The story’s 果てしない旅 5
旅は、特別な出来事のない日々が続いていた。
丘を越え、川を渡り、名前も覚えない村を通り過ぎる。
季節はゆっくり巡り、草は伸び、刈られ、また伸びる。
空の色が少しずつ変わることだけが、時間の証だった。
その日も、ただの道だった。
森を抜けた先の、古い街道跡。
崩れた石橋の下で、風とは違う音が混じった。
かすかな、途切れがちな声。
泣き声だった。
私は足を止める。
橋の影、草に半ば隠れるように、小さな包みが置かれていた。
布は上質ではないが、丁寧に巻かれている。
捨てられたというより、置いていかれた、という印象だった。
包みの中には、赤ん坊。
角はまだ柔らかく、ほんの突起のように額にある。
尻尾は短く、かすかに動く。
目は閉じ、顔をしかめ、弱々しく泣いている。
近くに足跡はあった。
大人が一人、ここまで来て、戻った跡。
追えば追えただろう。
だが、私は追わなかった。
赤ん坊を抱き上げる。
軽い。
体温がある。
それだけで十分だった。
◇
最初の夜は、火を絶やさなかった。
小さな体はすぐに冷える。
私の外套で包み、胸元に抱く。
泣き声はやがて弱まり、眠りに落ちる。
その呼吸の上下を、ただ見ていた。
理由は考えなかった。
なぜ拾ったのか。
なぜ置いていったのか。
問いは風のように浮かび、消えた。
朝が来る。
赤ん坊は泣き、私は水を汲み、近くの村で山羊の乳を分けてもらった。
事情は話さない。
「拾った」とだけ言う。
村人は一瞬、驚いた顔をし、それ以上は聞かなかった。
世界には、説明されない出来事が多い。
◇
旅は止まった。
移動は短くなり、歩幅も小さくなる。
赤ん坊を背負い、森を抜ける。
泣けば立ち止まり、眠れば歩く。
時間の流れが、以前よりも細かく刻まれるようになった。
一日が長い。
それでいて、短い。
昨日できなかったことが、今日は少しできる。
首が座り、目で物を追い、指を握る。
小さな変化が、はっきりと分かる。
私は湖の近くに小屋を借りた。
旅は続けられるが、急ぐ必要はない。
春が来て、夏になり、秋が過ぎる。
赤ん坊は、歩くようになった。
転び、泣き、また立つ。
角は少しずつ伸び、尻尾も長くなる。
笑うことが増えた。
名前をつけた。
深い意味はない。
ただ、呼ぶための音。
彼女はその音に振り向き、笑う。
◇
湖の水面に、月が映る夜。
小さな手が、私の指を握る。
言葉を覚え始める。
意味のない音が、やがて意味を持つ。
「なぜ?」
という問いを、いつか向けられるだろう。
なぜここにいるのか。
なぜ二人なのか。
なぜ自分には角があり、あなたにはないのか。
そのとき、どう答えるかはまだ決めていない。
だが、今はまだ早い。
彼女は湖に石を投げ、波紋を作り、それを面白がる。
私はそれを見る。
ただ、それを見る。
◇
年月が重なる。
背丈が伸び、走る速さが増し、声は澄んでいく。
私は変わらない。
それを、彼女は不思議に思い始める年頃になる。
「どうして?」
と問う。
私は少し考え、
「たぶん、そういうものなんだろう」
とだけ答える。
それ以上は言わない。
彼女も、深くは追わない。
世界には、説明のつかないことがあると、もう知っている顔をしている。
◇
市場へ行けば、人々は彼女に話しかける。
角の形を褒め、尻尾の動きを笑い、果物を渡す。
彼女は人の輪の中へ入っていく。
私は少し離れて立つ。
それでいい。
ある日、彼女は言う。
「もっと遠くへ行ってみたい」
湖の向こう、山の向こう。
私は頷く。
旅は、また動き出す。
今度は一人ではない。
◇
道を歩く。
小さな背中が、少し先を進む。
振り返り、手を振る。
私は歩幅を合わせる。
空は青い。
戦場の煙も、かつての満月の光も、遠い記憶の奥にある。
消えはしない。
だが、今ここにはない。
赤ん坊だった彼女が、笑いながら風の中を走る。
その後ろ姿を見ながら、私は歩く。
時間は流れていく。
止めることも、戻すこともできない。
それでいい。
歩き続ける限り、
どこへでも行ける。
そして、いつか彼女が自分の道を選ぶ日まで、
私は隣を歩いている。




