Skeleton Flowerの透明な嘘 2
そこまで、時間はゆっくり積み重なっていた。
雨が降るたびに会い、
降り止むと会えなくなる。
それが当たり前のようになっていた。
最初は不自然だったはずなのに、
いつの間にか、それがこの島の“決まり”みたいに感じられるようになっていた。
⸻
その日も、浜辺を歩いていた。
空は曇っていたけれど、まだ降ってはいなかった。
波は穏やかで、白い泡だけが静かに寄せては引いていく。
流木の間に、見慣れない形が混じっていた。
木箱だった。
角が割れて、中身が半分見えている。
近づいて、しゃがみ込む。
中には、瓶が入っていた。
赤黒いガラス。
見覚えのある形。
指で触れると、冷たかった。
洞窟に運ぶ頃には、空が暗くなっていた。
風が変わり、葉が擦れる音が増える。
──降る。
そう思った。
そして、本当に降り始めた。
雨は、最初は静かで、
やがて、はっきりと音を持ち始めた。
洞窟の入口に、気配が生まれる。
顔を上げると、そこに彼女がいた。
「……それ」
彼女は、私の隣に置いた瓶を見て、小さく目を細めた。
「海から流れてきた」
そう言うと、彼女は瓶を手に取った。
ラベルはほとんど剥がれていたけれど、
何なのかは分かったみたいだった。
「懐かしい」
ぽつりと、そう言った。
何が懐かしいのかは、聞かなかった。
コルクは固くて、なかなか抜けなかった。
岩の隙間に挟んで、何度も引っ張る。
やっと抜けたとき、小さな音が洞窟に響いた。
二人で顔を見合わせて、少しだけ笑った。
器に注ぐと、赤い液体が揺れた。
火の光を映して、ゆっくり揺れる。
一口飲む。
酸っぱくて、少し苦い。
でも、嫌な味じゃなかった。
喉を通ったあと、
体の奥に、小さな熱が残る。
彼女も、同じように飲んだ。
「……強いね」
「うん」
それだけの会話で、また少し笑う。
火の前に並んで座る。
肩が触れていた。
離れようとは思わなかった。
雨は、一定の音を刻み続けていた。
「前はね」
彼女が、ぽつりと話し始める。
「こういうの、よく飲んでた」
「一人で?」
「……ううん」
少しだけ、間があった。
「誰かと」
それ以上は続かなかった。
私も、少しだけ昔の話をした。
飛行機に乗る前のこと。
窓の外の雲の形。
どうでもいいことばかり。
アルコールが回るにつれて、
言葉の重さが軽くなっていく。
沈黙も、前より近く感じた。
火が揺れるたび、
彼女の横顔が、明るくなったり暗くなったりする。
その揺れを見ていると、
時間が止まっているみたいだった。
彼女は、器を両手で持ったまま、
火を見つめていた。
「……ねえ」
小さな声だった。
「なに?」
彼女は、すぐには答えなかった。
雨の音が、少しだけ強くなる。
「どうしてだと思う?」
「……何が?」
彼女は、少しだけ笑った。
「私が、雨の日にしかいない理由」
心臓が、小さく跳ねた。
でも、顔には出さなかった。
「……さあ」
そう言って、器を口に運ぶ。
彼女は、視線を火に戻したまま、続ける。
「おかしいって、思わなかった?」
思っていた。
ずっと前から。
でも、
「この島、変なことばっかりだから」
わざと、軽く言った。
彼女は、小さく息を吐いた。
笑ったのか、諦めたのか、分からなかった。
「私ね」
彼女の声は、静かだった。
「ずっとは、いられないの」
その言葉を聞いた瞬間、
何かが、胸の奥で沈んだ。
「来週」
彼女は続けた。
「雨が降らない日から、私は消える」
火が、ぱち、と音を立てた。
私は、何も言わなかった。
言えなかった。
驚かなかった。
ただ、器の中の赤い液体を見つめていた。
それが、少し揺れている。
彼女は、それ以上、何も言わなかった。
私も、聞かなかった。
雨の音だけが、
洞窟の外で、途切れることなく続いていた。
隣にいるはずなのに、
少しだけ、遠く感じた。
それでも、肩は触れたままだった。
離れなかった。




