The story’s 迷い街の運び屋 13
「私はずっと覚えてるから。」
女性はそう言って、少しだけ笑った。
その笑いは、これまでのどの日よりも静かだった。
長い時間を過ごした人の笑い方だった。
俺はその顔を見る。
知らない人だった。
初めて会った人だった。
それでも、女性の方は長い時間を過ごしたみたいに俺を見ていた。
少しだけ沈黙がある。
廊下に風が吹く。
遠くで車の音がする。
女性は箱を抱えたまま言う。
「じゃあ。」
「今日はここまで。」
小さく頭を下げる。
ドアがゆっくり閉まる。
静かな音だった。
俺は少しだけそのドアを見る。
それから廊下を歩いて階段へ向かった。
それだけだった。
⸻
次の日。
午前十時前。
南地区のアパートに来る。
古い建物だった。
壁は少し色が剥げている。
外階段を上る。
二階の廊下。
風が少し吹いている。
遠くで車の音がする。
依頼票を見る。
部屋番号。
その前に立つ。
時計を見る。
九時五十九分。
十時になる。
俺はドアをノックする。
コン、コン。
中で足音がする。
ゆっくりした足音。
ドアが開く。
女性だった。
髪は少し長い。
整えていない感じ。
大きめのパーカー。
部屋着みたいな服。
初めて見る人だった。
「配達です。」
俺は箱を差し出す。
女性は箱を見る。
それから、ゆっくり受け取る。
顔は落ち着いていた。
女性は箱を抱える。
それから俺を見る。
少しだけ目を細める。
何かを確かめるみたいに。
少し沈黙がある。
廊下の風が通る。
女性は小さく息を吐く。
それから言う。
「……今まで。」
少しだけ間を置く。
「ありがとう。」
それだけだった。
俺は少し考える。
意味はよく分からなかった。
でも。
「どういたしまして。」
そう答える。
女性は小さく笑う。
それは、安心したような笑いだった。
それから軽く頭を下げる。
ドアがゆっくり閉まる。
静かな音だった。
廊下には風だけが残る。
俺はしばらくそのドアを見る。
それから階段の方へ歩いた。
十時の風が、古いアパートの廊下を通り抜けていた。




