The story’s 選択 4
門の前に立ったとき、足は動かなかった。
白い壁は、外から見ればただの箱だと知っている。
けれど内側にいると、それは呼吸のようなものだった。
番号で呼ばれる生活。
決まった時間に食べ、眠り、学ぶ。
隣に座る相手は日替わりで、偏らない。
好き嫌いは、まだ薄いまま。
十四になった日、掲示板に自分の番号が表示された。
緑の印。
順番が来ただけだ。
皆と同じように、部屋へ呼ばれた。
端末を渡される。
「外に出ます」と告げられる。
頷いた。
その通りに、歩くつもりだった。
扉が開き、風が入る。
眩しい光。
広い空。
一歩、踏み出す。
そこで、止まった。
外は、思っていたより大きかった。
映像で何度も見た街。
練習した会話。
断られたときの対応。
準備はできているはずだった。
それでも、胸の奥に、説明のつかない空白が広がった。
——選ぶ。
その言葉が、急に重くなる。
ここでは、選ばなくていい。
食事も、寝る時間も、隣の人も。
与えられる。
偏らない。
均されている。
外では、すべてを自分で決める。
住む場所。
関わる人。
好きなこと。
嫌いなこと。
間違えたら?
やり直せると教えられている。
けれど、間違いの感覚を、まだ持っていない。
後ろから、次の番号が呼ばれる。
振り返ると、同じ年頃の子が、まっすぐ外へ歩いていく。
迷いがない。
羨ましいとは思わなかった。
ただ、違うと思った。
足を引く。
外の空気が、背中から遠ざかる。
扉の内側に戻る。
大人がこちらを見る。
「どうしました」
声は変わらない。
「……ここに、残ります」
少しの沈黙。
驚きはない。
「わかりました」
それだけ。
特別扱いはされない。
端末は回収される。
緑の印は消える。
番号はそのまま。
十四を過ぎても、ここにいる者はいる。
少数だが、存在する。
理由は聞かれない。
ここは、外へ出る準備をする場所であり、
同時に、残ることも選べる場所だからだ。
それからの日々は、少しだけ役割が変わった。
年下の子たちの補助。
掃除の管理。
簡単な講義の手伝い。
外へ出るための練習を、内側で支える。
外の映像を見る時間もある。
街を歩く人。
仕事をする人。
笑う人。
泣く人。
画面越しに見る世界は、やはり広い。
けれど、焦りはなかった。
夜、寝台に横たわる。
白い天井。
時間で色が変わる光。
落ち着く。
自分は、これでいいのだと思う。
ここでは、過剰な喜びも、過剰な絶望もない。
感情は波立ちにくい。
それが物足りないと思う者もいるだろう。
けれど、自分にはちょうどいい。
ある日、外へ出たはずの番号の噂を聞く。
街で働いているらしい。
音楽をしているらしい。
家族を見つけたらしい。
聞きながら、想像する。
想像できる。
けれど、後悔はない。
ここで、年下の子が門の前で足を止める。
震えている。
「怖い?」
と聞く。
うなずく。
「怖くても、出られるよ」
それは事実だ。
「残ることもできる」
それも事実だ。
選ぶのは、その子だ。
背中を押さない。
引き止めない。
ただ、隣に立つ。
やがて、その子は外へ歩いていった。
門が閉まる。
静かになる。
胸の奥に、小さな波が立つ。
それは寂しさに似ているが、名前はつけない。
ここにいることを選んだ。
外へ出ないことを選んだ。
選択は、外にしかないわけではない。
残ることも、選択だ。
白い廊下を歩く。
足音は吸われる。
番号で呼ばれる生活は続く。
それでも、自分の足でここにいる。
それでいい。
——
その話を、店長から聞いたのは、雪が解け始めたころだった。
施設に寄付をしているらしい。
ときどき、様子が伝わってくる。
「残る子もいるのよ」
店長が言う。
「へえ」
陽は本を棚に戻しながら、耳を傾ける。
「怖いからじゃないの。そこがいいって思う子もいる」
由紀が静かに言う。
陽は少し考える。
門を出た日の風を思い出す。
眩しさ。
広さ。
足の震え。
出ることが自然だと思っていた。
けれど、自然はひとつじゃないのかもしれない。
外で選び続ける生き方。
内側でとどまり、支える生き方。
どちらも、誰かの選択。
「そういう人も、いるんだな」
小さくつぶやく。
窓の外では、春の光がやわらかく街を照らしている。
ページをめくる音が、店内に響く。
世界は、思っていたよりも、いくつもの形を許している




