The story’s 迷い街の運び屋 23
荷物を渡したあと、しばらくその場に立っていた。
部屋の扉は、静かに閉まっている。
中にいたのは、特別な人には見えなかった。
普通の部屋。
普通の受け取り方。
サインもなく、会話もほとんどない。
ただ受け取った
それだけだった。
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廊下に出ると
さっきと同じはずなのに、少し違う気がした。
電灯の光が、ほんの少し強い。
いや、強いというより、近い。
距離の感覚がずれているような気がする。
足音が、床に吸われるように消えていく。
しばらく歩く。
曲がる。
また通路。
また店。
また人。
――ここまでは、来たときと同じだった。
だが。
どこにも「出口」がない。
来た道を戻っているはずなのに、
同じ場所に戻っている感覚がない。
目印になるものがない。
いや、ある。
店も、人も、光も。
でも、それが「さっき見たもの」なのか、「今初めて見るもの」なのかが分からない。
⸻
歩く。
歩く。
歩く。
時間の感覚がまた曖昧になる。
どれくらい経ったのか分からない。
数分のような気もするし、
ずっと前からここにいる気もする。
ふと、足を止める。
周りを見る。
人がいる。
たくさんいる。
誰も止まらない。
誰も迷っていない。
買い物をしている。
店員と話している。
道を歩いている。
全員が「ここにいることが当たり前」みたいだった。
――自分だけが違う。
その感覚が、はっきりしてくる。
⸻
一人の男に声をかける。
「すみません。」
男は立ち止まらない。
歩きながら、こちらを見る。
何か言う。
言葉が聞こえる。
でも、意味が分からない。
音としては聞こえるのに、
言葉として理解できない。
男はそのまま去っていく。
⸻
別の人に声をかける。
「出口ってどこですか。」
女が振り向く。
少し笑う。
何か言う。
柔らかい声だった。
でも、分からない。
一つも分からない。
単語も、意味も、何も。
女はそのまま歩いていく。
⸻
また別の人。
また別の人。
何人にも声をかける。
全員、反応はする。
無視はしない。
ちゃんとこちらを見る。
ちゃんと何かを返す。
でも。
――分からない。
何を言っているのか。
何も伝わっていないのか、
それとも伝わっているのか。
その判断すらできない。
⸻
ふと気づく。
自分の言葉は、相手に届いているようだった。
表情が変わる。
反応もある。
質問に対して、返事をしているように見える。
でも。
返ってくる言葉だけが、理解できない。
まるで。
自分だけが「聞き取れない側」にいるみたいだった。
⸻
店の前で立ち止まる。
ガラスの向こうで、誰かが商品を並べている。
色の強い布
見たことのない形の道具。
何に使うのか分からないもの。
客がそれを手に取る。
店員と話す。
笑う。
頷く。
やり取りは成立している。
でも
言葉は全部、分からない。
⸻
また歩く。
また曲がる。
また通路。
また店。
また人。
――戻り方を、知らない。
依頼票を思い出す。
ランクS。
報酬が高い理由。
届けることは、難しくなかった。
実際、届いた。
問題は、そのあとだった。
ここから出る方法が、分からない。
その場に立ったまま、しばらく動かなかった。
周りはずっと同じように流れている。
誰も困っていない。
誰も迷っていない。
流れていく人の中で、自分だけが止まっているみたいだった




