1 少年の言葉
時代劇風ファンタジーです。
魔法は出ません(
鍾乳石から滴り落ちる水滴の声のみが支配する、静寂を保った洞窟の中を微かな足音が切り裂いた。
「……ほぅ?」
洞窟の奥で岩の上で座禅を組んだままの老人は静かに目を開くと、小さく感嘆の声を上げ、僅かに視線を上げた。視線の先には痛みきった、しかし素材だけはしっかりとした着物を纏った少年が小さく肩で息をしながら立っていた。
「ようやく、見つけた……」
少年は何度か息を吐くと、老人の顔を正面から見据えた。
「小僧。ここがどう呼ばれておるのか、知らぬとは言わせぬ……」
老人は、それこそ秋の虫が密やかに声を出すのと同じ程に、自然な声を響かせた。
「死神の洞、だろう……?」
少年は歩を一つ進めると、音に反応するように答えた。
「その若さで死にたがり、か……」
そう呟くと、老人は左の人差し指を僅かに動かした。刹那の間さえも置かずに、少年の着物の袖を『何か』が切り裂く。少年はそれを意に介した風もなく、もう一歩前に進む。
「それとも、儂の命が欲しいか……?」
今度は右手の人差し指が動く。そして、少年の袴を再び『何か』が切り裂く。
「そうだ……」
呟くような返事と共に更に一歩。少年が歩を進める度に、老人の指が動き、得体の知れない『何か』が、少年の着物を、袴を、そして時には皮膚を裂き、血が滲み出る。だが、少年はそれでも歩を進める事を止めず、老人の座る岩の前でようやく膝を着いた。
「僕は、あなたから、あなたの『命』とも言うべき、その『技業』が欲しい……」
そう言うと、少年は老人に対して深く頭を下げた。
「……ふむ」
老人はその姿を見て微かな笑みを浮かべた。
「その首、落ちるやも知れぬぞ?」
冷徹、という言葉さえも生易しい響きにさえ、少年は動じる事もなく頭を下げ続けた。
「……理由を聞こう」
軽い食事ならば充分にとり終える事が出来る程の時間が過ぎた後、響いた声にようやく少年は頭を上げる。
「僕は許さない……」
静かに、そして激しく響く『怒り』の孕む声と、それ以上に冷たい『憎しみ』を湛えた視線に、老人は笑みを浮かべ、小さく肩を震わせた。少年がそれを『笑っている』と理解するのには茶を二杯飲み干す程の時間を必要とした。
「先を続けよ……。もし、儂の興味を引くのであれば、お主に授けよう……」
老人はそう言うと、少年は頷き、静かに口を開き始めた。