10.副業おたすけ屋さん(4)
「えっ……スモモさんも? ここの? えっ、本当に? だって、それってつまり……でも、ああでもうそ、本当の本当に……!?」
スモモは首を傾げた。
なんだかトタンが興奮している。
カウンターを挟んだヤーナの向かいにイスを三つ並べ、スモモはトタンに座るよう促しながら「ちなみにこれ、ほかの人にはヒミツね」と言った。
すると、トタンの興奮の度合いがさらにあがる。
「ってことは、そうなんですね……! ヒミツの……うわあぁ……! そっか、だから、ずっと笑顔で堂々としてて……あのっ、あの! もちろんヒミツにするんですけど、あの、代わりに——握手してくださいっ!」
「さっきまで繋いでたよね?」
とはいえ、かわいい子との握手は歓迎すべきことなので、スモモは差し出された手を両手で包み込むようにして握った。
次いで、トタンはヤーナとリムククにも目を向ける。
「ト、トタンです。よろしくお願いします……!」
そしてトタンは、スモモにしたよりは少し遠慮がちに手を出した。
すぐそれに応じたのは、ヤーナだ。おもしろおかしいものを見るような表情で、「よろしく」と握手を交わした。
しかしリムククは鬱陶しそうな表情をするばかりで、一向に手を動かそうとしない。
「ほーら。こっちでは握手も挨拶の一種なんだから、恥ずかしがらないの」
「べつに恥ずかしがってるわけじゃ…………ちょっと!」
スモモはリムククの手を握り、トタンの手と重ねた。
触れ合っていたのは、ほんの一秒という短い時間。けれどトタンは満足そうに「ありがとうございます……!」と感謝を述べた。
正直、なぜそんなに大袈裟な反応をするのかスモモにはわかりかねたが、とりあえず喜んでいるトタンがかわいいのでそれでよしとする。
「じゃ、まず先に、今日学校で起きたことをざっと説明するんだけど————」
そうしてスモモは、主にヤーナに対しての説明として、ロッカーが荒らされていたこと、トタンの学生証と鍵が盗まれたこと、それと周囲からスモモとトタンが『異世界人でスパイである』という疑いをかけられていることなどを話した。
「————とまあ、こんな状況。で、もちろん今回のはただの嫌がらせっていう可能性もあるんだけど、もしかしたらって思うことがあって。とりまトタンちゃん、わたしに話してくれたこと、もう一回お願いしていい? できれば、もっともっと詳しく、いつからとか、なにをとか、どういう状況でとか、そういうのも含めて」
「は、はい」
トタンは若干緊張の面持ちで語り始める。
「たしか、二か月くらい前……だったと思います。父の経営する店で、盗難があって。取り扱ってる商品は、父の友人たちが作っている少し高価な化粧品が中心で、あの、けっこう人気なんです、そのブランド。だから店頭ではこういう、透明な鍵付きのケースの中に並べているんですけど」
トタンが、こういう、と手の動きで示したのは、高さが低く横に長い箱型。奥行きもあまりないような雰囲気だから、恐らく見本だけを店頭に並べ、客が購入を決めた分だけバックヤードから随時取り出す形式なのだろう、とスモモは推察する。
「そのケースの中から、いつの間にか物が消えているそうなんです。それも毎回、香水だけが」
その情報は初耳だ。
スモモはトタンに問いかける。
「香水だけ? 高いの?」
「はい。メインブランドとはまた別なんですけど、ほかより高価格で、毎月決まった数量しか出さない限定販売品です」
「うわあ。そりゃあ狙われてもしかたないかぁ」
「そうですね、だからこそ何回か盗まれたあとは、そのケースの中にも置かないようにしたと言っていました。ポップだけ置いて、今月残り何個ですよ、実物を見たい人は店員に声をかけてください、みたいなことを書いて」
「うんうん。まあ、当然の対策だよね」
「そうしたら今度は、裏に積んであった在庫の数が、いつの間にか減っていたようで」
「じゃあ、犯人は店員でしょ」
つっけんどんにリムククが言った。
それに対して、ヤーナがふっと鼻で嗤う。
「そんな単純な話なら、スモモがわざわざ連れて来ない。おまぬけ猫ちゃん」
「んにゃっ……!?」
「はいはい、どうどう、よーしよーし」
スモモは、立ち上がりかけたリムククの肩をすばやく掴み、きちんとイスに着席させる。
「かわいい喧嘩はあとでしようね。……ごめんね、トタンちゃん。続きどうぞ」
「え、あ、はい。えーと、それで……そう、父も最初は店員を疑ったみたいです。だから、お店のいたるところにカメラをつけたと」
「カメラ」
ヤーナが食らいつくような勢いで前のめりになった。
「どこ製?」
「どこ製…………? その、ごめんなさい、あまり詳しくなくて。でも、異世界技術のもので、高かったと言っていた気が」
「じゃあ、サウスポール製。いまこの国で出荷してる異世界タイプカメラは、このヤーナの作ったものだけだから」
「…………ええぇっ!? ヤーナさんが作った!?」
「そう。サウスポールは、ヤーナのブランド。故郷の名前をつけた」
目を丸くしたトタンを見て、ヤーナは、ふふん、と胸を反らした。声にも嬉々とした色が乗っている。
「自慢げヤーナ、かわいい~」
「そういうの、あとにして。それで、カメラを設置した結果は?」
相変わらずつっけんどんなリムククの物言いに、ぽそっと「さっきは自分が話を遮ったくせに」とヤーナが呟く。
トタンはそんなヤーナを気にする素振りを一瞬見せたが、けれどリムククの言葉に従い、話を再開した。
「それが、犯人の姿はどこにも映っていなかったんです。だれも近くにいない状態で、その香水の瓶だけが、ぱっと……あの、わたしは映像を見ていなくて、あくまでも父の感想なんですけど、でも、まるで噂に聞く魔法みたいに、ぱっと消えてしまったと言っていました」
「ね、ね、どう? いかにも、うち向けの案件って感じでしょ?」
スモモはヤーナを見つめながら言った。
おたすけ屋さん——それは、真白部隊のもうひとつの顔というやつだ。
白百合姫からの依頼を受けるのは真白部隊。一般人からの依頼を受けるのはおたすけ屋さん。そういった使い分けをしている。
とはいえ、おたすけ屋さんは、いわゆる副業。真白部隊での仕事の空き時間にやっているものであって、ゆえに受け入れる依頼には制限をかけることになっている。
その制限というのが、異世界に関わる案件であること、だ。
真白部隊のなかで一番頭の回転が速く、またセーリンド帝国内のどの技術までがこの世界由来で、どのラインを越えれば異世界由来になる可能性が高いのか、そのあたりを一番理解しているヤーナが、依頼を受け入れるかどうかの判断をする役目を負っている。
そんなヤーナはスモモの視線を受けて、ひとつ頷いた。
「たしかに、不思議事件。おたすけ屋さんに相応しい。……でも」
ヤーナの目がトタンへと向く。
「学校での窃盗とお店での窃盗は、無関係かも」
「……やっぱり、その可能性の方が高いんですね」
「うん。学校の方は荒らされているから、手口がまったく違う。もちろん、手口が違うと思い込ませるためのミスリードだっていう可能性もなくはないけど……まあ、どっちにしろ、まだ可能性の段階だから。いいよ、ヤーナも気になってきたし、一緒に調べてあげる」
「やった! 正式受理決定!」
スモモは両手をあげる。
これでヤーナからの『いいよ』をもらえなければ、不用意に自分たちの情報をバラまいたことを怒られたうえで、トタンの記憶を消去しなければならなくなるところだった。
「トタンちゃん、あとはわたしたちにドーンと任せてくれていいからね!」
そしてなにより、かわいい子の不安と涙を拭うことができるのなら、スモモにとってはそれが一番なのであった。




