Skeleton Flowerの透明な嘘 4
六日目。
夕方から、空が重くなっていた。
雷は鳴らなかった。
ただ、低い雲が海の上に溜まっていく。
雨が落ち始める。
静かで、細い雨。
洞窟の入口に立つ。
呼ばなくても、分かっていた。
彼女は、そこにいた。
いつもと同じ距離。
いつもと同じ表情。
「来たね」
私が言うと、彼女は小さく頷いた。
それだけ。
終わりの前日なのに、
何も変わらない。
火を起こす。
薪が湿っていて、少し煙が多い。
二人で黙って息を吹きかける。
炎がつく。
その瞬間だけ、少し嬉しくなる。
「煙い」
彼女が目を細める。
「そっちのせいでしょ」
そう言って、少しだけ肩を押す。
押し返される。
それだけで、笑ってしまう。
笑いながら、
胸の奥がきしむ。
今日は最後だと、
お互い分かっているのに。
言わない。
触れもしない。
特別なことは、何もしない。
彼女は、火を見つめながら言う。
「明日は晴れる」
予報みたいに、淡々と。
「うん」
「しばらく降らない」
「……そっか」
それだけ。
沈黙が落ちる。
雨の音が、洞窟の奥にまで染み込む。
私は、少しだけ彼女の肩に寄りかかる。
彼女は、何も言わない。
離れない。
それ以上も、しない。
あたたかい。
それが、逆に残酷だった。
「ねえ」
思わず呼ぶ。
「なに?」
すぐ隣から返る声。
近い。
近いのに、遠い。
「……また、降るかな」
それは、願いでも質問でもない、
曖昧な言葉だった。
彼女は少し考えてから、
「降るよ」
と答えた。
「でも、そのとき私はいない」
言い切るでもなく、
否定するでもなく。
ただ、事実みたいに。
私は何も言わなかった。
言えなかった。
そのまま、雨が弱くなっていく。
彼女は立ち上がる。
「行くね」
それは、いつもの言い方だった。
特別な別れの声じゃない。
「うん」
それも、いつもの返事。
振り返らない。
止めない。
抱きしめない。
雨の中に溶けるみたいに、
彼女の輪郭が、少しずつ薄くなる。
最後まで、いつも通りだった。
それが、いちばん苦しかった。
⸻
七日目。
目が覚める。
静かだった。
雨の音が、ない。
しばらく横になったまま、
耳を澄ます。
何も聞こえない。
外に出る。
空は青い。
雲は遠い。
昨日の雨の跡だけが、岩に残っている。
洞窟の入口を見る。
誰もいない。
立っているだけで、
何も起きない。
名前を呼びたくなる。
でも、呼ばない。
呼んでも、来ない朝だと分かっている。
火の跡は、冷えていた。
灰を指で触る。
もう、温度はない。
昨日まで、ここに二人で座っていた。
それが嘘みたいに、
洞窟は広い。
海は、普通に光っている。
鳥も鳴いている。
世界は何も変わっていない。
私だけが、少し軽くなっている。
胸の真ん中に、
ぽっかりと穴があいたみたいに。
泣けなかった。
泣くほどの出来事でもないみたいに、
朝はあまりに普通だったから。
ただ、
「……そっか」
と、小さく言う。
返事はない。
風が通り抜ける。
何もなかったような空。
何もなかったような島。
何もなかったみたいな、私。




