The story’s 迷い街の運び屋 28 完結
その依頼票を見つけたのは、夜に近い時間だった。
フロアの灯りは少し落とされていて、昼とは違う静けさがあった。
人の数も減っていて、紙の擦れる音がよく響く。
壁に貼られた依頼の中に、一枚だけ少し違うものがあった。
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ランク:B
配達場所:〇〇区〇〇通り 居酒屋「灯りの間」
内容:荷物を届けること
条件:夜の街を歩くこと
指定の紙を持つこと
報酬:高め
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場所は書かれている。
でも、その店の名前に見覚えはなかった。
地図で探せば出てきそうな住所なのに、どこか引っかかる。
それに、条件の方が目についた。
夜の街を歩くこと。
指定の紙を持つこと。
普通の配達じゃない。
行き先はあるのに、そこへ「普通には行けない」依頼。
紙を手に取る。
軽い。
ただの依頼票なのに、どこか重さを感じる。
少し考えてから、それを取った。
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夜の街を歩く。
人は多い。
明るい店。
看板。
声。
どこにでもある夜の風景だった。
依頼票をポケットに入れたまま、ただ歩く。
住所は頭にある。
でも、その場所に向かっている感覚が、途中から薄れていく。
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しばらくして。
違和感が出てくる。
見ているはずの通りが、次の角で少し変わる。
同じ道を進んでいるはずなのに、店の並びが違う。
人の流れも、少しずつ変わる。
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振り返る。
さっき通ったはずの場所がない。
代わりに、知らない光がある。
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足を止める。
依頼票を取り出す。
書かれている住所は変わっていない。
でも、今いる場所と結びつかない。
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そのとき。
気づく。
もう、戻れない。
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夜は続いていた。
終わらない夜。
人は多い。
店も多い。
どこも明るい。
どこも賑やか。
でも。
全部が少しだけ違う。
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言葉が聞こえる。
近くで話している。
笑っている。
呼び込みをしている。
でも、意味が分からない。
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歩く。
止まる理由がない。
進むしかない。
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そのとき。
視界の中ある居酒屋は入る
扉が半分開いている。
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依頼票を見る。
店の名前。
同じだった。
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扉を押す。
中に入る。
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空気が変わる。
外のざわめきが少し遠くなる。
店の中にも人はいる。
客。
スタッフ。
音はある。
でも、まとまっている。
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カウンターの奥に、一人立っていた。
皿を持っている。
動きは静かで、無駄がない。
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顔を見る。
少しだけ息が止まる。
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聞いていた話と、少し違う。
もっと若いと思っていた。
でも、目の前にいるその人は、ずっと落ち着いていた。
十年くらい時間が経ったような顔。
静かで、何かを抱えたままの表情。
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近づく。
「……配達です。」
箱を差し出す。
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その人は、こちらを見る。
一瞬だけ、目が合う。
それから箱を受け取る。
何かを言う。
口が動く。
声も出ている。
でも。
分からない。
言葉が違う。
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もう一度見る。
顔。
動き。
雰囲気。
確かに同じ人のはずなのに、
どこか遠い。
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こちらは分かる。
自分の言葉は通じている。
目の動き。
反応。
理解しているのが分かる。
でも、返ってくる言葉だけが理解できない。
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箱を受け取ったあと、その人は軽くうなずく。
それから、手で「来い」と示す。
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ついていく。
店の奥を抜ける。
裏口のような場所から外に出る。
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また街。
人はいる。
店もある。
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その人は前を歩く。
振り返らない。
でも、歩く速さは合わせている。
後ろにいることを分かっている動きだった。
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何かを話している。
ずっと。
後ろに向かって。
言葉は分からない。
でも、調子は穏やかだった。
説明しているような、
ただ話しているだけのような。
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しばらく歩く。
通りを曲がる。
また曲がる。
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口を開く。
「……妹さん、見つけたんですか。」
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その人の足が、少しだけ止まる。
完全には止まらない。
でも、ほんのわずかに動きが遅くなる。
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顔は見えない。
背中だけがある。
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少しして。
ゆっくりと顔を上げるような気配。
遠くを見る。
何かを思い出すように。
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それから、少し笑う。
声が出る。
言葉が続く。
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やっぱり、分からない。
でも。
さっきまでと少し違う響きだった。
ほんの少しだけ、軽い。
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また歩き出す。
今度は少しだけ速い。
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しばらくして、足が止まる。
その人が前を指差す。
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振り向く。
初めて、正面を見る。
目が合う。
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何か言う。
短い言葉。
それから、もう一度前を指す。
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言いたいことは分かった。
――行け、ということ。
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少し迷う。
聞きたいことはある。
たくさんある。
でも。
言葉が通じない。
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そのまま前に進む。
一歩。
二歩。
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光が変わる。
音が変わる。
空気が変わる。
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振り返る。
そこには、もういなかった。
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前を見る。
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見慣れた夜の街だった。
看板。
車の音。
言葉。
全部、理解できる。
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ポケットの中の依頼票を触る。
紙の感触。
ただの紙に戻っている。
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しばらくその場に立つ。
人が横を通り過ぎる。
誰も気にしない。
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さっきまでの場所が、どこにもない。
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手の中には、何も残っていなかった。




