The story’s なくなる 3
空には雲が流れている。
月が半分だけ見える。
カイは公園の方へ歩いた。
理由はなかった。
ただ、足が向いた。
公園は暗かった。
昼間よりも広く感じる。
ベンチは街灯の下にあった。
誰もいない。
木の葉が風で揺れている。
サラサラと音がする。
カイは座った。
冷たい木の感触。
遠くで電車の音が聞こえる。
長い時間が流れた。
その時だった。
足音が聞こえた。
ゆっくりした足音。
砂利を踏む音。
カイは振り向いた。
そこに立っていたのは——
あの女性だった。
白い服。
黒い髪。
手には、あの本。
彼女はカイを見ると、少し驚いた顔をした。
それから、静かに笑った。
そして、ベンチの反対側に座る。
しばらく二人は何も言わなかった。
風がページをめくる。
女性は本を閉じた。
それから、空を見上げる。
「今日」
彼女が言った。
声は静かだった。
「一人、いなくなった」
カイは聞いた。
「知ってる人?」
女性は首を横に振る。
「でも、知ってる顔」
それは、この街では普通の言葉だった。
知っている顔。
でも名前は知らない。
そんな人が、この街にはたくさんいる。
女性は続けた。
「ねえ」
カイは彼女を見る。
女性は少し考えるようにしてから言った。
「もし」
風が止んだ。
公園が静かになる。
女性はゆっくり言う。
「もし、自分の中で何かがなくなったって感じたら」
カイは黙って聞いていた。
女性はカイを見た。
「どうする?」
カイはすぐに答えられなかった。
遠くで犬が吠える。
夜風がまた木を揺らす。
長い沈黙のあと、カイは言った。
「わからない」
女性は小さくうなずいた。
「うん」
それだけ言って、また空を見た。
月は雲の後ろに隠れていた。
しばらくして、女性は立ち上がった。
本を胸に抱える。
カイを見る。
何か言おうとして、少し止まる。
そして、結局こう言った。
「またね」
それだけ。
彼女は公園を出ていった。
足音はゆっくり遠ざかる。
カイはベンチに残った。
夜は深い。
街灯の光が地面に丸く落ちている。
彼は自分の手を見た。
若い手。
昨日と同じ手。
きっと明日も同じだ。
でも。
その中で。
何かは、今日も少し削られている。
カイは、まだそれが何なのか知らなかった




