Skeleton Flowerの透明な嘘 9
一週間が過ぎた。
空は、ずっと晴れていた。
雲は遠くに薄く流れるだけで、
雨の気配はどこにもない。
あの人は、
その一週間を、静かに過ごしていた。
私も、見ていた。
洞窟の奥。
浜辺。
森の中。
距離を取って。
姿を見せないまま。
あの人は、何度も空を見た。
雨を待つみたいに。
でも、雨は降らなかった。
私は出なかった。
約束を守るためではない。
嘘を、
本当にするためだった。
あの人が、私に縛られないように。
私の存在を、
島の出来事の一つにするために。
⸻
一週間が終わった朝。
あの人は、
洞窟の中を静かに片付けていた。
薪を分け、
流木を選び、
蔓を結んでいた。
筏を作っている。
手のひらは傷だらけだった。
それでも、止まらない。
振り返らない。
私は遠くの岩の上に立って、
それを見ていた。
呼べば、
振り向くだろう。
でも、呼ばない。
風が吹く。
あの人の髪が揺れる。
胸の奥に、
重いものが沈んでいく。
これでいい。
そう思おうとした。
⸻
昼頃。
あの人は崖の方へ登っていった。
高い場所から、
海を見ていた。
たぶん、
筏を流す場所を考えていた。
私は、少し離れた岩の影にいた。
見ているだけ。
それで終わるはずだった。
そのとき。
足元の石が動いた。
小さく、崩れた。
あの人の体が、
前に傾いた。
その瞬間。
胸の奥が、
強く跳ねた。
落ちる。
そう思った。
体が、勝手に動いた。
考えるより早く、
崖の縁へ走っていた。
手を伸ばす。
落ちていく体。
腕を掴む。
強く。
痛いくらい。
あの人の体が止まる。
宙ぶらりんのまま、
風だけが吹く。
私は腕を引いた。
岩の上へ。
体を引き戻す。
あの人が地面に倒れ込む。
息が荒い。
肩が上下している。
生きている。
それだけで、
体から力が抜けそうだった。
本当に、
落ちたと思った。
ただ、それだけだった。
⸻
あの人が顔を上げた。
目が合う。
驚きと、
安堵と、
何かが混ざった顔。
「よかった……」
その声が、
小さく震えていた。
「消えてなかった」
胸の奥が、
少しだけ揺れる。
私は何も言えなかった。
あの人の手が、
私の腕を掴む。
温度。
人の手。
その瞬間、
少し怖くなる。
「戻ってきたんだよね?」
言葉が続く。
「やっぱり、嘘だったんだよね?」
私は、目を逸らした。
言葉を探す前に、
あの人が言った。
「……あの時も、雨、降ってなかったよね」
指先が、
わずかに強くなる。
心臓の音が、
耳の奥で響く。
「……試してよかった」
時間が止まった。
私は、
言葉の意味を理解するまで、
少し時間がかかり
胸の奥で、
何かが切れた。
試した、
その為に、命を使ってまで
……、
手が、
勝手に動いた。
[パチィッ________!]
音が崖に響いた。
私の手が、
あの人の頬を打っていた。
頬が赤くなる。
あの人の顔が横に揺れる。
私の視界が滲む。
怒り。
違う。
悲しみ。
それだけでもない。
もっと、
奥の方。
「最低」
声が震えていた。
自分でも驚くほど。
「命を賭けて試すこと?」
あの人は、
何も言えない顔をしている。
言い訳を探している。
でも、
言葉は出ない。
私は、
まっすぐ見た。
ここで、
終わらせなければいけない。
距離を。
ここで。
「嫌い」
その言葉は、
喉の奥を裂くみたいだった。
本当は、
違う。
嫌いじゃない。
むしろ。
でも、
それを言えば。
あの人は、
止まる。
この島に、
残ろうとするかもしれない。
だから。
最大の嘘を言う。
「嫌い」
もう一度、
心の中で繰り返した。
あの人の顔が、
空っぽになっていく。
胸の奥が痛む。
でも、
目を逸らさなかった。
私は、
そのまま背を向けた。
逃げるみたいに。
崖の風だけが、
後ろで鳴っていた。




