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異世界人たちと白百合の帝国  作者: はねる朱色
第1章 お願い、真白部隊
7/25

7.副業おたすけ屋さん(1)

 うみの目覚めは、日の出前。

 ぼよわん、ぼよわん、という間抜けな時計の音を止めるため、体を起こすのが毎日の習慣だ。

 手櫛で髪を整えながら自室を出て、洗面所で顔を洗い、リビングダイニングへと向かう。

 そして、うみよりも早起きなアステティに挨拶をする——それがいつもの流れだったのだが。


「こらぁ! なにしてるの!」


 この日のうみは、挨拶よりも先に怒ることになってしまった。

 大きなテレビの前のソファー。そこに座っている女の子ふたり。

 片方はスモモ。うみの親友だ。

 前髪を武器にもなるヘアピンで留め、おでこを丸出しにしている。

 もう片方はヤーナ。彼女も異世界出身者で、うみたちの仲間兼同居人だ。

 くすんだ金髪はよく言えばふわふわ、悪く言えばクセが強く、それをむりやり束ねてポニーテールにしている。

 スモモとヤーナは、うみの声などよりも、テレビから流れる音に耳を傾けているようだ。

 どちらも、いまにも寝落ちしそうな顔で、それでもゲームコントローラーのボタンを押す指は忙しなく動き、視線はテレビ画面に釘づけになっている。

 このふたりは時々やらかすのだ。遊びに熱中しすぎた果ての徹夜を。

 いくら無視されようとも、うみは苦言を呈さずにはいられなかった。


「もー! モモちゃんは学校だし、ヤーナもおたすけ屋さんの受付があるのに……ほら、もうおしまい! いまからなら二時間……いや、二時間半は眠れるから、ベッドに行きなさい!」


 うみがテレビの前で仁王立ちすると、視界を遮られたふたりはようやく手を止め、うみの顔を見上げた。


「べつにいいよぉ、授業中に寝ればいいもん」

「どうせお客さんなんて来ない」

「ヘリクツ言わないの! はい、立つ! 歩く! 部屋に戻って寝る!」


 手を叩いて促すと、こちらが梃子でも動かないつもりだと悟ったのか、スモモもヤーナものろのろと動き、リビングから出て行った。


「まったく……」


 スモモはゲームとテレビの電源を切り、コントローラーを片づける。

 そして、テーブルに置きっぱなしのグラスを持ち、キッチンへと向かうと。


「ぴぎゃあッ!?」

「あえ~? うみちゃんらあ~! あぃかあらあはははっ」


 ちょうどカウンターキッチンに隠れるような形で、酒瓶三本を抱きかかえて座っている人物がいた。

 まったく意識していなかったところに人がいたせいで、うみは飛び上がりながらグラスを握り潰してしまったが、それが仲間のシィレだと気づいてからは、眉をつり上げた。


「あなたもなにしてるんですか、シィレさん! 夜番の真っ最中ですよね!?」

「らあって、らってらって、ふんふふ~ん」


 支離滅裂な言葉とともに、シィレは鼻歌を歌っている。

 顔立ちは綺麗なのに、桃色の髪はぐちゃぐちゃでボサボサ。うみとシィレは毎日顔を合わせているというのに、彼女の髪がきちんとまっすぐになっているところを見られたのは片手で数えられる程度。

 言動も相まって、どうにも美人とは言い難い女性だ。


「とにかく、ここにいたら邪魔です! そろそろアステティがキッチン使うから!」


 うみはシィレの腕を掴んで引っ張り上げる。


「破片踏まないように気をつけて! しっかり歩いて!」

「こるあー! ぶえいものえぇー! てんしさあさあるとは、あにおたあぁ!」

「はいはい、天使さま天使さま。ソファーに座りましょうね——よっと!」


 半ば投げるようにして、先ほどまでスモモとヤーナが座っていたソファーにシィレを置く。

 シィレはまた「ぶえいものー!」と言ってパンチを繰り出してきたが、まったく痛くないので放置した。それより割れたグラスを片づける方が重要だ。


「またやっちゃった……」


 うみはゴミ箱を引き寄せ、破片をひとつひとつ処理していく。

 異世界に来てからどうも、うみは力のコントロールが下手くそになってしまった。

 スモモと同じように身体能力があがったのはいいが、スモモと違ってうまくその能力を扱えていないのだ。

 実のところ、うみだってスモモと一緒に徹夜してゲームしたいと思っている。……もちろん、翌日が完全休日であることが前提だが。

 しかし、ゲームのコントローラーなんていう繊細なもの、熱が入って力も入った瞬間、木っ端みじんに砕いてしまうだろう。

 だからうみは、スモモのゲーム相手にはなれない。

 本人たちには絶対に言えないが、先ほど怒ったのだって、一晩中スモモと遊んでいたヤーナずるい、の気持ちが混ざっていた。


「はあぁ……」

「べつぃ、スモモちゃんもヤーナちゃんも、きいしえないと思うぉ~」


 ドキ、と心臓が跳ねる。

 うみがシィレを見ると、シィレはにまにまと笑っていた。


「てんしさまはあ、なんれもおみとーしなのら~!」

「……そうですか。言いふらしたりしないでくださいね」


 シィレは酔っていると、自分のことを『天使さま』だと呼称する。

『天使の輪も羽もないのに?』と聞けば、『堕天しちゃっら!』と楽しそうに答えるのだ。年齢は1000を超えている、とも。

 しかし、素面のときの彼女は、『わたしが天使なわけないでしょー!』と楽しそうに言う。『ぴっちぴちの二十歳だよん!』とも。

 だから、酔っているにしろ、酔っていないにしろ、シィレの言葉は話半分で聞き流すのが吉だ、とうみは思うようにしていた。


「朝から元気でございますね。玄関まで大きな音が聞こえましたよ?」

「あっ、アステティ」


 部屋に入ってきたのは、紫の髪を綺麗に編み込んだ少女。

 うみより年下ではあるが大人っぽくて、シィレのだらしなさに触れたあとだと、その洗練された美貌がより浮き彫りになって見える子だ。


「外に行ってたの? おは——」


 うみの挨拶は途中で途切れた。

 アステティが抱えている小ぶりな植木鉢。そこに植えられているものに、意識のすべてを持っていかれたからだ。

 植木鉢に植えられているのだから、植物ではあるのだろう。

 ただし、半透明の青色で、蔓や葉がうにょうにょ蠢いている。まるで、ゲームに出てくるスライムのようだ。


「……なに、それ」


 アステティの赤い目が、うみの視線を追って己の腕のなかへと向かう。

 そして、その奇妙な植物をしばらく見つめたのち、アステティは「さあ」と首を傾げた。


「お姫さまが召喚したものでございますから、わたしにもさっぱり。十分育ちましたし、とりあえず毒性はないようでございますので、朝食に使ってみようかと」

「えっ」


 うみが嫌悪の声をあげるのと同時に、蔓が勢いよく床へと伸びた。

 いきなりなにかと思えば、蔓は散らばっていたグラスの破片を絡めとり、青い半透明な茎のなかに取り込んでしまうではないか。

 まさかそのまま溶かして吸収する気なのだろうか、とうみは不安になる。とてもじゃないが、毒性がないようには見えない。


「……食べるのはやめない?」

「どうしてでございますか? なにごとも挑戦でございますよ。未知を恐れてはなりません。そうして我々人間と魔法は、進化していくのでございます。大丈夫、いきなり生で提供したりなどいたしませんから」


 アステティはカウンターキッチンに植木鉢を置いた。

 ——どうしよう、全然引く気がない。

 うみは大焦りで解決の糸口を探す。

 シィレは——大口を開けていびきをかき始めている。ダメだ。頼れない。

 と、そのとき。救世主が現れた。


「おはよう」


 アステティとお揃いの、紫の髪と赤い目。

 背が低くて、短めのボブヘアが似合っていて、目が大きくてキラキラして見える。

 うみ的には、白百合姫よりもよっぽどかわいらしいと思える子のご登場だった。


「ニコ! 助けて!」

「え? なに——」


 ニコの大きな目が、さらに見開かれて大きくなる。

 キッチンに置かれた不気味植物。それだけで、姉——アステティがやりそうなことを導きだしたらしい。

 そんなニコの表情とは裏腹に、アステティは「おはようございます、ニコ!」と満面の笑みを浮かべる。


「今日の体調はどうでございますか? 気分は? 朝ごはんの希望はございますか? ああっ、寝癖が! お姉ちゃんが直してあげます! さ、イスに——」

「……お姉ちゃん。一応聞くけど、その軟体も朝ごはん候補だったりする?」

「あっ、お目が高い! さすがニコでございますね! この世界にふたつとないレアものでございますよ! 一体どんな味なのか……想像するだけでもわくわくしてくるでしょう?」

「……うーん。レアものにわくわくする気持ちはわからなくはないけど」


 ニコがアステティに近づく。

 ふたりの身長差は頭ひとつ分。ニコがアステティを見上げる形になる。


「でもそれ、かわいくないだもん。だから……ねえ、お姉ちゃん」

 ニコは両手を組み、小首を傾げ、上目遣いを繰り出した。

「——捨てて?」

「捨てまぁす!」


 パン、と手を打ち鳴らしたような音が響く。

 瞬間、不気味植物が鉢植えごと跡形もなく消えた。

 ——この()()()()め。

 うみは内心で毒づく。

 うみに対しては引く気のない強固な姿勢を見せていたのに、あんなにあからさまで、遠慮もためらいもない全力の媚びには簡単になびくなんて。


「わぁい! ありがとぉ、お姉ちゃん!」

「はわわっ……そんな、抱擁だなんて……! ニコってば、いつまで経っても甘えん坊さんなんだから……!」


 うちの家族は見目が整っているのに、どうしてこう変わった子ばかりなのか。

「朝ごはんはパンケーキがいいなっ」「ニコのためなら喜んで!」と、きゃあきゃあ抱きしめ合うふたりを見ながら、うみは思う。

 変わり者ばかりだけど……変わり者だからこそ、ここに集められているのかもしれない。

 スモモ。リムクク。ヤーナ。シィレ。アステティ。ニコ。

 そして、彼女たちをまとめるリーダーのうみ。

 総勢七名。それがこの家に住む家族であり、白百合姫の配下として働く真白部隊のメンバーなのだ。


「わたしもニコとおんなじので。洗濯はやっとくね」

「あら。うみさんも、昨日は遅くまで事後処理で忙しかったでしょう? 今日くらい、わたしが魔法で済ませますよ」

「大丈夫。魔法も疲れるし、無制限じゃないでしょ。ヤーナの洗濯機のおかげで、そこまで手間じゃないしね」

「そうでございますか?」

「ボク、手伝おっか?」

「んーん。ニコは、アステティが余計なことしないか見張ってて。それと、今日はリムククだけじゃなくて、モモちゃんとヤーナもギリギリまで起きないと思うから」

「まあ。では、クッキーでも作って持たせましょうか」

「あっ、じゃあボク、デコりたい!」

「ええ、ええ! 一緒に作ってデコりましょうね!」


 楽しそうな会話を背中で聞きながら、うみは廊下へと出た。

 洗濯を終えたら朝食をとって、事務仕事をして、隙間時間ができたら勉強して、スモモとヤーナとリムククを起こして、それから外仕事に出発。白百合姫からの呼び出しもあったから、昼休憩はなしで王城にも行かなければならない。

 忙しい、とうみはため息をつく。

 リーダーとして個性的なメンバーをどうにかこうにかまとめつつ、日々の業務をこなし、白百合姫の無茶ぶりにも応える——あまりにもブラックな環境だ。

 休日を作ってなにかストレス発散でもしないと、どうにかなってしまいそう。

 ——たとえば、モモちゃんをデートに誘うとか。


「い……いやいやいや!」


 自分の邪な考えを、自ら否定する。

 いまはそんなことをしている状況ではない。少なくとも、白百合姫から与えられたスモモの仕事——通学が継続している限り、スモモとふたりきりで出かけるのは無理だ。

 うみの顔は、真白部隊のリーダーとして、テレビ放送やSNSがないわりには広まっているのだから。

 ——いやでも、本格的な変装をすればあるいは……なんて。


「はああぁ……」


 先ほどよりも、さらに深く息を吐く。

 脱衣所に入ると、籠からはみ出るほど乱雑に放置された衣服たちが目に入った。いくつかは床に落ちている状態だ。

 それらを拾い、丸まっている靴下は広げ、籠の中身を洗濯機に入れ、スイッチを押す。

 ヤーナが作った洗濯機は優秀で、洗濯や乾燥はもちろんのこと、畳むところまで済ませてくれるのだ。

 だからボタンを押せば、あとは畳まれた衣服が出てくるのを待つだけ。それを各自の部屋へ運んだらおしまい——だったはずなのだが。


『規定値オーバー。規定値オーバー。スタートボタンは優しく押下してください』

「えっ」

『精密機器にはソフトタッチ。乱暴はご法度。力のコントロール訓練開始です。優しく押下してください』


 洗濯機が喋っている。

 昨日まではなかった機能だ。

 うみは若干混乱したまま、言われるがままに優しく、そっとボタンを押した。

 しかし。


『ビビビビィー! 規定値オーバー! 規定値オーバー! 暴虐には罰を! くらえ、裁きの鉄槌、ヤーナ・スプレンダー!』


 びしゃあぁっ。

 そんな派手な音を立てて洗濯機から水が噴き出し、うみの顔面に直撃した。

 当然うみは、頭から胸のあたりまでびっしゃびしゃだ。


「ヤーナぁ……」


 うみは拳を震わせた。

 ヤーナがどういう意図で搭載した機能なのかは知らない。もしかすると、うみの力が強いせいで、なにか洗濯機の調子が悪くなってしまい、その注意・警告のためのものなのかもしれない。

 だが、絶対におもしろそうだからという悪戯心が含まれているのは明白だった。

 ヤーナは自分の楽しいのためなら、他人の迷惑など顧みない子なのだ。


『力のコントロール訓練リターンズです。優しく押下してください』


 うみの握りこぶしがギチギチと鳴る。

 無機質な機械の声が煽ってきているように聞こえるのは、気にしすぎなのだろうか。

 ——ストレスが。ストレスが本当にヤバい。

 着実に溜まっていくストレスがどこかで爆発してしまわないか、うみは自分のことながら不安になってしまった。

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