1.学校への潜入(1)
「学校……ですか?」
うみは、三つ編みの黒髪を揺らしながら顔をあげた。
うみが跪いているカーペットの先。壇上の玉座。そこにちょこんと座る少女が、小さく首を傾げる。
「不思議そうな顔。わたくし、そんなにおかしな話をしたかしら」
玉座から零れ落ちそうなほど長く、艶やかな銀髪。黄金の瞳。
儚げで、かわいらしい少女——その頭には、重たそうな冠が鎮座している。
彼女は、セーリンド帝国の女帝。通称、白百合姫だ。
「モモ——スモモは……あまり学校が得意じゃないので、嫌がると思います」
「そう。でもそれは、うみとスモモが昔いた世界での話でしょう? 案外、すんなり従ってくれるかもしれないわよ」
彼女の黄金の瞳が、うみをじっと見つめている。
——あの目は、苦手だ。
うみは顔を伏せ、カーペットへと視線を落とす。かけている眼鏡が少しズレたが、位置を直すことはしなかった。
「それなら、学校に行かせなくちゃいけない理由を教えてください。もしくは、スモモ以外の子じゃダメなんですか?」
「スモモがいいの。わたくしが決めたの。それ以外の理由って、必要?」
儚げで、かわいらしい——そんなの、上っ面だけだ。
穏やかなのに、有無を言わさぬ声色。微かな衣擦れの音から感じる、なまめかしさ。そして、こちらを飲み込んでしまいそうな眼差し。
早くてあと二、三年——成長が進めば、彼女は視線だけで男を操れる『魔女』へと開花するだろう。
だというのに——うみはそう確信しているというのに、世間は白百合姫を絶賛している。
彼女の一挙手一投足に目を奪われる、とは親友の言だ。無垢であどけなくて、守ってあげたくなる、とも言っていた。たまに見せてくれる無邪気な笑顔が好き、とも。
うみは、黄金の瞳だけでなく、白百合姫を構成するすべてが苦手だ。
しかしそれでも、大切な人のために——と口を開きかけたとき。
「ご褒美をあげる」
静かな、清らかな、穏やかな声が降ってくる。
「スモモに言って。あなたの望むものを用意できそう、って。だから————お願い、うみ」
ああ、とうみは声にならない声を吐いた。
白百合姫って、いつもこう。異世界人は自分に従って当たり前、自分色に染まって当たり前だとか思っているんだから。
元同級生の顔を——うみの一番大切な人の顔を思い浮かべる。
また面倒事を押しつけられた。断れない。ごめんね。いっぱいフォローするからね。だから、一緒にがんばろうね——モモちゃん。