9話 知っているけど知らないもの
死にかけた後に体に入れる美味しいもの。私が思うに、これより素晴らしいものってないと思う。特に、本当に特に今はそう感じながら、お昼ご飯のカレーを口に入れる。
あの後、結局筋トレは持久走と同じくらいどころかもっと長い時間までやらされたせいで、脱落してペナルティを食らう人が続出していた。
私は辛うじてなんとかカレーを美味しく頂ける程のダメージしか貰ってないけど、目の前で机に突っ伏してる凛はペナルティでご飯どころじゃないらしい。
「柳田凛、あんたちゃんと食べなさい。この後の魔法訓練で死ぬわよ。」
私の倍くらいのスピードでカレーの一杯目を食べ終わって、おかわりを頬張るルイがそう言った。その小さな体のどこにそんなに入るんだろう。
そんなことを思っていると、突っ伏したまま動かなかった凜が、首に重りでも付けられたかのようなゆっくりさで顔を上げた。
「凛ちゃんは…インドア…なんだよ…。ていうか、なんで鏡はそんなピンピンしてるのさ…」
「私?うーん、私は家帰っても暇だから、毎日どこまで遠く行けるか走ってたからかな。」
「えぇ…?」
凛の顔がこの世のものを見るとは思えない顔になった。この顔を見るのは入隊式以来かも。
でも実際、私自身自分が変な子だとは割と自覚してる。凛はクラス違ったから知らないと思うけど、実は私は体育でもクラスぶっちぎりだったんだ。自分としては勝手にそうなってただけなんだけど、それが崇められる原因にもなっちゃってたんだよなぁ。
まあ、私の昔の習慣がここで役に立つとは思ってなかったけど、案外使えたしとりあえずやっててよかった。あの時は、知らない所にいくワクワクくらいしか、面白いものが無かったってだけの理由でやってたんだけどね。
「佐倉鏡、あんた大したものよ。軍家でも割とへばってる奴いたのに、死にかけだけどよく耐えたわ。」
私と凛が話してる間に、いつの間にかカレーを食べ終わったらしいルイが褒めてくれる。自分はほとんどダメージ受けてないくせに、よく言うよほんとに。
「フィジカルは乗り切れたけど、この後は魔法訓練だし、改めて気合い入れないとかな。」
「そうね、あんたたち魔法初めてなんだし頑張りなさいよ。」
「…正直僕もう動きたくない。鏡おんぶして…。」
「ダメ、毎日やるんだから耐えて。」
元々のダメージにおぶってもらえないショックが加わって、凛の顔がもう死にかけてる。
全員がカレーを食べ終わったタイミングで、私達は初めての魔法訓練に向かう。
訓練初日のメインイベントの到来に、さっきまで燃え尽きてた凛にもちょっと生気が戻ったように見えた。足はガックガクだけど。
「でも気になるな~。魔法の訓練ってどんなことやるんだろうねー。」
「昨日も言ったけど、多分補助魔法を最初に教えられると思うわ。その後は属性魔法の適性診断ってとこね。」
『適性診断…?』
昨日聞いていない言葉に私と凛の疑問が被る。それに対してルイは、『そういえば言ってなかった』みたいな感じで目を少し丸くしてこっちを見てから、また前を向いて話し出した。
「言ってなかったけど、属性魔法は基本一人一属性しか使えないの。だからその適性を測るってことよ。」
「えぇー、僕てっきり基本属性は全部使えると思ってたよ。じゃあ明里ちゃんは四属性と光属性じゃなくて光属性しか使えないってこと?」
私も凛のその認識と一緒だったからちょっとびっくり。今日の朝二人で、四属性でそれぞれ二十個の技があるから覚えるの大変だーって話してたのに。あと白河明里をそう呼ぶのは軍部では結構まずいと思う。
「そういうことよ、あとその呼び方怒られるからやめなさい。」
「はーい。」
そんな会話を続けながら歩いていると、あっという間に魔法訓練場に着いた。入ってみると部屋は思っていたよりも大分大きくて、一周200mあった体育館が小さく見えるほどだった。そのため、既に多くの人が集まっていたが、人数がさっきより少なく感じる。
皆が整列しているところに加わると、入口からは見えていなかった目の前に並べてある銃が目に入った。
(え…?銃?なんでここに?)
魔法訓練、そう聞いてきたのに、目の前には100年前の対戦で使われたって学校で習うほどメジャーなただの兵器が置いてあって戸惑いを隠せない。それは私や凛どころかルイまで一緒で、目の前の状況に理解が追いついていない様子だった。
「ねえルイ、あれって銃だよね…」
「……これ、銃って言うの?。そもそもあたしはこれが何か知らないわ。あんたたち、なんでこれの名前が分かるのよ。」
顔に初めてハッキリとした困惑の表情を浮かべながら、ルイはそう言った。私達はどうして銃が魔法訓練にあるのか疑問だったけど、どうやらルイは銃の存在自体知らないらしい。普通に学校で習う程度の知識をこいつが知らないとは思えないんだけどな。
「え、僕達普通に学校で100年前までずっと戦争で使われてたって習ったよ?」
「これが?100年前まで?それはないわ、だって戦争で使われてるのは遥か昔から魔法だけだもの。」
聞くと、どうやら私達とルイの間には軍事の歴史に関してかなり齟齬があるらしい。私達は銃を使って戦争してきたって習ったけど、ルイは魔法の戦争だって教わったらしい。
でも多分、昨日の入隊式の戦闘を見る限りはルイの言ってる歴史が正しいはずだ。それなら、銃って一体なんなんだろう。
「んー、学校で戦争で使われてた物は銃って習ってたのは、多分魔法のことを教えないためなんじゃない?」
少しの沈黙のあと、ずっと考えていた凛がそう言った。確かに、魔法のことなんて軍部に入るまで一切何も知らなかったほど、魔法の情報は規制されてた。
だから、学校で嘘の歴史を正当化するために国が作った存在しない物だって考えるのが妥当だろう。やっぱりこいつは頭いいなぁ、すごい。
「あんた達の話を聞く限り、それが一番可能性としては高い、というか絶対そうよ。でも、だからこそこの目の前のものはなんなのよ。」
「んー、見た感じ習った銃と全く同じだけどな~。僕もそれはよくわかんないね。この考えがあってるなら銃なんてないはずなのに。」
食い違う認識、銃なのかすらわからない目の前の銃。
摩訶不思議なこの状況を前に私たちは三人仲良く首をかしげ、とりあえず訓練開始を待つことにした。
魔法訓練を始められて歓喜