The story’s 明日世界は終わるなら(読み切り)明日世界は終わるとした子供たちの話
その噂を初めて聞いたのは、給食の時間だった。
「なあ、知ってる?
100%当たる占い師の女の子」
クラスの一番後ろで、ユウタが小さな声で言った。
パンを口にくわえたままの僕は、意味がわからず首をかしげた。
「当たるって、何が?」
「なんでもだよ。
明日の天気とか、テストの点とか、好きな人とか」
そんなの嘘に決まってる。
でもユウタの顔は、妙に真剣だった。
「昨日、隣のクラスのミホが占ってもらったんだって。
“今日、消しゴムなくす”って言われて、本当になくしたらしい」
どうせ誰かが隠しただけだろうと思った。
でも、胸の奥が少しだけざわついた。
放課後、僕とユウタ、それに幼なじみのリナは、
噂の女の子を探しに行った。
校舎の裏、古いプールの近く。
使われなくなった倉庫の前に、白いワンピースの女の子がひとり座っていた。
膝の上には、小さなノート。
「……あの子じゃない?」
リナが小さく言った。
女の子は顔を上げて、静かに僕たちを見た。
その目は大人みたいに落ち着いていた。
「占い、してほしいの?」
女の子はそう聞いた。
ユウタが少し前に出る。
「100%当たるって本当?」
女の子は困ったように笑った。
「当たるよ。
当たるんじゃなくて……もう決まってるだけ」
半信半疑でユウタが聞く。
「じゃあ、明日の俺のテストの点は?」
ノートをめくり、指でなぞる。
「……48点」
その場では、誰も信じなかった。
次に僕が聞いた。
「じゃあ、今日の夜、雨は降る?」
「降るよ。21時すぎ」
その夜、本当に21時を少し過ぎたころ、雨が降った。
次の日、ユウタのテストは48点。
信じたくなかったけど、否応なく信じざるをえなかった。
3人で再び女の子のところへ行った。
「名前、教えて」
「……ナギ」
それだけだった。
沈黙のあと、ナギはノートを閉じて僕たちを見た。
「あなたたちに、言わなきゃいけないことがある」
胸の奥がひやっと冷えた。
「明日、世界は終わる」
「え?」
「正確には、明日の夕方、全部終わる」
リナが笑った。
「やだ、なにそれ。映画みたいじゃん」
ユウタも冗談だと思ったらしく、
「なら宿題しなくていいな」と笑う。
ナギは首を横に振った。
「冗談じゃない。私は嘘をつかない」
その目は本気だった。
「でもね、知ってるのは、あなただけ」
風が吹いて、倉庫の扉がきしんだ。
「なんで、僕たちだけ……?」
「偶然、近くにいたから」
ナギは小さく答えた。
家に帰っても、言葉の意味はよくわからなかった。
夕飯の匂いがして、テレビではいつものニュースが流れている。
世界が終わるなんて、どこにも書かれていなかった。
ランドセルを床に放り投げて、ベッドに仰向けになる。
天井のシミをぼんやり見ながら、「明日で全部終わる」と思い出す。
怖いよりも、現実味がなさすぎて、頭の中を素通りしていく感じだった。
次の日の朝も、目覚ましはいつも通り鳴った。
母さんは弁当を作っていて、父さんは新聞を読んでいる。
何も変わらない。
学校でも、友達はテストの話をして、先生は黒板に字を書いていた。
“世界が終わる日”だなんて、誰も思っていない顔をしている。
昼休み、僕たちは校舎の裏に集まった。
倉庫の前に、ナギが立っている。
昨日と同じ場所、同じ姿勢。
「……本当に今日で終わるの?」
ユウタが聞くと、ナギはうなずいた。
「夕方。日が沈むころ」
「へえ……」
ユウタは空を見上げる。
青くて、やけに高い空。
「なんか、終わる感じしなくない?」
リナも小さく頷いた。
「世界が終わるなら、もっと特別な感じすると思ってた」
ナギは何も言わない。
ただ、ノートを抱えたまま、静かに立っている。
「……じゃあさ」
ユウタが言った。
「どうせなら、最後にやりたいことやろうぜ」
「やりたいこと?」
リナが首をかしげる。
「くだらないやつでいいんだよ。
ずっとやりたかったけど、別に今じゃなくてもいいやつ」
僕は少し考えて言った。
「……校舎の屋上、行ってみたかった」
「立ち入り禁止の?」
「うん、怒られるから行ったことなかった」
リナはくすっと笑った。
「じゃあ、私それに乗る。屋上から街を見てみたい」
「決まりだ」
3人で非常階段をのぼった。
途中で先生に見つかりそうになり、息を殺して壁に張りつく。
それだけで、やけに楽しかった。
屋上の扉は、思ったより簡単に開いた。
外に出ると、風が強く、街が小さく見える。
「うわ……」
ユウタが身を乗り出す。
「俺らの家、あっちの方だな」
「ほんとだ」
リナが指をさす。
世界が終わる日だなんて、思えないくらい、景色はいつも通りだった。
「なあ、川で石投げしない?」
「子供かよ」
僕も少しだけワクワクした。
川に行き、水面に石を投げる。
水しぶきが上がるたび、笑いがこみあげる。
リナは靴を脱ぎ、足だけ川につけた。
「冷たっ……」
夕方、空がオレンジ色に染まる。
僕は石をひとつ拾って、ぽちゃんと投げた。
音だけが広がる。
「……もうすぐか」
ユウタが言った。
「たぶん」
僕は適当に答える。
まだ、実感はなかった。
川の向こう、土手を歩く犬を連れたおじさん。
自転車の音、遠くの子供の笑い声。
どれも、いつも通りだった。
ふと、土手の端のガードレールが、
一部分だけ、すっと消えた。
「……今の、見た?」
「うん」
ユウタも頷く。
でも、世界の変化に気づいたのは、僕たちだけだった。
遠くで、大人や子供たちが叫び声を上げ、パニックになっている。
電柱が倒れ、車が消え、街が崩れはじめた。
それでも、僕たちは静かだった。
手をつないだり、抱き合ったりせず、ただ見ていた。
次々と、世界はぽつぽつと消えていく。
土手の草が一本ずつ消え、足元の砂利も軽くなった。
手の感触も、ふっと消えていく。
でも、立ち上がろうとは思わなかった。
消えていくのを、ただ見ていた。
夕日も、空の端も、オレンジ色の最後の光も、
すべてが静かに、切なく消えていく。
「……終わるね」
リナが小さく言った。
「うん」
ユウタが答える。
僕は何も言わなかった。
言うことが、特になかった。
世界は、ぽつぽつと消えて、
僕たちはその中に座ったまま、
静かに、切なく
消えていった。




