The story's 迷い街の運び屋 22
紙を受け取った日の夜。
フロアを出ると、外はもう暗くなっていた。
街の灯りが少しずつ強くなっている。
昼とは違う輪郭で、建物や道が浮かび上がっていた。
出る前に、カウンターの奥から箱を一つ受け取っていた。
大きくも小さくもない、普通の段ボール。
軽く持ち上げると、中身はよく分からない重さだった。
依頼票と同じ、簡単なラベルが貼ってある。
行き先は――迷い街。
現実に存在しないはずの場所。
それでも、手の中の箱は確かに重さを持っている。
ポケットの中に、折りたたまれた依頼票がある。
歩きながら、何度もそれに触れる。
ただの紙のはずなのに、妙に存在感があった。
先輩の友人が、最後に言っていた。
「……行くなら、夜だな。」
それだけだった。
⸻
夜の街は、人が多かった。
昼とは違う種類の人の流れ。
仕事帰りの人。
どこかへ向かう人。
ただ歩いているだけの人。
ネオンの光が、濡れていない道路を濡れているみたいに光らせている。
店はどこも明るい。
ガラス越しに見える中の景色は、それぞれ違っていた。
音も多い。
会話。
足音。
どこかの音楽。
片手に箱を持ちながら、人の流れに混ざる。
歩く。
箱の角が腕に少し当たる。
その感覚だけが、今いる場所を現実につなぎ止めていた。
歩きながら、ポケットの中の紙を取り出す。
少し開く。
ランクS。
配達場所。
迷い街。
そこに、具体的な住所が書かれている。
ありえないはずの場所に、普通の住所がある。
それを見ていると、少しだけ現実感がずれる。
紙を閉じる。
また歩く。
⸻
人混みが、少しずつ濃くなっていく。
最初は普通だった。
見慣れた服。
聞き慣れた言葉。
でも、気づかないうちに変わっていた。
誰かの話し声が、少しだけ聞き取れない。
最初は遠いだけだと思った。
でも違う。
言葉そのものが分からない。
横を通り過ぎる人が、何かを話している。
抑揚はある。
感情もある。
でも、意味が分からない。
別の人の声も聞こえる。
それも違う言葉だった。
さらに別の人。
また違う。
それぞれが、別の言語を話している。
でも。
会話は成立している。
笑っている。
頷いている。
通じている。
なのに、どれ一つ分からない。
足が止まりかける。
箱の重さが、手の中で少しだけ現実に戻す。
でも、人の流れは止まらない。
押されるように、また歩き出す。
⸻
気づくと、街の様子が変わっていた。
店の数が増えている。
道の両側に、びっしりと並んでいる。
どの店も明るい。
電灯の光が強い。
少しだけ白くて、でも冷たくない光。
看板はある。
でも、文字が読めない。
形は文字なのに、意味を持たない。
人はさらに増えていた。
派手な服の人。
奇妙な服の人。
見たことのない素材のような服を着ている人もいる。
みんな普通に歩いている。
買い物をしている。
店員と話している。
それが日常みたいに。
でも、その日常の中に、自分だけが外れている。
そんな感覚があった。
腕の中の箱だけが、やけに現実的だった。
⸻
どれくらい歩いたのか分からない。
時間の感覚が曖昧になる。
夜のはずなのに、ずっと夜のままだった。
空を見ても、変化がない。
明るくもならないし、暗くもならない。
ただ、夜が続いている。
同じ店の前を通った気がする。
でも、店員の顔が違う。
並んでいる商品も違う。
さっき話していた人がいない。
代わりに、別の誰かがいる。
それを誰も気にしていない。
当たり前みたいに。
昨日という概念が、ここにはないように思えた。
⸻
ポケットの中の紙を、もう一度取り出す。
開く。
住所を見る。
中央区。
13区。
マンション。
404号室。
この街の中で、それは妙に具体的だった。
だから、逆に分かる。
ここにある。
この中に、その場所がある。
視線を上げる。
人混みの向こう。
少しだけ暗い路地が見える。
そこだけ、光が弱い。
人の流れも少ない。
自然と足がそっちに向く。
⸻
路地に入ると、音が少し遠くなる。
さっきまでの賑やかさが、背中の方へ下がっていく。
細い道。
両側には建物がある。
古いのか新しいのか分からない外観。
少し進むと、建物があった。
マンションだった。
四階建て。
外階段。
壁は灰色。
特別なものは何もない。
普通の建物。
でも、ここまでの道のりが普通じゃなかった。
だから、この普通さが逆に不自然だった。
箱を持ち直す。
階段を上がる。
一段ずつ。
足音が小さく響く。
四階。
廊下に出る。
静かだった。
さっきまでの街の音が、嘘みたいに消えている。
ドアが並んでいる。
番号を見る。
401。
402。
403。
そして。
404。
その前で止まる。
ポケットの中の紙に、もう一度触れる。
確かにここだった。
腕の中の箱が、少しだけ重く感じる。
ドアの前に立つ。
しばらく、そのまま動かない。
ここまで来た理由が、ゆっくりと浮かんでくる。
夜の街。
知らない人たち。
離れた手。
消えた気配。
小さく息を吐く。
そして。
ドアを、ノックした。
コン、コン。




