたのに、
足だけが動かなくなっていた。
風が強く吹いて、
崖の草が揺れている。
あの人は頬を押さえたまま、
何も言わなかった。
追いかけてこない。
呼びもしない。
ただ、
しばらく海を見ていた。
それから、
ゆっくりと崖を下りていった。
私はその場に残った。
胸の奥が痛い。
でも、
それでよかった。
そう思うしかなかった。
⸻
それからの日々。
私は、また遠くから見ていた。
最初に見ていた頃と同じように。
岩の影から。
木の間から。
崖の上から。
あの人は洞窟に戻り、
何も言わずに作業を続けていた。
筏を直す。
流木を結び直す。
水を集める。
果実を干す。
全部、淡々としていた。
崖のことも、
ビンタのことも、
何もなかったみたいに。
でも、
ときどき手が止まる。
火の前で、
少し長く座る。
隣を見る。
そこには誰もいない。
そのたびに、
胸の奥が締めつけられた。
私は出ない。
出てはいけない。
あの人は、
この島を出ていく。
それが正しい。
私は、
ここに残る。
それだけだ。
⸻
やがて、
筏が完成した。
あの人は朝早く、
浜辺にそれを運んだ。
私は崖の上から見ていた。
空は晴れていた。
風も弱い。
海は静かだった。
あの人は、
しばらく海を見ていた。
長い時間。
それから、
筏を押した。
水の中へ。
ゆっくりと。
振り返らなかった。
洞窟も、
森も、
崖も。
何も見なかった。
そのまま海へ出ていった。
波が、
筏を少しずつ遠くへ運ぶ。
小さくなる。
やがて、
人の形が分からなくなる。
私はその場に立ったまま、
動けなかった。
終わった。
そう思った。
胸の中が、
空洞になる。
島は、
また静かになる。
波の音だけ。
風の音だけ。
私は目を閉じた。
これでいい。
これで——
⸻
しばらくして。
海の方から、
水を掻く音が聞こえた。
最初は波かと思った。
でも違う。
人の音だった。
私は崖の縁まで走った。
海を見る。
筏が浮いている。
その近く。
水の中。
あの人が、
泳いでいた。
岸へ向かって。
必死に。
何度も水を飲みながら。
私は、
息が止まった。
どうして。
どうして戻る。
やっと出たのに。
やっと離れたのに。
⸻
あの人は砂浜に上がった。
膝をつき、
しばらく動かなかった。
肩で息をしている。
体はびしょ濡れ。
髪が顔に張り付いている。
それでも、
立ち上がった。
ふらつきながら。
島の方を見て、
叫んだ。
「いるんでしょ!!」
声が、
浜辺に響いた。
「出てきてよ!!」
私は動けない。
森の影で、
ただ立っている。
「あなたがいないと思うと!!」
声が震えている。
「一秒でも!!」
言葉が途切れる。
「一秒でも胸が苦しいんだよ!!」
胸が、
強く痛んだ。
あの人の声が、
島の空気を震わせる。
「嫌いって言ったよね!!」
「それでもいい!!」
涙で声が崩れる。
「嫌いでもいい!!」
「私は!!」
呼吸が乱れる。
それでも叫ぶ。
「私は大好きだから!!」
その言葉が、
胸の奥を貫いた。




