表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
The story’s (あるバスは決まりなく色んな街、色んな街に進いていて、 バスの窓から色んな場所色んな物語見て語る話)  作者: San


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

114/134

The story’s 迷い街の運び屋 21

その人が戻ってきたのは、昼過ぎだった。


 会社のフロアはいつも通り静かで、伝票の音と段ボールを動かす音だけがゆっくり流れていた。


 俺はカウンターの横で依頼票を見ていた。

 どれを取るか、特に急ぐ理由もなく眺めていたときだった。


 入口の自動ドアが開く。


 少しだけ空気が動く。


 誰かが入ってくる気配。


 特別な音じゃない。

 ただの出入りの音。


 でも、その場にいた何人かが、ほんの少しだけ顔を上げた。


 それだけで、少し違うと分かった。


 入ってきたのは、一人の男だった。


 年齢は先輩と同じくらい。

 少し痩せていて、服はくたびれていた。


 でも、歩き方は普通だった。


 疲れているようで、特に疲れていないようにも見える。


 男はそのままフロアの奥まで歩く。


 そして、椅子に座っていた先輩の前で止まる。


 先輩は顔を上げる。


 少しだけ目を細める。


「……戻ったのか。」


 男は小さくうなずく。


「まあな。」


 それだけだった。


 特別な再会でもなかった。

 抱き合うわけでも、驚くわけでもない。


 ただ、少し前までそこにいた人が戻ってきた、みたいな空気だった。



 先輩は椅子にもたれたまま言う。


「どれくらいだ。」


 男は少し考える。


「……二年くらい。」


 短く答える。


 先輩は「ふーん」と小さく言う。


 それだけで終わりそうだった。


 男はフロアを見渡す。


 それから、俺の方を見る。


「新人?」


 先輩が面倒くさそうに言う。


「まあな。」


 男は少し近づいてくる。


 俺の前で止まる。


「どうも。」


 軽く手を上げる。


 俺も軽く頭を下げる。


「よろしく。」


 それだけだった。


 男は近くの椅子に腰を下ろす。


 背もたれに体を預けて、天井を見上げる。


「……やっぱ静かだな、ここ。」


 少し笑う。


「向こうは、もうちょっとうるさかった。」


 先輩が言う。


「どこ行ってた。」


 男は少しだけ目を細める。


「分かんねえ。」


 短く答える。


「街だよ。」


 少し間。


「知らない街。」


 その言い方は軽かった。


 でも、何かが引っかかる言い方だった。


 俺はその言葉に少し反応する。


「……迷ったんですか。」


 男は俺を見る。



「まあな。」


「気づいたら入ってた。」


 天井を見たまま言う。


「道歩いてて、気づいたら違うとこ。」


「戻ろうとしても戻れなくて。」


 手を軽く動かす。


「いつも夜で賑やかで。」


「人はいっぱいいるけどなんかみんな違う言語話していて」


 どこかで聞いたような話だった。


 いや、知っている話だった。


 頭の奥で、何かが引っかかる。


 男は続ける。


「時間もよく分かんなくなる。」


「一日なのか、何日なのか。」


 少し間。


「で、気づいたら戻ってた。」


 それだけだった。


 軽く言う。


 

 俺は、少しだけ前に出る。


「……その街って。」


 声が少しだけ早くなる。


「どうやって行くんですか。」


 男は俺を見る。


 少しだけ眉を動かす。


「行こうとして行くもんじゃない。」


「迷うんだよ。」


 そう言う。


 俺はもう一歩踏み込む。


「入口とか、ないんですか。」


「条件とか。」


 男は少し考える。


「……さあな。」


 肩をすくめる。


「気づいたら、そこにいる。」


 それだけだった。


 俺は少し黙る。


 胸の奥で、何かが動いていた。


 先輩がちらっとこっちを見る。


「……なんだ。」


 面倒くさそうに言う。


 俺は少し迷ってから言う。


「昔、迷ったことがあります。」


 先輩は何も言わない。


 男も黙って聞いている。


「子供のころ。」


 言葉が少しゆっくりになる。


「街で。」


「歩いてたら。」


 少し間。


「気づいたら、知らない場所にいて。」


 男の目が少しだけ動く。


「妹と一緒でした。」


 声は静かだった。


「でも。」


 言葉が止まる。


 少しだけ息を吸う。


「はぐれて。」


 視線を落とす。


「俺は出られたけど。」


 それ以上は言わなかった。


 言わなくても分かることだった。


 フロアは静かだった。


 機械の音だけが遠くで鳴っている。


 男はしばらく何も言わなかった。


 それから、ゆっくりポケットに手を入れる。


 紙を一枚取り出す。


 折りたたまれていた。


 それを机の上に置く。


「……あるぞ。」


 短く言う。


 俺はその紙を見る。


 先輩もちらっと見る。


 男は指で紙を軽く押す。


「そういうの。」


 俺は紙を開く。



ランク:S


配達場所:迷い街


内容:〇〇中央区13区〇〇マンション404号室荷物を届けること


報酬:非常に高い



 しばらく、何も言えなかった。


 紙の文字は、普通だった。


 特別なことは書いていない。


 でも、その内容だけが異質だった。


 迷い街。


 都市伝説の言葉。


 それが、依頼としてここにある。



 男は視線を俺に向け


「やるか?」


 先輩は何も言わない。


 ただ、椅子にもたれている。


 俺は紙を見る。


 そのまま、しばらく動かない。


 指先が少しだけ紙に触れていた。


 ずっと前の記憶が、ゆっくり浮かんでくる。


 賑やかな夜


 周りには知らない人たちはいっぱいで



 私は妹の手を強く握り


その知らない場所で親を探すよう必死で


やっと見つけて握った手の方に見たら


 いなくなっていた


 俺は紙を持ち上げる。


 軽かった。


 ただの紙だった。


 でも、それは確かにそこに繋がっている気がした。


 先輩が小さく言う。


「……やるなら。」


 少し間。


「戻ってこいよ。」


 それだけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ