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異世界人たちと白百合の帝国  作者: はねる朱色
第1章 お願い、真白部隊
3/25

3.学校への潜入(3)

 ジュジュは『クロ』。

 それがリムククの調査結果だった。

 よって、スモモはジュジュと接近し、仲を深めることでより詳しい調査を。反対にリムククはジュジュと接触せず、隠れて調査を続行するという方向で話は決まった。

 リムククは、はるか下にいるジュジュをじっと見つめる。

 いまは昼休み。

 一緒にお昼を食べよう、食堂に行こう、とスモモがジュジュを誘ったが断られ、そののちにジュジュはひとりで、滅多に人の来ない屋外の用具入れへとやって来た。そうして彼女は用具入れの横に座り込み、ちまちまとパンをかじっているのが現状だ。

 リムククはその様子を、校舎の屋上から観察していた。

 昨夕、リムククがこっそりと追いかけたジュジュは、いわゆる夜のお店系が並ぶ路地へと入っていき、そのなかでもさらにアングラ的というか、白無地の看板を掲げた、閉店した店の跡地にしか見えない建物のなかへと姿を消したのである。

 明らかに、富裕層向けの学校の生徒が行く場所ではない。

 そのときはそこまで見届けて撤退したため、なかでなにをしていたのかまでは知らないが、ほぼ犯罪者確定。クロ。それが、リムククの下した結論だった。

 恐らく、白百合姫からの妙な仕事依頼は、ジュジュを捕まえるためのものだ。リムククとスモモは、そのように推測した。

 ただ、怪しいのはたしかだが、すぐ捕まえてしまうには懸念事項がある。それを指摘したのは、リムククの報告を受けたうみだった。

 あまりにも怪しすぎる。

 それが一番、気にかかるのだそうだ。

 普通、なにか隠し事をしたり、悪事を働こうとしたりする場合は、怪しく見えないよう慎重に振る舞うはず。

 だというのに彼女からは、怪しく見えないように、という意図が見えない。

 だから捕らえるのではなく、しばらく泳がせて、もっとジュジュのことを調べてほしい——とのことだった。

 リムククとしては、さっさと捕まえて、尋問でも拷問でもしてしまえば楽なのに、そうすればスモモは学校から解放されるのに、という思いだったが、リムククたちのリーダーはうみ。上司から指示されたことに従うのが、仕事というものだ。


「ふあ……」


 しかし、それにしたって暇だ。

 あくびをしたリムククは、ポケットからチョコレートを取り出し、口へと放り込む。

 なにが楽しくて、寂しいボッチの学生生活なんて見続けなければならないのか。

 どうせなら、スモモと一緒に行動してほしかった。そうしたら、恥ずかしくて真正面からはまじまじと観察できないスモモの制服姿も、好きなだけ眺めていられるのに。あんたのせいで仕事増えたんだから、せめてそれくらいの役に立ってよ——と、リムククが心のなかで悪態をついたときだ。

 ヒュッ、と。

 微かな風切り音がした。

 リムククはとっさに、その場を飛び退く。


「チッ」


 直後、眼前を通りすぎた刃と舌打ち。

 フード付きの外套と、顔を隠す仮面——体格はわかりづらいが、恐らく男だ。そして、リムククの敵。

 リムククはアウターのポケットからダガーを取り出し、敵の足めがけて一本投げる。

 予想通り、敵はそれを回避した。すかさず、追加の一本を首めがけて投げる。

 どんぴしゃで命中————そう思ったが、それは新たに現れた敵の剣に叩き落とされてしまった。


「気をつけろ」

「すまない、助かった」


 今度は、リムククの方が舌打ちをしたい気分になる。

 敵がふたり——いや。

 さらに取り出したダガーを握りしめ、リムククは後方へと振り抜く。

 ガギン、と嫌な音を立て、三人目の敵の剣を弾いた。


「くそっ……!」


 敵がリムククから距離をとる。リムククはそれを上回るスピードで距離を詰めた。

 途中、牽制で残りふたりにダガーを投げておくことも忘れない。

「どんだけ持ち歩いてんだよ……!」という声が聞こえたが、これはアウターのポケットに施してもらった魔法の効果だ。

 リムクク保有の武器庫に繋がっているポケットからは、上限こそあるものの、さまざまな武器を取り出すことができる。

 おかげで、うっかり身体検査を受けるような事態に出くわしても安心。さらに、毒薬塗布済みダガーなんかの危険物も、安全に持ち歩けるというわけだ。

 まずは確実に、ひとり潰す。

 リムククは、毒ダガーを構えた。

 迫ってくるリムククを見て、敵も負けじと剣を構えたが、リムククはスピード特化タイプの戦士だ。集中しているいま、振り下ろされる剣はまるでスローモーションでも見ているかのようだった。

 ちょっと上体を逸らすだけ。それだけで、相手の剣はリムククに当たらない。

 ——この程度なら、毒はもったいなかったかな。

 リムククは、あっさりとダガーを敵の心臓に突き立てた。

 ただし、油断は禁物。心臓が破けようと、毒に侵されようと、平然と復活する人物をリムククは知っている。

 よくよく目を凝らして、耳を澄まして、心臓が止まったこと、呼吸が止まったこと、あらゆる筋肉が静止したことを確認するまでは、死んだとみなすことはできない。

 倒れ伏した敵の死が確定するのが先か、それとも残りふたりが動くのが先か————果たしてその結果は、どちらでもなかった。

 発砲音。


「ちょっ……!?」


 反射的にリムククは身を屈めたが、ボリュームのある帽子が吹っ飛んでいった。

 辛うじて、頭には当たっていない。しかし————。


「ゲッ、気色悪ぃ耳……」


 小さな呟きも、リムククの耳は余さず拾う。

 自慢であり、この世界では足かせにもなっている耳。

 毛が生えていて、三角形で、意識的にも無意識的にもよく動く。人間たちの耳とは、大きく違うだろう。

 もといた世界では、ビースター。うみからは、獣人。スモモからは、猫娘。

 そう呼ばれているのが、リムククの種族だ。


「異世界人かよ……。道理でめちゃくちゃな動きしやがるわけだ」

「……逆にそっちは異世界人じゃなさそうなのに、なんで銃なんてもってるわけ? 横流し?」

「さてな。こんな使いっ走りみたいなことさせられてる俺らが知ると思うか?」

「使いっ走りなんだ。かわいそ」


 話しながら、リムククは周囲を確認する。

 弾丸が飛んできた方向を考えると、恐らくスナイパーは別棟校舎の屋上。伏せているのか、敵の姿は視認できない。

 いつ飛んでくるかわからない次弾を警戒しつつ、目の前のふたりの対処。まあ、できなくはないかな——なんて楽観視を、意地悪な神様が見抜いたのだろうか。


「完了だ。引き上げるぞ」


 屋上の扉が開かれ、まるで『屋上は立ち入り禁止だぞ』と注意に来た教師かなにかのような気安さで、敵が五人も増えた。


「…………最悪」


 ぽつりとリムククはこぼす。

 数的不利——でも、逃げられる前に、ひとりくらいは。

 そう考え、右脚を動かした瞬間、再び弾丸が飛んできた。

 一歩うしろに下がり容易に回避。だが、もとより牽制の意味合いの方が大きい攻撃だったと思われる。

 もう一度前に出ようとしたところで、やはり発砲。

 攻めあぐねるリムククを横目に、敵は扉を潜っていく。


「じゃーな、バケモノ」


 最初から対峙していた敵は、こちらを煽る余裕すら見せつけていくほどだ。

 ——悔しい。ムカつく。

 腹立たしすぎて、リムククの目にじわりと涙が浮かんだ。

 それに——みんなにがっかりされちゃう。

 敵を逃がすうえで、それが一番嫌だった。

 もうこうなったら、破れかぶれ、被弾覚悟で突っ込んでいこうか——そんな考えまで浮かんだときである。


「ぎゃあ!?」

「ぐべぇッ!」


 すでに扉を潜った敵も含め、七人まとめて全員がこちら側に飛んできて、屋上の床に激突した。


「ごめーん! ごはん食べてたら、気づくの遅くなっちゃったかも!」


 黒髪をなびかせ、場に似つかわしくない笑顔で現れたのは、丸盾と剣を持ったスモモだった。

 思わずリムククはホッと息をつき、すぐにそんな自分を叱咤する。

 自分がきちんと仕事をこなせなかったせいで、学生としての役目があるスモモが来る羽目になっているのだ。

 ごめん、と謝らなくちゃいけないのは、自分の方。

 けれどスモモはあくまでも明るく、「もう安心していいからね!」と笑みを深めた。

 彼女はいつもそうだ。喜怒哀楽が激しく、ちょっと冷たくしただけですぐ泣くくせに、こちらが不安を感じているときは、それを払拭するくらいの笑顔を見せてくれる。

 リムククは、スモモのそんなところが好きなのだ。


「さー、かわいい子はいるかなー?」


 スモモは、立ち上がり体勢を整えようとしている敵たちを、ぐるりと見回した。

 刹那、弾丸が飛んできたが、ちょうど丸盾に当たって弾かれる。


「ちなみに、おとなしく降伏してくれるなら、かわいくなくても盾のひと殴りで許してあげる。降伏してくれなかったら、剣のひと振り、ね」


 リムククにとっては頼もしく見える笑顔も、敵からは一体どう見えているのやら。

 先ほど、七人もの人間を一気に吹き飛ばしてみせたせいもあるのだろう。スモモが軽く素振りしただけで、敵は全員後退る。


「ほーら、早く仮面外して? 外してくれないなら、降参してくれなかったってことにするぞ? ごーお、よーん、さーん————」

「はぁあッ!」


 敵のひとりが、剣とともにスモモへと突進した。

 スモモは直立したまま、ただ剣を横に振る。


「にーい!」


 防ごうと構えた剣ごと、敵の胴体はへし折れた。

 さらにそれだけでは済まず、敵は宙を飛び、屋上を囲う柵を越え、地上へと落下していった。

 ——圧倒的なパワー。技術はいろいろと不足していて、剣も悲鳴をあげるような使い方をされてしまっているが、いつ見てもすごい。

 けれど、だ。

 リムククは、敵が落ちていった方向を指さして叫ぶ。


「下に落とさないで! 後始末が面倒!」

「あ、そか。ごめんごめん、怒んないで! じゃあ、えっと、ぜーろ!」


 上段から振り下ろされたスモモの剣は、あっさりと敵の頭を砕き、首を砕き、背中から倒れていく上半身を追うようにして、屋上の床に亀裂を入れた。


「ひいぃ……!」


 悲鳴とともに尻もちをついた敵も、頭蓋骨粉砕。

 逃げようとした敵はリムククがダガーで牽制し、敵の足が止まった瞬間に頭蓋骨粉砕。

 次々と敵の頭蓋骨を笑顔で砕いていくスモモの姿に、とうとう最後のひとりとなった敵は涙を流す。そうして「ゆるし——」と言葉を発する途中で、頭蓋骨を粉砕され息絶えた。

 ——いや、最後ではないか。

 大きく足を踏み出し、スモモが駆ける。そして柵を踏み台にして、跳躍した。

 彼女が向かう先は、別棟校舎の屋上。圧倒的なパワーを生み出すその体は、ジャンプ力においても尋常ならざる様を見せてくれる。

 案の定、落下の心配もさせてくれないほど楽々と、スモモは別棟屋上に着地してしまった。

 直後、発砲音が響き渡る。

 しかし、それはたった一発で収まってしまう。

 リムククからは、剣を振り上げるスモモの小さな背中しか見えなかった。

 やがて、スモモは再び跳躍し、こちらへと戻ってくる。


「向こう、三人だった。情報収集もあるから、ひとりだけ気絶までにしてる。これで全部だと思うんだけど、どうかな?」

「うん。あたしも全部だと——」


 話を遮るようにして、キーンコーンカーンコーン、と音が鳴った。

 リムククは初めて聞いたときから耳慣れない音だと感じていたけれど、スモモは『日本のチャイムとおんなじで最悪! フラッシュバックしそう!』と言っていたものだ。

 いまもリムククの目の前でしかめっ面をしたスモモは、「授業行かなきゃ」とぼやくように呟く。


「ごめんね、リムクク。後始末もろもろ頼んでいい?」

「もちろん」


 リムククが頷くと、スモモの手にあった剣と盾が、それぞれプラムと鯨の飾りがついたヘアピンへと変化する。これもリムククのアウターと同じように、魔法効果によるものだ。

 スモモはヘアピンを胸ポケットへと刺し、「このまま帰りたーい」と言いながら扉の方へと歩を進める。

 リムククはその背中、制服を少し摘まんで引き留めた。


「……ありがと」


 途端に、ぐるんと振り返ったスモモがリムククを抱きしめる。


「かわいいすぎぃ……! リムククを抱っこしながらの授業なら、まだ救いようがあるのに……!」

「くっつかないで!」

「やぁん」


 リムククが手で押すと、スモモはわりとすんなり離れた。

 自分でも急がなければいけないことはわかっているのだろう。

「じゃあ、またあとでね……! 授業がんばってくるから、またぎゅってさせてね……!」と言い残し、駆け足で屋上から出て行ってしまった。

 ひとりになったリムククは、ざっとあたりを見渡す。

 気絶した生存者ひとり。死体計十体。床の破損。——応援を呼ばないと、か。

 ため息をつき、アウターから長方形のカードを取り出す。リムククの世界にはなかったもの——携帯だ。スモモは、ペラペラスマホ、とも呼称していた。

 メッセージ機能を立ち上げ、文字を入力していく。

 その途中で、リムククはふと地上——用具入れの方を見た。

 しかし、チャイムが鳴ったこともあってか、そこにジュジュの姿はなかった。

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