The story’s 迷い街の運び屋 26
気づけば、手を動かすことに慣れていた。
皿を洗い、拭いて、並べる。
同じ動きが続く。
終わりは分からない。
でも、止められることもない。
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ふと、流れが緩む。
客の声が少し減る。
音が一段、静かになる。
店の中の空気が変わる。
休憩のようだった。
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女がこちらに来る。
何かを皿に乗せている。
湯気が上がっていた。
それを目の前に置く。
食べ物だった。
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それから、もう一つ。
紙の束。
手に押しつける。
見たことのない紙幣だった。
色も形も、この街と同じようにどこか曖昧で、でも確かに「お金」だと分かるものだった。
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女性は何か言う。
少し長く。
ゆっくり。
声はやわらかい。
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意味は分からない。
でも。
視線と仕草で、なんとなく伝わる。
ここにいろ。
ここで過ごせ。
そんな感じだった。
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女性は少しだけ、寂しそうな顔をした。
ほんの一瞬だった。
すぐにいつもの表情に戻る。
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それから、他のスタッフに何か言う。
声が重なる。
短い会話。
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やがて、女性は奥に行く。
他のスタッフも、それぞれどこかへ消えていく。
店の中に、人がいなくなる。
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静かになる。
さっきまでの音が嘘みたいに消える。
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一人になる。
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食べ物に手をつける。
味は分かる。
普通だった。
ここで初めて、「普通」に近いものを感じた気がした。
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店の奥を見る。
小さなスペースがある。
布が置かれている。
水の音がする場所もある。
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寝る場所。
シャワー。
ここで全部済ませるようだった。
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横になる。
目を閉じる。
すぐに眠れる。
疲れがそのまま落ちていく。
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――どれくらい経ったか分からない。
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目を開ける。
同じ場所。
同じ店。
同じ光。
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人の声がする。
店はもう動いていた。
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起き上がる。
カウンターの方を見る。
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――違う。
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立っている人が、昨日と違う。
顔も、体つきも、雰囲気も。
全員が別の人だった。
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あの女性はいない。
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少しだけ立ち止まる。
でも。
誰もそれを気にしない。
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自然に体が動く。
昨日と同じ場所に立つ。
同じように皿を取る。
同じように洗う。
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誰も何も言わない。
でも、止められない。
そのまま仕事を続ける。
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時間が流れる。
流れているのかも分からないまま、続く。
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やがて、また流れが緩む。
音が少し落ちる。
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一人のスタッフが近づいてくる。
何かを差し出す。
紙幣だった。
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受け取る。
昨日と同じようなもの。
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少し軽い。
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そのまま店の外に出る。
誰も止めない。
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通りに戻る。
同じ光。
同じ人の流れ。
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別の日。
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また店に入る。
また違うスタッフ。
また同じ仕事。
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終わる。
また紙幣を渡される。
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また別の日。
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繰り返す。
人は毎回違う。
でも流れは同じ。
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手の中の紙幣を見る。
何日分かが重なる。
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最初に渡されたものと、比べる。
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違う。
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減っているんじゃない。
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――最初のが、多かった。
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あの女性が渡したものだけが、
明らかに量が違っていた。
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理由は分からない。
でも。
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あのときの顔を思い出す。
ほんの一瞬だけ見せた、
あの表情を。




