3 少年の憎しみ
少年――昂は全てを語り終えると、目を閉じた。
「僕は信じていた。あいつは、それを利用して毒を渡した!」
昂の激しい怒りが篭った声を、老人はまるで微風を浴びるかの様にやり過ごした。
「僕の信頼を、道具として利用した!」
昂の中で、それは既に『揺るぎの無い事実』になっていた。
「復讐、か?」
老人がそう発したのは、何度も鍾乳石から水滴が滴り落ちた音を響かせてからだった。
「そうだ! 僕は『復讐』に足るだけの力が欲しい!」
「故に、儂が父から受け継いだ兇螺の『技業』を受け継ぐか?」
老人の言葉に昂は頷いた。
「死をも恐れぬ、そう言うのだな?」
「死? それは『一度死んだ人間』が恐れるものなのか?」
昂は嵐の前を思わせる静かな声を出した。
「そうだ……。僕はあの時、確かに死んだ。だが、怒りの炎が、僕を黄泉路から現世に引き寄せた。憎しみの焔が、地獄の底から『ここ』へ導いた」
昂の小刻みに震えた言葉に、老人は笑みを浮かべた。
「憎しみの先に『何』があるのか、知らぬとは言わさぬ」
老人がそう言うと、昂は小さく頷いた。
「僕は信じていた。そうだ、あいつを……あいつを殺したい程に!」
――そして、殺されても構わない程に……。
昂の声にならない呟きに、老人は静かに頷いた。
「よかろう……。少年よ、お前の名を聞いて置こう。儂の最初で最後の弟子だからな」
「昂。今の僕はそれだけだ。それ以外の名は要らない」
昂が頭をもう一度下げ、名を名乗る。その瞬間、老人が下卑た笑みを浮かべた事を、昂は見なかった。
「兇螺靖院。貴様のその冷めた心が煉獄の炎さえも思い出すほどに鍛えてやる」
靖院と名乗った老人は、そう言うと座禅をやめ、岩の上から音も無く、羽を髣髴させる動きで、昂の目の前に降り立った。
「来るがいい……」
靖院は昂が頷くよりも早く背を向け、岸壁の一部に軽く手を触れた。そこが小さくくぼみ、刹那の間をおいて、靖院の前に岩が大きな口を開いた。
「な……」
驚きの声を上げながらも、昂は靖院の後について、暗闇の中に足を踏み入れた。しばらく歩くと、やがて昂の目の前に仄かに明るい光景が映し出された。
「今日からここがお前の閨だ。そして……」
小さく指を弾くと、昂の後ろから何かが音を立てた。
「それは今日からお前の世話をする人形だ」
「な、に……?」
――気配が無かった……。
昂が驚きと共に後ろを振り返ると、そこに一体の人形が立っていた。
「詩帆にございます」
感情の全く篭らない声に昂は僅かに下がった。
「それは兇螺の夢の果てだ。無から生きた人形を創る。そして、父、法院はそれを形にしか出来なかった。儂は命を吹き込んだ。それから先は……」
瞬間、全てを愚弄するとも思える笑みを浮かべ、昂を指差した。
「昂、お前が創れ」
昂は現実から切り離された、その光景に静かに頷いた。
そして、十五年の歳月が流れた……。