4.学校への潜入(4)
暗号が書かれた紙の切れ端を受け取ったジュジュは、授業中、ノートと教科書で隠しながら、こっそりとそれを読み解いた。
潜伏拠点がバレた可能性が高い——らしい。
今日は帰って来るな、と。それ以上の指示は書かれていなかった。
——知らない国で帰って来るなって、どこで寝ればいいの……。
泣きそうだった。
ジュジュがこの世界に来て、七年。
召喚された場所は、ベイルドア王国。 ここセーリンド帝国の隣、ディディン王国を跨いだその先にある国だ。
七年間、ずっと戦闘訓練の日々だった。
異世界人はこの世界の人間より、文化的、技術的、あるいは身体的に優れていることが多いらしい。
ジュジュも例に漏れず、身体的に優れている性質だ。もとの世界では運動音痴とまで揶揄されていたというのに。
だから、ずっとずっと、戦うための教育を受けてきた。そうしないと、食事も寝床も与えてもらえなかったからだ。
それがいきなり、スパイとして敵国に潜入してこい、である。
潜入訓練なんて受けていない。向いているとも思えない。そういうのが得意な異世界人は、ほかにいたはず。
なのにジュジュが選ばれたということは——捨て駒なんだな、と察した。
事実、ジュジュはここに来てから、怪しい動きしかできていない。
殺して奪ったセーリンド帝国元貴族の名前と財産を使い、学力試験もなんとか突破して学校に潜入してみれば、運が悪いことになんと転入生が三人だ。しかも、生来の性格と、スパイという緊張が相まって、人を避けてこそこそしてばかり。
人生終わったな——ジュジュはもう、自分の命を半ば諦めていた。
そもそもジュジュは、ベイルドア王国に対する愛国心なんてものは持ち合わせていない。
それ以外の道はないから——そして、嘘だともう気づいているけれど、成果を出せばもとの世界に返すと王が言ったから従っていただけだ。
任務に失敗したあとのことなんて、どうでもいい。国もなにもかも、どうにでもなってしまえ、という気分だった。
——ああ、でも。どうでもよくないこともある。
ジュジュは、二列前の席で船を漕いでいる少女を見つめた。
スモモ。なんて日本人らしい名前。
もともと、その可能性は考えていた。セーリンド帝国には、日本から来た異世界人がいる、あるいはいたのではないか、と。
たとえば、学校の制服デザイン、チャイムの音、授業形態。たとえば、米、餅、カレー、しょうゆ、抹茶。たとえば、冬の終わりになるとどこからともなく発売されるという、白百合姫や代々の女帝を模した雛人形。
帝国のあちこちで、日本を感じることは多い。
ジュジュは、自分が忘れようと努めた記憶を掘り返され、故郷に帰りたいと願う気持ちが強くなっていることを自覚していた。
スモモがジュジュと同じ日本人であるのならば、スモモも戦闘目的で国に召喚された異世界人なはず。ジュジュとは命を奪い合う関係になるが、同じ日本人だからこそきっとわかり合えるはず。気持ちをわかち合えるはず。
そしてもしかすると、ベイルドア王国では一向にその片鱗を見せてくれなかったけれど、ここセーリンド帝国ならば、スモモならば、故郷へ帰る道しるべを示してくれるかもしれない。
今日は帰る場所もないし、どうせもう人生終わりなら……殺される覚悟で、最後の勇気を振り絞って、話しかけてみよう。