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異世界人たちと白百合の帝国  作者: はねる朱色
第1章 お願い、真白部隊

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19.二国の異世界人(3)

 槍を構えたお姉さんを隠すように、刀を構えた男が立った。

 邪魔だな、とスモモは内心で舌打ちをしたが、お姉さんを怖がらせたくはないので、にっこりと笑顔を作る。


「わたし、かわいい人とはあんまり戦いたくないんだよね。殺すなんて、もっとイヤ。だからさ、このまま見逃してほしいなー、なんて」


 言いながら、スモモは跳んだ拍子に外れてしまったフードを被り直す。

 黒いフードつきのパーカーに、黒いショートパンツ。動きやすさ重視の服装を選んできたのだが、パーカーはややオーバーサイズで、袖がだぶついているのが難点だ。ピッタリサイズのものは、少し前の仕事のときに血で汚れたから捨ててしまっていたのを忘れていた。


「オレたちも、べつに戦いたいわけじゃねーんだよなあ。……ただ、これも仕事なんだよ。わかるだろ?」

「んふふ。お互い苦労する——ね!」


 スモモは一気に男との距離を詰めた。

 上段からの斬りつけ————避けられる。地面が抉れた。

 横薙ぎの追撃————避けられる。むしろ、生み出した風圧を利用され、距離をとられた。

 再び距離を詰めて何度も斬りかかるが、すべてを躱される。それでもって、一切反撃をしてこない。

 段々と苛立ちが募ってきて、スモモは歯ぎしりをした。


「避けないでくれないかなあ!?」

「おいおい、さすがに一撃受けただけで確実に死ぬ技を避けるなは酷いって」

「もうもうもう! なんなの! 戦う気がないなら、見逃してくれたっていいじゃん!」

「だぁから、仕事なんだっつーの。てか、こっちは休憩中だったんだからな!」


 男も苛立たしげだ。

 そして、彼よりさらに苛立たしげな勢いで、「ツイ・ツイ・パンドベール!」という声と稲妻が飛んできた。

 ——だが。


「同じ魔法一辺倒でございますか?」


 つまらなそうに呟かれたと同時に、パン、と乾いた音が響く。

 たったそれだけで、稲妻はスモモに当たるより先に、かき消えてしまった。

 さすがアステティ、とスモモは心のなかで称賛する。

 スモモの背後には、アステティとニコがいる。魔法のことは一切気にする必要がない。

 だからこそ、相手が驚いているその隙に、ともう一度男に飛びかかって剣を振るうが、やはり地面を叩いてしまった。

 スモモはパワー特化の戦士タイプ。力で押し切れることならだれにも負けない自信がある。しかし、躱すのがうまい相手と魔法は苦手なのだ。


「うぐぐぐぐ……! もぉおおお! かわいくないうえにムカつく! キライ!」


 悔しくて悔しくて、スモモは地団駄を踏む。


「セーリンドの方じゃ、戦闘訓練とかしてくんねーの? 剣ってのは、むやみやたらと振ればいいってモンじゃねーんだぜ?」

「うっさいな! 敵のくせに指導者ぶらないでよ、おっさん!」

「おっ……!? ……ふ、ふん。セーリンドってのを否定しなかったな。やっぱそっちから来たのか」

「あっ」


 しまった、と口を押さえる。

 背後から「また脳筋だなんだと、ほかの部隊に笑われてしまいますね」というアステティの声が聞こえてきた。ぐうの音も出ない。

 そうして動揺しているうちに、魔法使いのお姉さんのうしろに、外套と仮面を身に着けた四人が現れた。先日、学校でスモモやリムククと戦った敵と、まったく同じ格好である。


「避けてばかりでなにかと思えば、時間稼ぎでございましたか」

「ボクも加勢しようか?」

「……そうでございますね。荒事に慣れてもらいたくはありませんが……わたしだけでは魔力が枯渇してしまいそうでございます。不出来な姉でごめんなさい」

「ううん。いつもボクのためにがんばってくれてるんだもん。こういうときくらい、遠慮くなく頼って!」

「ああっ、本当にいい子すぎて……!」

「それじゃあ、適当に撃っていくね」


 ニコを中心に空気が振動し始めた。魔力ゼロのスモモでも感じるほどの、魔力の圧だ。

「ひっ」と魔法使いのお姉さんが後退る。

 アステティとニコの魔法に詠唱など必要ない。杖などの触媒も必要ない。スモモがアステティから受けた説明によると、頭のなかに浮かぶ魔法のなかから、使いたいものを選んで『押す』のだそうだ。ゲームでよくあるコマンドバトルのように。

 パン、という破裂音が、『押す』をした証。


「まずいっ……! 全員集まれ!」


 敵方の前面に、大きな魔法陣が展開される。

 直後そこに、炎が渦を描きながら激突した。どうやら魔法陣は盾のような役割を果たしているようで、炎は魔法陣から先には届いていないようだ。


「……防がれちゃった」


 ニコが悲しそうに眉を下げた。

 けれど、そんな気弱な表情とは裏腹に、噴射される炎は止まることなく、むしろ徐々に勢いを増していく。

 魔法陣を打ち破る気なんだ、とスモモは考える。

 ニコは自信家で、プライドが高く、負けず嫌いなのだ。こと魔法のパワー勝負においては、ニコが一歩でも引いたところを見たことがない。


「ぐっ……く……うぅっ……!」


 手を前に突き出した仮面集団のひとりが、呻き声をあげながら体を震わせる。共鳴するように、苦しそうに、魔法陣の方も震えていた。

 ——時間の問題だな。

 ニコの勝利。スモモやアステティだけではなく、敵方もそう考えているようだった。

 だからこその行動だろう。

 魔法陣のうしろから、刀の男が飛び出してきた。

 動きが早い。

 目では追える——狙いはニコだ。ただ、スモモの足では追いつけない。

 ならば、とスモモは足を動かすのではなく、重心を低くし、しっかりと盾を構えた。

 ガキンッと衝撃が来たのは、その三秒後だった。


「予想的中。狙いがわかれば、当てるのもずっとラクだよね」

「いつの間にッ……!」


 スモモの目の前には、刀を弾かれてバランスを崩した男。

 その無防備な胴に、ここまでの苛立ちを込めて、思いっきり剣を叩き込んだ。


「が……ァ……」


 足を動かしていないスモモが、男の目の前に移動できた理由は、アステティの転移魔法だ。

 アステティはパワーこそないが、ひたすらに器用で、ニコの十倍習得している多種多様な魔法を、状況に合わせて一瞬で的確に選び取ることができるのである。

 そして、アステティがこういう状況で、なによりもまずニコを守る選択肢をとることを、スモモはよくよく理解していた。

 きっとアステティも、自分が盾にされるとスモモが理解していることを理解していて、この行動に至ったのだろう。

 スモモとアステティは、そういう信頼関係を築いている間柄なのだ。


「はーっ、すっきりー!」


 スモモは剣を引き戻す。

 男の体は左肩から右脇腹にかけて潰れるように切断されている。見開かれたままの眼球が動くこともない。死んだ、とみなしていいだろう。


「うそ……うそっ…………ニベツ!!」


 だれかの叫び声が聞こえたと同時に、ニコの炎が魔法陣を砕く。

 ふたりはそのまま炎の渦に巻きとられ、悲鳴をあげる間もなく全身を燃えあがらせながら倒れ伏した。

 三人は転がるように逃れ、そのうちふたりはすぐに起き上がり体勢を整える。どうやら火傷は負いつつも、致命傷とまではいっていないようだ。

 そして残りのひとりは体を起こすことなく、地面に這いつくばったままスモモの方へと手を伸ばす。


「ニベツ……! ニベツ!!」


 それは、魔法使いのかわいいお姉さんだった。

 ありゃ、とスモモは失態を悟る。かわいい人を泣かせてしまった。

 しかし直後、パン、パン、パン、と音がして、その涙もろとも吹き飛ばす勢いで、炎の渦が飛んでいった。

 お姉さんは無抵抗で黒焦げ、避けようとした人も避けきれず黒焦げ、魔法陣を展開した人も今度は瞬時に破られて黒焦げ。

 これで、敵は全員死んでしまった。

 かわいいの損失は、世界の損失。悲しい結末に、スモモの胸もひどく痛む。

 けれど、世界とはいつも無情なのだ。弱肉強食。彼らもスモモたちも大切なもののために戦い、そして強い方が生き残る。そういう運命だったのだ。

 スモモは振り返る。

 かわいいが失われた代わりに、スモモのより大切なかわいいは守られた。

 アステティもニコも負傷なし。魔力もまだ余裕があるはずだ。

 互いにフードを被っているせいで表情は読みにくいが、疲れているといった様子も見られない。

「さて」とスモモは気持ちを切り替えることにした。


「どんな感じかな? 監視されてるっぽい?」


「そうでございますね」とアステティが頷いて続ける。


「聞かれてはいませんが、見られてはいます」

「そっかあ。うーん。アステティの魔法で姿を消したら、監視の目は外れると思う?」

「わたしとニコは、姿を消しても魔力反応で感知されるでしょう。スモモも、わたしの魔力残滓がまとわりつくことなるので、感知が相当苦手という方でなければ、きちんと監視することができるはずでございます」

「『はず』……か」


 真白部隊リーダーのうみがスモモに指示した内容は、目立ちながら、でも隠れている体をとりつつ、交易都市アビに潜入することだ。できるだけ長く、できるだけ多くの監視の目を引きつけられるとなおよし、とも言っていた。

 潜入して、監視されながら行うのは、アンテナの設置だ。

 これはヤーナお手製で、携帯などの通信機器をベイルドア王国でも使えるようにするためのものである。

 当然、監視されているわけだから、そんな不審物すぐに破壊、もしくは回収・調査されるだろう。

 それでいい。そうして、多くの人員をスモモたちの方に割いてもらうことが重要なのだ。

 なんだったら、人員を割いてもらいさえすれば、アンテナなんて極論どうだっていいのである。

 本当の任務の正否を握るのは、スモモたちではないのだから。


「……さっきの戦闘に加わらずに監視を続けてたんだったら、そっち方面がめっちゃ得意で、ちゃんとわたしのことまで見逃さないくらいの能力があるって信じたいな」

「ねえ、モモお姉ちゃん」


 ニコがスモモの袖を引く。

 そのかわいらしい仕草に、スモモは心臓が停止するような錯覚を覚えた。


「念のためにさ、五分くらいで魔法が切れるって設定にしておいたらいいんじゃないかな。五分に一回は、ちゃんと姿を見せるの。そしたら、モモお姉ちゃんが別行動してるかもなんて変に疑って、余計な場所にまで監視を広げようだなんてしないんじゃない?」

「天才! それでいこう!」

「さすがニコでございますね!」


 スモモとアステティは、同時にフードの上からニコの頭を撫でくりまわした。


「……もう。これくらい、テティお姉ちゃんだってすぐに思いつくでしょ」

「いいえ! お姉ちゃんなんて、ニコの足元にも及びません! 本当に……うっ……謙遜までできるなんて、本当にいい子に育って……!」

「天才だねえ、かわいいねえ、あーホントかわいいねえぇ~」

「も~、お姉ちゃんたちってば! 早く行こうよ!」


 ぷんすか、という擬音がぴったりな怒り方をするニコは、目眩がするほどにかわいい。

 けれど、いつまでもそのかわいさに浸ってはいられない。

 アステティに透明化の魔法をかけてもらい、よし行こう、とふたりに声をかけようとしたスモモは「あれっ」と首を傾げた。


「これ、わたしもふたりのこと見えなくなっちゃうんだね」

「声は聞こえるでしょう? きちんとついて行きますから、気にせず進んでください」

「え~、なんか不安だなあ」

「仕事内容自体は簡単でございますし、見えない程度で不安に思う要素はないと思いますが」

「そうだけど、心細くなっちゃうんだもん。……まあでも、もっと不安に思うことと言えば」


 これから潜入する街道の先、アビの方へと視線を向けて、スモモは小さく呟いた。


「仲良くやれてるといいけど」

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