The story’s 果てしない旅 7
未来を見送ったあとも、私はしばらくあの家に残った。
椅子は二つのまま。
皿も二枚のまま。
畑も、耕した形を崩さずにいた。
季節が巡る。
春の芽吹き。
夏の濃い緑。
秋の乾いた風。
冬の静かな白。
私は変わらない。
だが、家は少しずつ朽ちていく。
梁にひびが入り、壁は色を失い、屋根は雨を通すようになる。
直せばいい。
そう思いながら、直さない。
崩れるものを、止めないことにした。
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町は世代を重ねる。
未来を知る者は減り、
やがて誰もいなくなった。
私のことを「長く生きている旅人」と呼ぶ者がいた。
やがて「昔話に出てくる人」に変わる。
子どもたちは私を見て笑い、
大人たちは目をそらす。
恐れではない。
理解できないものへの、静かな距離だ。
私は受け入れる。
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国が変わる。
王が倒れ、
旗が塗り替えられ、
言葉の抑揚が少しずつ変わる。
尻尾の形で身分を決めていた時代は終わり、
角の長さを誇る文化も薄れていく。
やがて、人々は尻尾を隠す衣を着るようになる。
角を削る者も現れる。
「同じ」であることを求める時代。
私はそれを遠くから見る。
変化は、いつもゆっくりだ。
だが確実だ。
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百年が過ぎる。
森が減る。
石の建物が増える。
夜が明るくなる。
火ではない光が街を照らす。
空を飛ぶものが現れ、
遠くの国と声を交わす道具が作られる。
私は山に移る。
音が増えすぎた。
それでも夜になると、星はまだ見えた。
私は星を見上げる。
探しているのか。
確かめているのか。
わからない。
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さらに時が過ぎる。
海の色が、わずかに変わる。
魚が減る。
浜辺に奇妙な残骸が流れ着く。
人々は便利なものを生み出し、
同時に、目に見えない何かを積み重ねていく。
空気が重くなる。
夏が長くなる。
冬は短く、曖昧になる。
それでも人々は生きる。
笑い、恋をし、子を産み、老いる。
私はその流れの外に立つ。
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ある年、大きな戦が起こる。
かつてのような刃と刃ではない。
空が光り、地面が裂ける。
私は関わらない。
守るものを、もう持たないと決めた。
ただ、遠くの閃光を山の上から見る。
満月の夜だった。
白い光が、かつての記憶を揺らす。
尾のない少女。
笑っていた顔。
私は目を閉じる。
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文明はやがて、衰え始める。
便利さは重さになる。
資源は尽き、
海は荒れ、
食物は減る。
争いが増え、
国は細かく割れる。
私は再び海へ向かう。
はじまりのように。
波は変わらない。
塩の味も、風の匂いも。
だが、生き物の声は少なくなっていた。
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千年に近い時が流れたのかもしれない。
正確な数はもう持たない。
大陸の形がわずかに変わる。
地震が増える。
火山が目を覚ます。
空が赤く染まる日が増える。
太陽の光が、どこか鋭くなる。
人々は減り、
都市は砂に埋もれ、
森は焼ける。
私は歩く。
誰もいない街を。
崩れた塔の間を。
干上がった川底を。
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最後の世代を見た。
小さな集落。
数十人。
彼らは空を恐れていた。
昼でも薄暗く、
夜は異様に明るい。
太陽が膨らみ始めている。
私は知っている。
星の終わりの兆しだ。
かつて、宇宙から何度も見た光景。
だが今は、地面の上だ。
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海が沸騰する。
雨は降らない。
風は熱い。
生き物はほとんどいない。
やがて人の姿は消える。
建物は崩れ、
骨は砂になる。
大地は割れ、
空は白くなる。
太陽は巨大に膨れ、
この星を焼く。
私は海に入る。
かつてと同じように、仰向けになる。
だが水は熱く、
長くは浮いていられない。
陸が溶ける。
空気が燃える。
私は焼かれる。
皮膚が裂け、
骨が露出し、
それでも、消えない。
意識は途切れ、
また戻る。
星が砕ける瞬間、
私はその上にいる。
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やがて重力が乱れ、
地表は引き剥がされ、
私は宇宙へ放り出される。
音はない。
再び、静寂。
熱は遠ざかり、
冷えが支配する。
私は凍る。
長い、長い時間。
砕けた惑星の破片とともに、
ただ漂う。
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光は遠い。
星々は変わらず瞬く。
私はどちら側なのだろう。
上から見る者か。
下から見る者か。
答えは出ない。
ただ、漂いながら 待つ
次の重力。
次の海。
次の音。
長い。
長い時間漂う




