25.お願いの果て(3)
「鯨ちゃんかわいすぎるぅ~っ!! 次っ、次これっ!」
「も、もうっ! あんまり大きな声出さないで、目立っちゃうから!」
顔を真っ赤にした親友のかわいさといったら。
スモモは試着室に引っ込んだうみを見送ってから、店内をうろつきつつあたりを見渡した。
ここは百貨店の一角にあるアパレルショップだ。
店内には客が五人。向かいの店には三人。通りすがりに横目で見たフードコートは、昼時ということもあってほぼ満席。レストランの方は空席待ちの行列ができていた。
学校でバウディッドが暴れたのと時を同じくして、この百貨店でも銃撃と立てこもり事件が起こっていたのだが、たった数日でこの盛況ぶりだ。再び休校となり、閑散としているであろう学校とは大違いである。
「……モモちゃーん」
「あっ」
試着室のカーテンが開いた。
少し離れてしまっていたスモモは即座に戻り、まだほんのりと頬を赤くしているうみを、上から下までじっくりと観察する。
変装のため、髪は緩く巻いたワインレッドカラー。いつもの眼鏡はコンタクトにして、化粧もバッチリ。
そしてスモモが選んだ服——これで実に四着目である——は、本日のうみによく似合っている。とくにデコルテを見せる黒のトップスは、うみの大人っぽさをぐっと引き立てており、スモモは脳内で自画自賛しながらうみに抱きついた。
「一番いい! かわいい! 今日のデート服はこれに決定! すみませーん!」
「て、店員さん呼ぶなら離れて……!」
うみの服はそのままで会計を済ませ、ふたりは百貨店をあとにする。
天気は快晴。風も穏やかで、絶好の休日日和だ。
「うーん……劇が始まるまであんまり時間ないかも……。並ばずに軽く食べられるとこがあればいいんだけど」
「えへへ、じっくり選びすぎちゃった」
「ホントだよ、もう。せっかくなら、モモちゃんのも買わせてほしかったのに」
「わたしはいつもの見た目のままだもん。いまある服で十分! これだって、前に鯨ちゃんが買ってくれたお気に入りだしね。似合ってるでしょ?」
「あっ、ちょ……! スカート短いんだから回らないの!」
そんなふうに談笑しながらも、スモモとうみはあちこちに視線をやりながら歩く。
衛生観念がまだしっかりと確立しているわけではないこの国の飲食店においては、客入りの多さが安全性を保証するひとつの目安になる。
しかし客入りが多いということは、当然ランチタイムは混んでいるということだ。
「あー。あそこのカフェ、アステティのオススメだったけど、厳しそうだねー……」
「あれは三十分待ちかなあ……。雰囲気よさそうなとこだけど、また今度だね。こういうとき、ファストフード系が懐かしくなるよ」
「ファストフードかあ。向こうにいるうちに、一回くらいは行っとけばよかったなー」
「あ……そっか、モモちゃんは……」
「あっ、そうだ!」
ぱん、とスモモは手を叩き、「食べ歩きでも大丈夫?」とうみに尋ねる。
「う、うん。テイクアウト? カフェじゃないんだよね? パン屋さんとか?」
「ううん、さっき思い出したんだけどね。この先の曲がったとこにできたんだよ——コンビニが!」
◇
少しパサついた皮。量が少なく味の濃い餡。
コンビニ前に備えつけられたベンチに座ったスモモはそれを頬張り、満面の笑みを浮かべた。
「んんん~! これ~! これが食べたかったの~!」
「作り方……材料の問題もあるのかな……? 記憶の味とはけっこう違うかも……」
「そう? 鯨ちゃんが作ってくれたおいしすぎるやつよりは近いと思うよ」
「ふ、フクザツ……」
肉まん。
スモモたちのいた日本のコンビニにおいて、必ずと言っていいほど置いてあった定番品だ。
コンビニ一号店を作る計画が立ったとき、スモモが提案したもののひとつが、温かいままレジ横で売られている肉まんである。
コンビニがオープンした知らせは受けていたが、ちょうどベイルドア王国での仕事とタイミングが重なってしまい、今日までスモモの頭のなかからすっかり抜け落ちてしまっていたというわけだ。
「このチープな感じが思い出に寄り添ってくれてるっていうか……そこが好きっていうか……。うん、姫さまに頼んだ甲斐があった……!」
「……まあ、モモちゃんが喜んでるなら、それでいっか」
ふたりはほとんど同時に肉まんを食べ終わり、レジ袋からもう一種類買っていたものを取り出した。
肉まんとともに並ぶ、レジ横の定番品——コンビニチキンだ。
スモモは正直、日本のコンビニでチキンを買って食べたことはない。そのため、ひと口齧って出た感想は、「普通にちゃんとおいしい」だった。
けれどスモモのそんなシンプルな反応に対し、うみは口に含んですぐ、大袈裟なほどに目を輝かせた。
「ん……! こっちはすごくそれっぽいかも……!」
さらに続けた言葉が、「懐かしい……!」である。
スモモは思わず、ろくな咀嚼もしないまま、ゴクリとチキンを飲み込んでしまった。自分も先ほど、肉まんに対して似たような言葉を吐いたにもかかわらず、だ。
「鯨ちゃん」
「うん?」
「その……」
言うか言うまいか、スモモは数秒悩む。
しかし、首を傾げてじっと見つめてくるうみの眼差しに負けて、結局は言うことにした。
「鯨ちゃんは……帰りたい?」
その言葉の意味を、どうやらうみは正しく受け取ったらしい。
目を丸くしたあと、眉を下げて困ったように笑った。
「いきなりだね」
「う……答えにくかったら、べつにいいんだけど……」
「ふふっ、そんなに気を遣わないで……って言っても、昔のわたしを見てれば気を遣っちゃうよね」
『うん』とも『ううん』とも答えられず、スモモはチキンを口に運んだ。
それを見てか、うみはさらにくすくすと笑う。
「わたしね、この世界に来てから気づいたんだけど。わたしって、すーっごく欲張りみたいなの。……モモちゃんは帰りたくないんだよね?」
スモモは控えめに頷いた。
申し訳ないけれど、これはうみがなんと言おうと、スモモのなかで決定していることだ。
「うん、だよね。……わたしも、もうここで生きていく覚悟は決めてるよ」
「えっ」
スモモはまじまじとうみを見つめる。
気遣って言った優しい嘘——というわけでもなさそうだ。
ただし、「でもね」とうみは続ける。
「前の家族も、いまの家族も、友達も、好きな人も、どれも諦めるつもりはないの。全部全部手に入れたいって思ってる」
「……えーっと? それってつまり……」
「いまは方法がなくても、ほかの世界から召喚したもののなかにはあるかもしれないでしょ、全部手に入れる方法。だから、そのためにがんばってる。モモちゃんも……応援してくれると嬉しい、な」
——うみが気づいているのか、スモモは知らないが。
白百合姫は『お願い』を拒否する人間に、いちいち『お願い』をしたりしない。拒否しない人間を選んで『お願い』をした方が、効率的だからだ。
うみがよく『お願い』をされるのは、真白部隊のリーダーだからというのもある。しかしそれ以上に、表面上は渋々であってもうみが『お願い』を拒否することはないと、白百合姫が確信しているという理由が大きいはずだ。
うみががんばり続ける限り、白百合姫の『お願い』は際限なく受け入れられ、そのせいで忙しくなってうみはストレスを溜め、そしてその周囲——スモモを含めた真白部隊に平穏が訪れることはないのだろう。
スモモの本音としては、最低限の生活さえできれば、あとは遊んで暮らしていたいのだけれども。
そのうえでスモモは、うみのことも白百合姫のことも世界一かわいいと思っていて、大大大大好きだから。
「うん、応援する!」
それが彼女の望みなら、それはそれでまあいいか、とスモモは笑うのだった。
第1章完結となります。
第2章開始まで、いましばらくお待ちいただけると幸いです。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




