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The story’s 全作品集 (あるバスは決まりなく色んな街、色んな街に進いていて、 バスの窓から色んな場所色んな物語見て語る話)  作者: San


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The story’s 続きの展開(読み切り)

封筒は、午後の光の中でやけに白く見えた。


窓際のテーブルに置かれたそれは、開けられるのを待つでもなく、ただそこにあるだけで、部屋の空気を少しだけ重くしていた。外では洗濯物が風に揺れている。遠くで子どもの声がして、近くの道路をトラックがゆっくりと通り過ぎる。


そのすべてが、何でもない日常の音のはずなのに、妙に輪郭がはっきりしていた。


指先が、封筒の端に触れる。


紙のざらつき。少しだけ湿ったような感触。


開けるべきだと分かっているのに、なぜか一瞬だけためらう。その時間はほんの数秒だったが、過去の何かがその間に差し込んできた。


——同じように、手紙を開けたことがあった。


あのときは、こんなに静かな部屋ではなかった。スタジオの隅、慌ただしい足音と誰かの笑い声が交じる場所で、もっと軽く、もっと無邪気に封を切ったのだ。


十代の頃。


何もかもが早く、濃く、そして少しだけ乱暴だった時間。


その記憶が、今の手の動きをほんのわずかに遅らせた。


それでも、封は切られる。


中には、数枚の紙。


読み進めるうちに、言葉の意味が遅れて理解に追いつく。


続編。


再び、あの作品を。


——三十年ぶりに。


視線が、紙からゆっくりと外れる。


窓の外は、変わらず午後のままだった。


けれど、その光の色が、ほんの少しだけ違って見えた。



スタジオに入ると、まず匂いがあった。


古い木材と、照明機材の熱と、わずかな埃の匂い。


それは、忘れていたはずのものだったのに、体のどこかが覚えていた。


受付のスタッフが名前を確認し、軽く頭を下げる。その仕草は丁寧で、どこか距離がある。昔は、もっと違った。誰かが遠くから名前を呼び、誰かが手を振り、もっと雑多で、もっと近かった。


「こちらです」


案内されて歩く廊下は、白く、均一で、静かだった。


ヒールの音が規則的に響く。


その音に、別の音が重なる。


——スニーカーで走る音。


——誰かに呼ばれて振り返る声。


——笑いながら転びそうになる気配。


歩きながら、それが今ではなく、過去のものだと分かっている。それでも、足元の感覚が一瞬だけ曖昧になる。


控室のドアが開く。


鏡があり、椅子があり、台本が置かれている。


それだけの部屋。


だが、椅子に手を触れた瞬間、また別の時間が重なる。


あのときも、同じように座った。


まだ体が小さくて、足が床にきちんとつかなかった。メイクをしてもらいながら、落ち着かなくて、何度も動いて、注意されて、それでも笑っていた。


鏡の中の自分は、今は静かに座っている。


肩のライン。首の角度。目元の細かな変化。


三十年という時間が、そこにあった。


台本を開く。


ページをめくる音が、やけに大きく聞こえる。


そこに書かれているのは、あの物語の続き。


そして——


三十年後の「彼女」が、過去を振り返る場面。


その「彼女」は、若い頃の出来事を語る。


それを、演じる。


視線が一行に留まる。


言葉が、紙の上から浮き上がるように感じられる。


——あの日、私は何も分かっていなかった。


指が止まる。


それは、役の台詞なのか、自分の記憶なのか、一瞬だけ分からなくなる。


静かな部屋の中で、時計の針がわずかに進む音がする。


その音に合わせて、過去の時間もゆっくりと動き出す。



最初の撮影日は、朝が早かった。


まだ空気が冷たく、街が完全には目覚めていない時間帯。


ロケ地は、昔と同じ場所が選ばれていた。


変わっていないようで、細部は違う。


建物の色。道の舗装。看板の形。


それでも、立っていると、体が自然に覚えている位置に落ち着こうとする。


カメラの準備が進む。


スタッフの声が飛び交う。


「あと五分でリハーサル入ります」


その声に、胸の奥がわずかに揺れる。


緊張ではない。


もっと曖昧な、しかし確かに何かを含んだ感覚。


マークの位置に立つ。


地面の印を見下ろす。


かつては、その意味もよく分からずに立っていた場所。


今は、その数センチの違いが画面にどう映るかを知っている。


監督が近づいてくる。


簡単な確認。


演出の説明。


言葉は穏やかで、無駄がない。


昔の現場は、もっと感情的で、もっと勢いがあった気がする。


それとも、それは自分が若かったから、そう感じただけなのか。


「では、一度やってみましょう」


カメラが回る。


静寂が落ちる。


その静けさは、現実のものなのに、同時に舞台装置のようでもある。


息を吸う。


視線を上げる。


そこにいるのは、三十年後の「彼女」。


そして同時に、過去を知っている自分。


台詞が始まる。


ゆっくりと、言葉を選ぶように。


「……あの頃のことを、よく思い出すの」


声が空間に広がる。


その響きの中に、別の声が重なる。


若い頃の、自分の声。


少し高く、少し早く、少し無防備な響き。


それが、今の声の奥に微かに残っている。


歩き出す。


決められた動き。


決められた距離。


だが、その一歩一歩に、記憶が重なる。


あのときも、同じ道を歩いた。


違う服で、違う気持ちで。


何も知らずに。


今は知っている。


この後に何が起こるかも、物語としては。


そして、あの時間がどこに続いていったのかも、自分自身の人生として。


「——でも、あのときは、それが特別だなんて思っていなかった」


言葉が終わる。


一瞬の沈黙。


その間に、風が吹く。


セットの中の風ではなく、本物の風。


髪が揺れる。


その感触が、急に現実を引き戻す。


「カット」


声がかかる。


空気が戻る。


スタッフが動き出す。


その中で、しばらく動けない。


足の裏に残る感覚。


今歩いた距離と、三十年前に歩いた距離が、重なったまま離れない。


ゆっくりと息を吐く。


誰かが水を持ってくる。


礼を言って受け取る。


口に含むと、ただの水なのに、やけに冷たく感じた。



撮影は続く。


日が変わり、場所が変わり、シーンが積み重なっていく。


その中で、「彼女」は何度も過去を語る。


そのたびに、言葉は同じなのに、感触が少しずつ変わる。


ある日は、淡々と。


ある日は、わずかに笑みを含んで。


ある日は、ほとんど言葉にならないほど静かに。


それを演じながら、同時に思い出している。


台本に書かれていない細部。


あのときの空気の温度。


誰かの仕草。


待ち時間の長さ。


帰り道の暗さ。


それらが、演技の隙間に入り込む。


夕方のシーン。


空が少し赤くなり始める時間。


長い台詞。


過去を振り返る「彼女」が、立ち止まり、遠くを見る。


その視線の先には、何もない。


カメラだけがある。


それでも、その「何もない場所」に、確かに何かがあるように感じる。


昔の自分。


一緒にいた人たち。


もう会っていない顔。


声。


「……あのとき、私は——」


言葉が途中で、ほんのわずかに遅れる。


演技としての間なのか、記憶が追いつくのを待つ間なのか、自分でも分からない。


それでも、続ける。


「——選んだつもりで、ただ流されていただけだったのかもしれない」


言い終えた瞬間、胸の奥に軽い痛みが走る。


それは役の感情なのか、自分のものなのか、境界が曖昧になる。


カメラが止まる。


誰かが「いいですね」と言う。


その言葉が、遠くから聞こえるように感じられる。


空は、もう少しだけ赤くなっていた。



撮影の終盤。


最後のシーン。


三十年前の物語と、今の物語が重なる場面。


同じ場所。


同じ構図。


違う時間。


そこに立つ。


風景はほとんど同じに見える。


だが、空気の密度が違う。


音の遠さが違う。


何より、そこに立っている自分が違う。


カメラが回る。


何も言わないシーン。


ただ、立っているだけ。


そして、少しだけ視線を動かす。


その動きに、すべてを込める。


過去を見るように。


今を見るように。


そして、そのどちらでもないものを見るように。


時間が流れる。


実際の時間か、演出された時間か、分からなくなるほどゆっくりと。


風が吹く。


遠くで何かが鳴る。


そのすべてが、重なり合う。


やがて、ほんのわずかに息を吐く。


それだけ。


それだけで、シーンが終わる。


「カット」


声が響く。


長い沈黙のあとに、現実が戻る。


誰かが拍手をする。


誰かが笑う。


スタッフが動き出す。


その中で、しばらくその場に立ったまま動かない。


足元の地面。


遠くの空。


自分の手。


それらをゆっくりと確認するように視線を動かす。


三十年前と、今。


その両方が、同時にそこにあるような感覚。


やがて、一歩だけ後ろに下がる。


それで、すべてが少しだけ離れる。


深く息を吸う。


そして、静かに吐く。


それだけで、長い時間が、ようやく一つの形になる。


振り返らずに、歩き出す。

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