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The story’s (あるバスは決まりなく色んな街、色んな街に進いていて、 バスの窓から色んな場所色んな物語見て語る話)  作者: San


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The story’s 迷い街の運び屋 15

「ふーん。」


 それだけ言う。


 博士は顔を上げない。

 机の上の紙にペンを走らせたまま、黒いスーツの男たちの言葉を聞いているのか聞いていないのか分からない様子だった。


 研究室には低い機械音が流れている。

 中央の装置の中では、青い光がゆっくりと回っている。


 黒いスーツの男の一人が、少し苛立った声で言う。


「“ふーん”ではありません、博士。」


「これは人類の歴史に残る研究です。」


「この装置が完成すれば、エネルギーの支配は我々のものになります。」


 もう一人の男も続ける。


「国家も企業も、すべてこの技術を求める。」


「あなたの名前は世界中に――」


 博士はまだ顔を上げない。


 メモ帳の端に小さな図を書いている。


 少し間があってから言う。


「そう。」


 それだけだった。


 黒いスーツの男たちは一瞬黙る。


 俺はその場に立ったまま、その空気を感じていた。


 博士の研究はどう見ても普通ではない。

 中央の装置からは、微かな振動が床を通して伝わってくる。


 けれど博士は、世界の話よりも、机の上の小さなメモの方に集中している。


 やがて博士はペンを止める。


 ゆっくり椅子にもたれかかる。


「ねえ。」


 博士が言う。


 黒いスーツの男たちが顔を上げる。


「この話、まだ続く?」


 男たちは少し驚いた顔をする。


「もちろんです。」


「この研究の意義を――」


 博士は軽く手を振る。


「いや。」


「そうじゃなくて。」


 少し間。


「長い?」


 静かな沈黙が落ちた。


 黒いスーツの男たちは顔を見合わせる。


 博士は机の横に置いてある小さな鉢植えを見ていた。


 葉は細く、小さな緑だった。


 博士は指で土を触る。


「乾いてるな。」


 小さくつぶやく。


 机の横のペットボトルから水を少しだけかける。


 机の横のペットボトルから水を少しだけかける。


 水はゆっくり土に染み込んでいく。

 博士はその様子を、しばらく黙って見ていた。


 研究室の奥では、青い光が回り続けている。

 低い機械音が床を通して伝わってくる。


 黒いスーツの男の一人が、少し苛立ったように言う。


「博士。」


「今は植物の世話をしている場合ではありません。」


「この研究は――」


 博士は鉢植えから顔を上げない。


「うん。」


 それだけ言う。


 土を軽く指で整える。


「でもさ。」


 ぽつりと言う。


「枯れたらかわいそうでしょ。」


 男たちは少し言葉を失う。


 博士はゆっくり立ち上がる。


 机の上の紙を一枚持ち上げる。


 そこには複雑な図が描かれている。


 円と線。

 矢印。

 数字。


 俺にはほとんど意味が分からない。


 博士はそれを少し見て、また机に置く。


 そして中央の装置の方へ歩く。


 青い光は、ゆっくり回っている。


 ガラスの中で、何かのエネルギーが渦を巻いているようだった。


 博士はガラスの表面に軽く指を当てる。


「今日は機嫌いいな。」


 小さく言う。


 黒いスーツの男が言う。


「博士、これは機械です。」


「機嫌など――」


「あるよ。」


 博士は普通の声で言う。


「ある。」


 それだけだった。


 少し沈黙が流れる。


 博士は椅子を引いて座る。


 背もたれに体を預け、天井を見る。


 蛍光灯が白く光っている。


「人はさ。」


 博士が言う。


 黒いスーツの男たちは黙って聞く。


「すぐ大きい話するよね。」


 少し間。


「歴史とか。」


「世界とか。」


 博士はゆっくり腕を伸ばして、肩を軽く回す。


「まあ、嫌いじゃないけど。」


 それから机の上の紙を指で軽く叩く。


「でも。」


「研究はね。」


 青い光を見る。


「ただ、面白いかどうか。」


 それだけだよ。


 静かな声だった。


 黒いスーツの男が言う。


「しかし博士。」


「この研究が完成すれば、世界のエネルギー構造は完全に変わります。」


「国家は我々に依存する。」


「これは歴史の転換点です。」


 博士は少しだけ首をかしげる。


「そうかもね。」


 そして少し考える。


 研究室の空気は静かだった。


 機械音。

 蛍光灯の小さな唸り。


 博士は椅子をゆっくり回す。


 机の上のメモ帳を閉じる。


 それから言う。


「でもさ。」


「今日が終わったら。」


「また次の日が来るでしょ。」


 黒いスーツの男が言う。


「……当然です。」


 博士は軽くうなずく。


「うん。」


「だからさ。」


 机の上の紙を指で軽く押さえる。


「そんな先のことより。」



「次の一日くらいのこと考えてた方が、気楽でいいよ。」


 男たちは何も言えない。


 博士は机の引き出しを開ける。


 中から小さなビスケットの箱を取り出す。


 一つ食べる。


 静かに噛む。


 研究室の中央では、青い光がゆっくり回り続けている。


 世界を変えるかもしれない装置のすぐ横で、博士はのんびりビスケットを食べていた。


 俺はその様子を見ていた。


 この研究所の人たちは、みんな大きなことを言っている。


 世界が変わる。

 歴史が変わる。


 でも博士だけは、そこにいないみたいだった。


 この部屋の時間の流れは、どこか違う。


 少しゆっくりで。


 少し静かで。


 まるで、昼下がりの公園みたいな空気だった。


 博士はビスケットをもう一つ取り出す。


 そしてふと俺を見る。


「あ。」


 少し驚いた顔。


「まだいた。」


 俺は軽く頭を下げる。


「配達、終わりましたので。」


 博士はうなずく。


「ありがとう。」


 それから少し考える。


 机の上の箱を見る。


「これ、来週も来る?」


「依頼が続いているので。」


「そう。」



 私は研究室を出る。


 扉が静かに閉まる。


 地下の廊下は少し冷たい。


 階段を上りながら思う。


 あの部屋では、世界を変える研究が進んでいるらしい。


 でも博士は。


 世界よりも、研究よりも。


 人生を生きているように見えた。

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