表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界人たちと白百合の帝国  作者: はねる朱色
第1章 お願い、真白部隊

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/25

8.副業おたすけ屋さん(2)

 転入生ジュジュは異世界人でスパイだった。

 そんな噂が広がったのは、ジュジュが不登校になってから三日も経たないころである。

 そしてそれと同時に、こんな噂も広がり始めた。

 ——スモモは異世界人でスパイである。

 ——トタンは異世界人でスパイである。

 ただただ勉強に精を出そうと意気込んでいたトタンは、もう泣いてしまいそうだった。

 ちょこっと裕福になっただけの一般人が、スパイ容疑をかけられる。そんなこと、トタンは夢にも思っていなかった。

 学校ではほとんどの同級生から遠巻きにされ、向こうから話しかけてくれるのはスモモとバレナだけ。

 スモモは噂のことも遠巻きにされていることも気にしていない様子で、だれに対しても『かわいいね!』『今日の髪型似合ってる!』と近づいていく。トタンに対する態度も同じで、逆に仲良くできているのかできていないのか判断に困っているところだ。

 現状、トタンが一番仲良くできていると思えているのが、バレナである。彼女は責任感が強いのか、転入初日からなにかと世話を焼いてくれるし、その流れで昼食も一緒に食べてくれる。

 バレナがいなかったら、きっとトタンも不登校になっていたに違いない。それくらい、トタンはバレナに感謝していた。


「そういえば、聞きましたよ、バレナさん」


 本日もそんな恩人バレナと食堂で昼食を共にし、教室へと戻る最中。トタンは、まっすぐで綺麗な青髪をなびかせながら隣を歩くバレナへと話しかけた。


「入学以来、ずっと成績トップなんですよね?」

「まあ。どなたからそんな話を? たしかにわたくし、入学時は首席として新入生代表を務めさせていただきましたが、そのあとの成績や順位は公表されていないはずですわよ。ご存じなのは、先生方くらい————もしや」

「そのもしやですね。転入前の授業内容について先生たちとお話ししていたときに、バレナさんは成績トップを維持し続けているから、学校生活面だけじゃなく勉強面でも頼りになりますよ、って教えてもらいました」

「バウディッド先生……ではなさそうですわね」

「はい。お名前が、あの、ええっと、ど忘れしちゃった、あの女性の、カナト語の先生——って、もしかしてこれ、言わない方がよかった話ですかね……?」

「そうですわね、あまりお話しないでいただけると、わたくしとしても————あら?」


 バレナが首を傾げた。

 その理由に、トタンもすぐに気づく。

 教室の扉の前で、多くの生徒が団子状態になっているのだ。


「失礼。一体なにごとでしょうか?」

「あっ、バレナ!」

「バレナが来たわ! みなさん、道を開けて!」


 さすがクラスのまとめ役。バレナの登場で生徒がばらけ、団子状態が解消された。

 教室内へと入るバレナのおこぼれに預かって、トタンも教室を覗き込む。

 そして、目を見開いた。

 まず視界に入ったのは、床にぶちまけられたインク。それから、乱雑に散らばった文房具。踏まれた形跡のある教科書。ほかには、お金やクッキーなども落ちている。

 明らかに荒らされている教室のなかで唯一佇んでいるのは、学校指定の鞄ふたつを手にしたスモモだった。


「スモモ、大丈夫ですか? これは、どういった状況なのでしょう?」

「んー。それが、わたしもさっき戻ってきたばっかりで。入り口の子たちに先生呼んでって言ったから、もうすぐ来るとは思うんだけど」


 そう答えたスモモは、へらへらと笑っている。

 トタンは、こんな異常事態でへらへらするな、と言いたくなったが、バレナが膝をついて文房具や教科書を拾い始めたため、慌てて自分もそれに加わることにした。


「……スモモの所持品ばかりですわね」

「え?」

「そうなの! わたしのロッカーの中身をひっくり返されたみたいでさー」


 トタンは手近にあったノートを拾う。そこにはたしかに、スモモの名前が書かれていた。

 しかし、そのノートの下から転がり出てきた万年筆を見た瞬間、トタンはそれを掴んで立ち上がる。

 ——まさかまさかまさか!

 嫌な汗が噴き出すのを感じながら、自分のロッカーへと向かう。

 その閉まっている扉には鍵をかけていたはずだが、トタンが引くと簡単に開いてしまった。そして中身は、嫌な予想通りだった。


「わ、わわ、わたしのも荒らされてる……!?」


 綺麗に整列させていた教科書とノートは横倒し。

 転入試験の合格祝いにプレゼントしてもらったばかりの、万年筆用インクボトルがない。

 それから、鞄もない。


「あ。じゃあ、こっちはトタンちゃんのか」


 スモモが、持っていた鞄の片方を差し出してくる。

 震える手で受け取り、トタンが中を確認すると、お気に入りのミニタオルしか入っていなかった。

 それ以外は、恐らくすべて床の上なのだろう。

 財布だけは食堂での支払いのために持ち歩いていたため無事だが……あまりにもこれは。


「う…………」


 トタンは顔を伏せる。

 こんな人前で泣くなんて、そんな恥ずかしいことしたくない。

 けれど、どうにも我慢できず、涙と嗚咽を止めることができなかった。


「あー待って待って、泣かないでぇ! 擦るのはもっとダメ! かわいいおめめが……綺麗なおめめが、なくなっちゃうっ……!」

「スモモったら……。ほら、トタン。袖ではなく、こちらを使いなさいな」


 スモモがトタンの背を擦り、バレナが自分のハンカチをトタンの手に握らせてくれた。

 しかしトタンは、首を横に振る。バレナのハンカチには、有名な高級ブランドのロゴが刺繍されていたからだ。

 だが、バレナも負けていない。


「差し上げますから、遠慮なさらずに」


 言いながら、バレナは半ば無理やりトタンの涙を拭い始めた。

 トタンは申し訳なさと、居たたまれなさと、恥ずかしさで、この場から逃げたくなる。

 そんなとき、ようやく教室に先生が入ってきた。


「これは……!」

「バウディッド先生。どうやら、スモモとトタンのロッカーが荒らされていたようですわ。窃盗かもしれません。どのように対応すべきか、ご指示をいただいても?」

「え、ええ、そうですね……。みなさんは、自分の持ち物が荒らされていないか、盗まれた物はないか、至急確認してください。ほかのクラスの者もです。ああ、インクは踏まないよう、くれぐれも気をつけて!」

「センセ、だれかが汚れちゃう前に、わたし掃除するよ。雑巾かモップってどこ?」

「先生には敬語を使いましょうね、スモモさん。……ありがたい申し出ですが、あなたとトタンさんは持ち物の確認ができ次第、面談室へと移動してください。少し……いえ、いろいろとお話を聞くことになると思います。……大丈夫ですか、トタンさん」


 きっと、先生は気遣うような表情で問いかけてくれたのだろう。

 しかしトタンは顔をあげることができず、口を開いても嗚咽でまともな言葉を発せそうになかったため、頷きを返すに留めることとなってしまった。



 ◇



 その日の午後の授業はすべて中止。

 当然ながら、生徒はみな下校を促されることになったのだが、被害を受けたトタンとスモモだけは面談室に残るはめになってしまった。

 大事なことだとは思うが、泣き腫らした顔をしているトタンとしては、今日は早く帰りたいという気持ちが湧き上がってしまう。


「では、トタンさんは学生証とご自宅の鍵。スモモさんは荒らされはしたものの、なくなっているものはない、と……」


 自身の手帳にそう書き記したバウディッド先生は、疲れた顔で「ふーっ」と大きく息を吐く。

 その対面——トタンの隣に座るスモモは、先生の疲れなど露知らずといった調子で、「いやー、不幸中の幸いだね!」と明るく言った。


「大切なものは肌身離さず持ち歩くようにしてたから。わたしって偉い!」

「スモモさんが学生証まで常日頃持ち歩いていたとは驚きでしたが……しかし、トタンさんのものはなくなってしまっているのですから、その言い方は控えましょうね」

「あっ。ご、ごめんね、トタンちゃん! トタンちゃんが偉くないとかじゃなくてね! ……っていうか、センセもちょっとひどくない? 学生証ポケットに入れてただけで、驚きとまで言う?」

「……ふふっ」


 思わずトタンは笑ってしまった。

 そのことに自分でも驚く。

 一度泣いたことが、少し心を軽くしたのか。あるいは、あまりにもいつもと変わらないスモモの様子に引っ張られたのか。

 ともかく。


「よかった」


 囁くように、優しい笑顔でそうこぼしたスモモと目が合う。

 ——そう。よかった。

 たぶん、笑えているというのは、いいことなんだと思う。泣いてばかりいるよりは、きっと、ずっと。


「ふーむ……。教室が無人になったのは、恐らく二、三分……。ほかの生徒の荷物は、一切被害なし……。手当たり次第というわけではない、と考えるべきでしょうか……。しかし……」


 手帳をぱらぱらとめくるバウディッド先生は、眉間にシワを寄せながら、ぶつぶつと呟いている。

 その思考を遮るように、「ねえ、センセ」とスモモが切り込んだ。


「これ、わたしたちがスパイって思われてることと、関係あると思う?」


 ドキ、とトタンの心臓が嫌な音を立てる。

 それは、トタンも気になっていたことだ。

 狙われたのが、トタンとスモモのロッカーだけ。そしてふたりの共通点は、同じ日に転入してきたことと、異世界人&スパイ容疑の噂が流れていることくらいだ。

 バウディッド先生は手帳を閉じて答えた。


「下らぬ噂話……とも一蹴できなくなってしまいましたね。噂を信じて動く者がいても、おかしな話ではありません。……いや、噂に踊らされた学内の人間による犯行だけではなく……まさか白百合姫直轄の部隊が動いたという可能性も……?」

「わ、わたし、スパイじゃありません!」


 とっさにトタンは否定する。

 ——しかも、しかも、白百合姫直轄の部隊が動いた可能性なんて、そんなこと冗談でも言ってほしくなかった。

 白百合姫直轄部隊といえば、子どもでも知っている——むしろ、子どもにこそ人気の組織だ。

 真白部隊と真紅部隊。事実として公表されているのは、その部隊名と、異世界人で構成されていることだけ。

 だからこそ一般人は、端々から伝え聞いた真偽不明の噂話から、彼らの活躍を想像する。

 昼夜問わず、休みなく働き続けている国の守り人。脅威の芽を摘み、文化の発展に寄与し、幼い白百合姫を支え、しかし元貴族たちのように功績をひけらかすでもなく、ただひそやかに仕事をこなす。

 そんな彼らに、子どもたちは英雄の姿を重ねるのだ。

 大人のなかには一部、異世界人は胡散臭いだの、英雄の実態を暴いてやるだの、やっかみと好奇心を拗らせたような感情を向ける者もいるが、大抵は感謝と尊敬の念を抱いている。

 もちろんトタンも大部分と同じく、感謝と尊敬の念を抱いているわけだが————そんな彼らに自分がスパイとして捕らえられる可能性があるなど、考えたくもなかった。


「無論、私たち教師もあなた方がスパイだとは思っていません。……思ってはいませんが、しかしスパイである証明よりも、スパイでないことの証明の方が難しい。わかりますね?」

「悪魔の証明ってやつですね!」


 相変わらず、スモモが明るく言った。

 聞いたことのない言い回しだ。

 少なくとも、この国では——と思ったところで、もしかして、と頭をよぎる。

 ——彼女は、この国の人間ではないのでは?

 横目で見たスモモは、悲壮感などまったく感じられない顔をしている。

 もし、もしスモモがスパイだと仮定して。

 噂程度の信憑性とはいえ、スパイだと疑われている状況でこんなに明るい言動をできるものだろうか?

 むしろ、自分は絶対捕まることがないと確信しているからこその明るさなのでは?

 いや、でも、あえてそういう言動をすることで、スパイ容疑を逸らそうとしているとか?

 ……わからない。わからないけれど。

 もしかするとの可能性が、もうひとつ。

『スモモは異世界人でスパイである』という噂の、『スモモは異世界人』という方だけが正解だったと仮定して。

 異世界人で、掴まることがないと確信しているからこその明るさだったとするのなら。

 もしかすると、本当にもしもの可能性だけど、スモモが真白部隊か真紅部隊の人だったり……?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ