第一部 承-1
すっかり作戦本部と化した海の家。
四人とも今世の姿に戻っていた。
が、ミコトは立つのがやっとなほど疲労していた為、店の奥の小上がりに横になりユウトがその手を握っている。
ユウトがミコトの体内の魔力を循環させ、回復を早めているのだという。
前の世界には空気中に魔素と呼ばれる魔術の材料となるエネルギー物質があったが、今世には存在しないので体内の魔力を使うしかないのだ。
巨大な魔物を完全に包み込めるほどの強力な結界を張って平然としているアキラの方が異常なのである。
長岡や犬飼らは事後処理と政府と今後の方針についての協議、完全にギャラリーと化していた野次馬への対応などに追われている。
「で、全部説明してくれるんでしょうね?」
現世の子供の姿に戻り座ったアキラの前に同じく女子高生に戻ったツバサが腕を組み仁王立ちしている。
膝に手を置いたアキラが更に身体を小さくする。
「ね、姉さん、とりあえず座ら「このままで大丈夫」は…はい」
絵面は完全に小学生をイジめる高校生だ。
「まず、名前呼べないのはなんで?@#&、@&#、#@#& ・・・あぁ〜気持ち悪い!」
「あぁ、そうだね。何でかわからないけど前の言語は使えないんだ。だから、呪文発動も無理だね」
呪文発動とは高等魔術や魔術が得意じゃない者が魔術を使う時に用いる補助的な発動方法だ。
「あれ?でもさっきミコトが言ってたじゃん」
「あれは結界魔術の文言を間違えない為にこっちの言語で口に出してただけで、結局は向こうの言語に頭の中で翻訳して詠んでるよ。師匠器用だよね」
呆れるほど難しい芸当をしている。
「じゃあ魔術言語を聞き取れないし読めないから、こっちの人は魔術が使えないの?」
「そういう事。まぁそもそも魔素が存在しないし、魔素がないから魔力のある人間も居ないし、使えなくても科学の力があるから困らないとは思うけど」
「・・・アキラは何であの姿なの?」
「え?」
「私が死んだ時はこのくらいしかなかったじゃない!」
キョトンとしたアキラに、自分の顎の下で手を水平に横に振る。
「あぁ〜」
「あぁ〜じゃないっ!なんであんなカッコよ・・・大人になってんの!?」
気のせいかツバサの頬が少し赤みを帯びる。
「あんな姿になれるなんて聞いてない!」
「いや、誰から聞くのさ・・・姉さん達が食べられた時、僕はまだ十五歳だったでしょ?あの後、魔術の研究をしながらずっと逃げ続けて多分人類の最後の方まで生き残ってたから・・・今の年齢差から考えて七年くらいの期間だし、二十一か二十二歳の時の姿かな?」
「え、な・・・ 七年?」
「そう、あの時渓谷に誘き出して討伐しようとしてたでしょ?僕、崖の上から見てたんだ」
あの時、つまり三人が飲み込まれた時だ。
記憶が呼び戻される。
始まりはいつ戦争になってもおかしくないほど緊迫状態にあった隣国から異例の救援要請を受けた事だ。
王国の南側に位置する帝国は元々複数の民族で成り立っていた。
が、第三皇子が父親を殺し皇帝の座に就いてから、近くの少数民族地を侵略しその国力を伸ばしていた。
侵略した土地の民族は奴隷に、国民から税と称して食糧を奪い、周辺諸国の和平条約も平気で破るような悪名高い皇帝になったのだ。
その為、救援要請も最初は罠が警戒されたのでまずは斥候部隊が帝都へと投入された。
だが、現地で部隊が目にしたのは人も魔獣も食べられた無惨な跡地だけだった。
皇帝が住んでいたであろう周辺は全て更地になっていたのだ。
知らせを受けて現地調査の為の魔術師部隊が編成され、我が王国に向けて今までの記録にない魔物が向かって来ている事が判明したのがその数日後。
すぐにツバサら王国騎士団と魔術師団の精鋭が魔物の討伐作戦に指名された。
あの時の魔物のサイズは二階建ての家ほどで、同じくらいの魔物を討伐していた騎士団魔術師団にとってさほど難しくない相手だった。
そのはずだったのだ。
身体の大きな相手には狭い場所をと選んだ渓谷は逃げる事が出来ない壁となり、切断しても爆破しても気付けば元に戻る触手は昼夜問わず蠢き続け、減る事のない無数の触手は無力感を与え、仲間達は疲弊し、気付けば一人また一人と飲み込まれて行った。
「あの時、アキラも見てたの?」
「うん、何日経っても帰ってこないから心配で見に行ったんだ。姉さんが飲み込まれるのも見てた。・・・なんで僕は一緒に戦ってないんだろうって思ったよ」
前世での一番最初の記憶はまだ十二歳くらいの頃だ。
アキラはまだ七、八歳。それ以前の事もうっすら覚えてはいるが、毎日ゴミを漁っていた記憶しかない。
二人とも親はなく、いつの間にか一緒にいた小さいアキラを守りながらスラム街の隅で生活していた。
そんなある日、たまたま見回りをしていた団長とミコトに高魔力の証、アキラの白銀の髪が見つかり、連れて行かれないよう戦ったんだっけ。
結局夫婦だった二人の家に保護され、ツバサは団長に剣を、アキラはミコトに魔術を学び育った。
成人して十六歳になったツバサは騎士団に入り、十九歳で副団長に就任し、二十歳で死んだのだ。
「もっと早く生まれてれば姉さんと一緒に死ねたのにって思ったよ。でも、三人が飲み込まれる直前に光に包まれてたのが見えてきっと転生魔術だろうと思って。すぐ後を追おうとも思ったんだけど、光の中で姉さんの魂が半分になるのも見えたんだ。そうしたら、アイツ姉さんの残り半分の魂を探し回ってて・・・だから、アイツを放置しちゃダメだ、倒してからじゃないと姉さんの所には行けないって思ったんだ」
「でも、それから七年間もずっと研究してたの?」
アキラの過ごした長い日々を想像し、喉の奥が詰まる。
一人でどうやって過ごしたのだろう。身の回りの人がどんどん食べられてゆく中で七年も・・・
アキラはツバサの顔を見て困ったように笑う。
「研究だけじゃないよ。アイツの生態を観察してたし、生き残った人達を避難させたり、各国の残ってる魔術の資料を集めたりしてたし・・・うん、でも、やっぱり魔術の研究に一番時間は使ったかな。ただ転生したんじゃ意味がないから、絶対に姉さんのいる世界に転生すると決めてたんだ」
小さかったあの子と同じ強い意志の火が灯る瞳。色が何色だろうと変わらないんだな、と悲しくも嬉しくもある。
「まぁ結局倒すエネルギーがあの世界には残ってなくて、僕も転生せざるを得なかったんだけど」
ははっと笑ってみせる。
「一人で寂しくなかった?」
「逃げた先々にまだ人は生きてたから、一人じゃなかったよ。でも、その人達がどんどん居なくなっていくのはちょっとしんどかったかな・・・」
最後に一人残されていく気持ちはどれほど辛かっただろう。目を伏せたアキラの頭を優しく撫でた。
柔らかな髪の毛を慈しみながら、ふと思い出した。
「そういえば、なんで私に昔の事を思い出して欲しくなかったの?」
ギクッ
もし漫画なら頭の上に文字が浮かび上がるほどの動揺。
見事なほどに動揺している。
「え?」
そんなに慌てる事?
「いや、ほら、やっぱりこっちの世界で普通に生きて来たんだし、昔の記憶なんて無い方が」
「アキラ?」
「・・・とか思ったりしてさぁ・・・」
完全に目を逸らしながら言い訳をするので、頭を掴んで正面を向かせる。
目が合って逃げられないと観念したのか小さい声で話し始める。
「だ、だって、姉さんの記憶戻っちゃったらさ、僕の事また弟として見るでしょ・・・」
「何言ってんのよ、弟じゃない」
「だからぁ・・・前もそうだったけど血は繋がってないじゃん!だから、記憶が戻んなきゃ僕の事ちゃんと男として見てもらえると思ったの!」
「アキラは男の子でしょ?」
「だからそうじゃなくて・・・」
文字通り頭を抱えるアキラ。
眉間に皺を寄せて何を言ってるんだ、と顔で表すツバサ。
奥で横になっているミコトとユウトの二人は
「不憫だねぇ・・・」
「ハッキリ言わないアキラも悪い」
と苦笑いしていた。
生死を跨いだ再会は何日かけても話が尽きる事が無いが、キツネ顔のサラリーマンが飛び込んで叫び声で中断させた。
「な、なんか喋ってますぅ!!」