17.二国の異世界人(1)
「例の占い、行ってみました」
そう言ったのは、アステティだ。
リムククは食後のデザート——二個目のチョコタルトを食べる手を止めた。
「行くって聞いてない」
「ニコとお買い物をした帰りに、そういえばと思って寄っただけでございますから」
「そういえばで寄らないで。危ない人だったらどうするつもりだったの」
「全力でニコだけでも逃がすつもりでございました」
——なにそれ。
リムククは眉をひそめる。
いま同じテーブルについているのは、アステティとニコ、シィレのみ。スモモとヤーナは少し離れたところでテレビゲームに集中しているし、うみは入浴中だ。
スモモかうみが聞いていれば、『自分を大事にしなさい』としっかり注意しただろうが————リムククは横目でシィレを見た。
「ふふんふんふんふふ~ん」
テレビから流れる音楽に合わせて鼻歌を歌いながら、ウイスキーをちびちびと飲んでいる。
まだ泥酔状態までは到達していないようだが、果たして話を聞いているのかいないのか。
リムククはため息をついて、隣でタルトに舌鼓を打っているニコへと話しかけた。
「姉にこんなこと言わせたままでいいの?」
「ん?」
ぱちくりと大きな目が瞬く。
リムククにとって、ニコはこの家のなかで唯一の年下だ。そのせいなのか、そんな何気ない所作も非常にかわいらしく見えてしまう。タルトに乗っていたチョコ飾りも、ニコに譲ってあげたくらいだ。
「ククお姉ちゃんの心配もわかるけど……でも、大丈夫だよ。もし危ないことになったら、こわいけど、ボクがんばるから。だから、大丈夫」
大丈夫、の根拠がない。
けれどニコは、本気で大丈夫——ほかの魔法使いに負けるなんてあり得ない、と思っているのだろう。
口ではこわいと言いつつも、ニコは自信家なのだ。そして、その自信に見合った実力を兼ね備えた強者でもある。
リムククは、それ以上言い募るのもなんだか馬鹿らしくなり、「……そ。ならいいけど」とタルトにフォークを刺した。
「それで? 行ってみて、テティちゃんはどう思ったのかしら」
——シィレ、話聞いてるじゃん。
頬杖をつきながらアステティに尋ねた彼女を、リムククは密かに睨みつけた。
「まず、たしかに異世界人の子孫で、能力者のようでございました。しかし、あまりにも……」
「弱かったんだ?」
「……ええ、まあ。忌憚なく言えば、そうでございます。占い師も、能力者だという自覚がほとんどないようで。占いにも意識的に魔法を使っているというより、少し力んだ拍子に漏れ出た程度の魔力が、偶然占い結果に反映されただけといった印象——」
「あはは、その表現、うんちみたい!」
笑うシィレに、リムククはフォークを突きつけて「食事中!!」と怒鳴った。
「ニコの前で品のない言葉を使わないでくださいます?」
アステティも穏やかな表情、穏やかな声色のまま激怒している。
しかしそんな怒りを気にした様子もなく、シィレはケラケラと笑いながら続けた。
「きちんと魔法を教えて育てれば、役に立つレベルになったりするんじゃなぁい? 占いって、要するに未来予知でしょ? いまのこの国にはない魔法だし……お姫様、欲しいと思っちゃうんじゃないかしら」
「……はあ」
アステティが、これ見よがしにため息つく。
「簡単に教えるなどと言いますが……わたしとニコは魔力の在り方から違うので、教えられませんよ。どちらかといえば、あなたに近いタイプだと思いましたが」
「えー、なぁに? お酒ガバガバ飲んで、占いしてたとかかしら」
「違います。聞いたところによると、日没後や屋内での占いは、極端に精度が下がるそうでございます。恐らく、日の光を浴びるなどの条件を満たすと、魔力を生成できるタイプではないかと。だから、教えるならあなたが適任でしょう」
「めんどくさ」
——自分から話を振っておいて、こいつ……。
リムククとアステティの思いは、きっとシンクロしていたことだろう。
シィレは、もう喋る気がなくなったのか、ウイスキーを注いでは煽るという不健全極まりない行動を繰り返すばかりになってしまった。
これだから、一番年長で、一番長く帝国で暮らしているくせに、リーダーも副リーダーも任せられないのだ。
……まあ、違う面では頼りになるし、助けてもらったこともあるし、どうしようもない普段のシィレだって嫌いではないから、もしみんながシィレに呆れて見放したとしても、リムククは『仕方がないから、あたしだけは見捨てないであげよう』と考えているわけだが。
「テティお姉ちゃん」
タルトを食べ終わったニコが、アステティを呼んだ。
それだけで、アステティの周りの空気がぱっと華やぐ。
「どうしましたか? おかわりでございますか? べつのデザートも用意してございますよ」
「ううん、シィレお姉ちゃんの話の続き。占い師さんのこと、報告書にして姫ちゃんに教えるんでしょ? 姫ちゃん、占い師さんを欲しいって思うと思う?」
「んんん……そうでございますね……」
アステティは顎に手を添え、宙に視線を投げながら答える。
「占いが当たる最大確率が七割。お遊びであれば十分に高いと思いますが……為政者が頼るには心許ない数値でしょう。香水の方も、あのような低抵低濃度では、百本そろえたとしても、わたしの魔力補給薬一本分にすら届きません。もちろん今回のように、低低低濃度な粗悪品であっても活用しようとする者は出てくるでしょうが……ああ、でも、お姫さまの性格を鑑みれば、そういう活用はあり得るかもしれませんね。現状、どうせいてもいなくてもいいのであれば、釣り餌にでもなってくれれば——」
「ふーん?」
「ああっ、ごめんなさい、長くなってしまいましたね。わたしの結論としては、お姫さまは放置する可能性が一番高い、でございます。もし監視などをすることになっても、それは人数の多い真紅部隊の仕事になるでしょう」
「……そっか。お姉ちゃんが言うなら、きっとそうなるよね。よかった、お仕事が増えなくって」
ニコはブラックコーヒーを飲み干し、席を立つ。
そして、にっこりと笑った。
「今日もおいしかった。ありがと、お姉ちゃん」
「そうでございますか! ニコのその笑顔を見れただけで、すべての苦労と苛立ちが消えてしまいました。さすがはニコでございますね!」
「も~、恥ずかしいよぉ」
そう言いながら皿やカップをシンクに運んだニコは、そのまま「ボクもまぜて~」とスモモとヤーナの方へ行ってしまった。
三人で楽しそうにゲームを始めようとしているところを見ると、リムククもその輪にまざりたくなる。けれど、今日のデザートはとくに好みで、もう少しだけこちらを楽しんでいたい気持ちも強い。
「はあぁ……。ニコの笑顔は、きっといつかすべての世界を救うに違いありません……。こちらに来てから、ますます元気に、かわいらしくなってしまって……」
「アステティ、おかわり欲しい」
「——あら、三個目でございますよ? リムククは細いのに、本当によく食べますね」
「あたし、これ好き」
「まあ。まあまあまあ。リムククがはっきり好きと言ってくれるだなんて。ふふ、ちょっぴり奮発したカフェオレを作ってあげますね」
「アステティ、わたしもー!」
スモモが、テレビ画面から目を離さずに叫んだ。
しかしアステティは、にべもなく「ご自分でどうぞ」と断った。
アステティは年下のリムククを、ニコほどではないにしろ甘やかしてかわいがってくれるが、スモモに対してはいつも辛辣だ。もちろん、ニコとの時間を邪魔されたり、ニコに害が及びそうになったりしたときは、だれに対しても辛辣ではあるのだが。
ただそれは、アステティがスモモに甘えている証なのだと、リムククは思っている。
どんな態度をとっても、スモモはアステティを嫌わない。きっとアステティは、そう考えているはずだ。
実際に、断られたスモモは「冷たい……! でも、そんなところもアステティのかわいい魅力だから仕方ない……!」とリムククには理解できない理由で悶えている。
ゲームしながら器用だな——なんて、おかわりとカフェオレを待つ間、ぼんやりスモモたちを眺めていたときだ。
「ぴぎゃんッ!?」
廊下の方から、間抜けな叫び声が聞こえてきた。耳と尻尾がぴんと立ってしまったのはご愛敬だ。
いまこの場にいないのは、お風呂に行ったうみだけ。
——ああ、いつものか。
リビングダイニングは、そういう空気に包まれる。
唯一、ヤーナだけが「んひひっ」と笑っていた。
なんというか、うみはこう……非常に頼りになるリーダーなのは間違いないのだが、すこーしだけ抜けているというか、まあいわゆるドジなのだ。
何度も何度も何度も、うみだけがヤーナの悪戯に、毎回律儀に引っかかっている。
「ヤーナぁあ!!」
案の定、バタバタと足音を立てながら、うみが登場した。
バスタオルを巻いただけの姿で、顔から首、肩のあたりまで真っ赤にして怒っている。
「これ! ヤーナでしょ! 目の前に降ってきたんだけど!?」
「ひっ、んひっ、ひひひひっ」
うみが突き出すように見せてきたのは、蜘蛛——のように見えなくもない毛玉。
今回の悪戯は、機械だとかは関係ない、幼児が考えたビックリジョークみたいなものだったようだ。
「ああ……たしかにお風呂掃除のとき、天井パネルが一か所変わっていましたね。気づかなかったのでございますか?」
「だ、だって、お風呂で眼鏡なんてかけないから……! っていうか、気づいてたなら、わたしが入る前に教えてよ!」
「すみません。お夕飯なににしようか考えていたら、忘れてしまっていました」
「くうぅ……! 毎日ごはん考えてもらってるから、それを持ち出されると……!」
うみとアステティがそんな会話をしているのを横目に、ヤーナはコントローラーを投げ出して大爆笑だ。
さすがに、と思ったのか、スモモが「こら」とヤーナを人さし指で小突いた。
「お風呂場は危ないからダメだよー」
「んひひっ……些細なことにビックリするのも、観察力が欠けているのも、滑って転ぶのも、戦場じゃ命取り。ヤーナは訓練してあげてるだけ」
「ぜぇえったいウソ! いや、ウソじゃなかったとしても、それでありがとうなんて思わないから! わたし忙しいのに、がんばってるのに、今日も昨日も一昨日もその前も……!」
——ああ……すごくストレス溜めてるな。
うみの短所だ。真面目で、一生懸命で、だからこそストレスを溜めやすくて——そして、爆発させる。
リムククはただ、その爆発先が自分にならないことを祈るばかりだ。
「もうこうなったら! わたしの仕事! 明日はヤーナにやってもらうからね!」
「げっ」
ヤーナの笑い声が一気に引っ込む。
恐る恐るといった様子でヤーナは「半分だけなら……」と訴えるも、「わたし明日休む! もう決めた! いま決めた!」と駄々っ子のように拒否されている。
どうやらうみは、ストレス第一段階解放に至ってしまったようだ。
——まあ、あたしには関係ないし、第一段階ならまだ全然大丈夫かな。
リムククはそう結論づけ、のんびりとおかわりを待つ態勢に入った。
うみの駄々っ子モードを止めたのは、スモモである。
「鯨ちゃん、お休み久しぶりじゃない? ね、どうせ明日も学校休みにするんでしょ? わたしとデートしようよ」
「えっ」
意気消沈。
うみは、まさしくそんな表情をした。
「えっ、やだ? うそ、ちょっとショック……」
「ち、違う違う! 嫌なんじゃなくて……」
はあぁ、とうみは大きく息をつく。
そして、またストレスがのしかかったかのように肩を落として告げた。
「このあとの業務連絡でまとめて言おうと思ってたんだけど……モモちゃんには明日から、敵国ベイルドアに行ってもらわなくちゃいけないの」




