The story’s 迷い街の運び屋 12
女性は箱を見ながら言う。
「だから。」
「また会うために。」
「依頼出した。」
「配達で。」
廊下に少し風が入る。
古いアパートの廊下は、昼でも少し静かだった。
遠くで車の音がする。
誰かが階段を上る音も、どこか遠くで聞こえる。
俺は女性を見る。
知らない人だった。
でも、女性の方は俺を知っているみたいだった。
それが少しだけ不思議だった。
「……そうなんですか。」
俺はそれだけ言う。
女性は小さくうなずく。
「うん。」
それから少し笑う。
「信じなくてもいいよ。」
「普通そうだし。」
俺は依頼票を思い出す。
受取人と少し会話すること。
だから、少しだけ聞く。
「どれくらい……繰り返してるんですか。」
女性は少し考える。
「ちゃんとは分からない。」
「十日くらい前から。」
「でも、何回も同じ日。」
女性は廊下の外を見る。
空は普通の昼だった。
「最初は外に出た。」
「でも。」
「同じ人が歩いて。」
「同じ車が通って。」
「同じ時間に同じ音がして。」
「夜になって。」
「また朝。」
少し沈黙。
「怖かった。」
女性は小さく言う。
「世界に一人だけ取り残されたみたいで。」
俺は何も言わない。
女性はまた俺を見る。
「でも。」
「前の今日。」
「あなたが来た。」
「配達で。」
「それで、少しだけ普通だった。」
少し笑う。
「誰かと喋れるだけで、だいぶ違うんだよ。」
風が少し強く吹く。
廊下の空気が動く。
女性は箱を抱える。
「だから。」
「また会いたくて。」
「同じ依頼出した。」
「毎日。」
少し沈黙。
「変かな。」
俺は少し考える。
「……仕事なので。」
それだけ言う。
女性は少し笑う。
「うん。」
「そうだね。」
それから少しだけ、二人で話した。
長い話じゃない。
天気の話。
この街の話。
仕事の話。
女性はあまり外に出ないらしい。
この部屋で本を読んでいることが多いと言った。
窓の外を見ることが多いとも言った。
同じ日でも、空の雲は少し違う気がすると言った。
俺はそれを聞いている。
特別な会話じゃない。
でも、女性は少し楽しそうだった。
しばらくして、女性が言う。
「じゃあ。」
「今日はここまで。」
箱を持ったまま言う。
「また明日。」
ドアがゆっくり閉まる。
静かな音だった。
⸻
次の日。
また10時。
同じアパート。
同じ廊下。
同じ風。
俺はドアをノックする。
コン、コン。
ドアが開く。
女性がいる。
知らない人だった。
昨日と同じ服。
同じ部屋。
同じ顔。
でも。
俺にとっては初めてだった。
「……来た。」
女性が言う。
少し安心した顔。
「配達です。」
箱を差し出す。
女性は受け取る。
それから言う。
「……覚えてないよね。」
俺は少し考える。
「初めて来ました。」
女性は小さく笑う。
「うん。」
「そうなる。」
それから言う。
「ちょっと喋っていい?」
俺はうなずく。
依頼の条件だから。
女性はまた説明する。
「私ね。」
「同じ日を繰り返してる。」
昨日と同じ言葉だった。
同じ順番。
同じ説明。
俺は初めて聞く。
女性は何度も話している。
⸻
それが続く。
次の日も。
その次の日も。
俺は毎日来る。
10時。
同じ廊下。
同じドア。
ノックする。
女性が出る。
俺は初めて会う。
女性はまた説明する。
「私ね。」
「同じ日を繰り返してる。」
同じ言葉。
同じ話。
でも。
女性は少しずつ変えていく。
ある日は言う。
「昨日ね。」
「あなたに、この街の話聞いた。」
「だから今日は先に聞く。」
またある日は言う。
「前の今日は。」
「あなた、コーヒー好きって言ってた。」
またある日は。
「今日は少しだけ長く喋ろう。」
同じ日でも。
女性の方は少しずつ変わる。
俺は毎回初めて。
でも女性は、何度も会っている。
だから二人は、少しずつ仲良くなる。
女性は笑うようになる。
最初より、ずっと自然に話す。
「この時間好き。」
「あなた来るから。」
でも。
同じ日を繰り返すほど。
少しずつ変わる。
女性の話は短くなる。
笑う回数も少し減る。
ある日、女性は言う。
「……ね。」
「ずっと同じ日だとさ。」
窓の外を見る。
「時間って進まないんだよね。」
俺は何も言わない。
「仲良くなっても。」
「次の日には。」
「また初めて。」
女性は少し笑う。
「不思議だよね。」
それから。
また別の日。
女性は静かに言う。
「ね。」
「今日で最後にする。」
俺は女性を見る。
知らない人だった。
女性は箱を受け取る。
少しだけ優しく持つ。
「嫌いになる前に。」
「終わりにしようと思って。」
少し沈黙。
「たくさん話した。」
「たくさん会えた。」
女性は俺を見る。
優しい顔だった。
「あなたは覚えてないけど。」
小さく笑う。
「私はずっと覚えてるから」




