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The story’s (あるバスは決まりなく色んな街、色んな街に進いていて、 バスの窓から色んな場所色んな物語見て語る話)  作者: San


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The story’s なくなる 1

朝の光は、どこか静かすぎた。


街はいつも通りだった。

石畳の道。古い街灯。ゆっくり走る路面電車。

パン屋の窓からは焼きたての匂いが流れ、通りの端では花屋が水をまいている。


ただ、この世界には一つだけ、奇妙なことがあった。


人は二十歳になると、それ以上は老いない。


二十歳の顔のまま。

二十歳の体のまま。

それから何十年生きても、何百年生きても。


髪も白くならない。

背も曲がらない。

声も変わらない。


だが——


それでも、何かは老いる。


誰もそれが何なのか知らない。


医者も。

学者も。

宗教家も。


誰も。


ただ、確かに、何かは削られていく。


そして、ある日。


人はふと、静かに死んでしまう。


多くは、自分で終わらせる形で。


理由を説明できる者はいない。

遺書にも、はっきりした言葉は残らない。


「もういい」

「ここまででいい」


そんな短い言葉だけが残ることが多かった。


——


私の名前は、カイで


今年、二十歳になったばかりだった。


二十歳の誕生日の朝、鏡を見たとき、彼は少しだけ長く自分の顔を見つめた。


頬。

目。

髪。


昨日と変わらない。


だが、今日から。


この顔は、もう変わらない。


窓の外では、風がゆっくり木を揺らしていた。


遠くで子どもが笑っている。

パン屋の扉が開く音。


いつもの朝だ。


それでも、街の空気には、どこか不思議な静けさがあった。


カイはコップの水を飲み、机に置かれた小さな紙を見た。


それは、この街で二十歳になると役所から送られてくる紙だった。


短い文章が書いてある。


「あなたはもう老いません」


それだけだった。


説明はない。


みんな知っていることだからだ。


——


街には、同じ顔の人たちが歩いている。


二十歳。


三十歳。

五十歳。

百歳。


見分けはつかない。


ただ、歩き方だけが違う。


何十年も生きている人は、歩き方がゆっくりだった。


疲れているわけではない。


体は若いままだ。


それでも、どこか静かな歩き方をしている。


まるで、何か重いものを持っているような歩き方だった。


——


カイはよく公園に行った。


その公園には、長いベンチがある。


古い木のベンチで、表面は少し削れている。


そこに、いつも同じ女性が座っていた。


黒い髪。

白い服。

本を読んでいる。


カイは彼女の年齢を知らない。


二十歳に見える。


だが、この街では、それは意味がない。


もしかしたら三十歳かもしれない。

百歳かもしれない。


ある日、カイはベンチの端に座った。


女性は本から顔を上げなかった。


風がページを少し揺らす。


遠くで犬が吠える。


子どもがボールを追いかけて走っている。


その子どもは、まだ十歳くらいだった。


カイはその子を見ながら、ふと思った。


あと十年で、あの子も止まる。


時間は止まる。


でも。


何かは止まらない。


それが何なのか、誰も知らない。


——


街には、時々、人がいなくなる。


昨日まで普通に歩いていた人が、ある日いない。


ニュースにもならない。


みんな慣れている。


花屋の店主もそうだった。


カイはよく花を買っていた。


その店主は、いつも同じ話をした。


「花はいいよ」


そう言って、花を水に入れる。


「枯れるから」


カイは最初、その意味が分からなかった。


店主は笑って言う。


「ちゃんと終わるものは、きれいだ」


その人は、ある日、店を閉めた。


花だけが残っていた。


水の入ったバケツに。


赤い花。

白い花。


誰もいない店の中で、静かに揺れていた。


——


公園の女性は、今日もいた。


本を読んでいる。


カイはまたベンチに座った。


夕方だった。


空はオレンジ色になっている。


風が少し冷たい。


女性はゆっくりページを閉じた。


そして、空を見た。


長い沈黙が流れた。


カイは何も聞かなかった。


聞いても答えはないことを知っていたからだ。


この世界では、誰もそれを言葉にできない。


ただ、それぞれが思っている。


自分の中で。


何が削られているのか。


何が老いているのか。


——


夜。


街の灯りが一つずつ点く。


窓の中には人の影。


食事をする人。

本を読む人。

音楽を聞く人。


みんな二十歳の顔をしている。


でも。


その静かな夜の中で、時々、一つの部屋の灯りが消える。


それきり、もう点かない。


——

公園の女性は、その日、いなかった。


ベンチだけがあった。


木の上で鳥が鳴いている。


風が葉を揺らす。


カイはしばらくそこに座っていた。


夕方まで。


空が暗くなるまで。


彼は何も言わなかった。


ただ、静かに考えていた。


自分の中で。


何が削られているのか。


何が老いているのか。


答えは、なかった。


夜の公園は、静かだった。


遠くの街灯が、黄色い光を落としている。


カイはゆっくり立ち上がった。


そして歩き出す。


街の中へ。


二十歳の顔のまま。


終わらない時間の中へ。


だが。


それでも。


何かは、今日も少しだけ老いていた


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