6話 刹那の戦い、一生の体験
ルイについてその後も凛と話しながら席に着いた。動き出しが遅かったせいか、入隊式みたいに最前列には座れなかったけど、十分壇上がよく見えるところに座ることが出来た。今回は入隊式の時と違って、私たち入隊者の前にいた二十人位の軍人はもう居なくなっていた。そしてその代わりに、壇上の白河明里の横に黒のツインテが増えていた。
「えーっと、多分全員揃ったかな。それじゃあとりあえず、寮の説明を始めようか。」
入隊式の時の圧とは打って変わって、話し出した白河明里は最初の柔らかい雰囲気に戻っていた。
しかし、それにも関わらずもう歓声をあげようとする人は一人もいない。
おそらく、入隊式の一件で皆彼女をアイドルではなく軍人として見るようになったからだろう。
「ではまずはじめに~、寮監についてだ。今回は僕と横の紫暗が寮監を務めることになったよ。まあ改めてよろしくねっ。」
白河明里はそう言ってこっちにウィンクしながら横の黒髪、紫暗に抱きつく。
しかし抱き着いてすぐにチョップをくらって剥がされ、少ししょげていた。
「…まあ、寮監の仕事については部屋割りの後で伝えるね。次は寮について説明するよ。」
そこからしばらく、寮の生活システムや設備、ルールなどについての詳しい説明が続いた。さすがは軍と思わせるほどにスケジュール設計が細かく、ルールも多かった。
そのため、さすがに覚えきれないと思ったのか皆がメモを取り出す。かく言う私も、量が量のためポケットに入れていたメモ帳にメモをとる。
一方で隣の凛を見ると、凛はあくびをしてるだけで、何かをしようとする素振りもない。
昔から分かってたけど、やっぱり私より全然凛の方が頭がいいらしい。いつもバカみたいなことしか言わないから、忘れちゃいがちだけど。
「皆口頭ですまないね。多分二週間後位に書面のやつが来ると思うんだけど、あいにく今は届いてないんだ。」
「だから書面が来るまでは、申し訳ないけど各自自分のメモを頼りにしてほしいな。まあ状況が状況だし、僕に聞いても構わないよ。」
できるだけゆっくり説明をしてくれていた白河明里だが、それに加えてまとめとしてそうつけたした。やっぱりこっちの優しめの性格の方が、あの可愛い顔には似合ってると思う。
そのあと暫くして、メモをとる音がほとんど消えたのを見て、白河明里は再び口を開いた。
「最後に一番大切なこと。寮は男女別一部屋三人。軍家と一般人ごちゃまぜでランダムに組んだものになるよ~。」
白河明里がそう言い切った瞬間、静寂に包まれていた会場から、先の入隊式での発言の時と同じくらいのどよめきが起きた。
それに呼応して、メモを取っていたやつはペンを落とし、取り終わって聞いていたやつもメモを落とした。
かく言う私も、そして凛も、ルイの三人部屋発言が当たったことも驚きではあったが、それよりも軍家との混合に驚きを隠せなかった。
「だーかーらー、君たちはいちいちうるさいんだよ。なんだい?そんなに混合が嫌なのかい?」
すると会場からは、「一般人は訓練を受けていなくて足でまといだ」とか、「一般人は戦いについて何も知らない素人だから嫌だ。」などの軍家の文句が上がってくる。
私はそんな声に包まれながら、壇上でだんだん顔が不愉快そうになっていく白河明里の次の発言を待っていた。
「……あのさぁ、君たち軍家。さっきから何自分が偉いと勘違いしてるんだい?」
ホールが再びあの圧に満たされ、騒いでいた連中は入隊式と同じようにまた黙った。相変わらず口調は変わってないけど、本当に言葉の重みが違う。
「君たちついさっきまで全員僕が言ったことすら知らなかった世間知らずなくせに、よく他の連中を素人って言えるよね。」
「それに、ここフラルド・チューズには貴族制度はない。なのにただ祖先が凄くてちょーっとおうちで訓練を受けただけで、よくそんなに貴族ぶって人を見下せたもんだよ、全く。」
おそらく一般人の誰もが思ってて、今まで口に出来なかったことをズバズバ言う白河明里。それに軍家の連中は顔が青ざめたり赤くなったりするだけで、ぐうの音も出ていなかった。正直ちょっと気持ちいい。
「しょうがないから一つだけ忠告。明日から、君たちには軍で訓練を受けてもらうことになる。そしてその訓練において最も重要なのはルームメイトとの共闘だ。」
「そういう風にプログラムが組んであるってこと、せいぜい頭に入れておくことだね。君たちはひとつの軍なんだから、協力しないと痛い目見るよ。」
その言葉で、軍家の方の不服そうな空気がほとんど消えたように感じた。「ひとつの軍」。自分たちが家で習ってきた技術は、そこで国を守るためのものだったのに、仲間を下げるために使っては本末転倒、まさに家の恥だと気づくものが多かったからである。
それ以降、軍家の中に少なからずまだ不服そうなものはいたものの、皆がこれで事態がもう収まるかと思ったその時、いきなり軍部の先頭列から赤髪のショートボブが出てきて、白河明里に向かって言葉を言い放った。
「白河隊長、あなたのご意見は概ね正しい。ですが、一つだけ訂正していただきたい。」
(あいつこの圧の中喋れるの!?嘘でしょ…?)
私や凜、さらに軍家の人達のほとんどが白河明里の圧の中で前を向くのがやっとなのに、その中を歩いて、さらに意見するなんて私には想像も出来ない、そんな所業だった。
「……へぇ〜、君、この中で喋れて、かつ僕が間違いだと言えるんだ。面白いね、何が間違いなんだい?」
言葉を告げるうちに、白河明里は不愉快そうな顔から一転して、顔自体は笑顔に変わっていく。
しかし、段々穏やかになる顔と反比例して、空気の圧はどんどん強まっていった。
そんな中で、みんなもう前すらも向けなくなりかけていたのに対し、その圧を向けられている赤髪本人は、息も乱さずに変わらず淡々と続けた。
「確かに、ここにいる軍家の殆どは隊長の仰った通り、『おうちでちょっと訓練しただけ』の連中です。」
「しかし、それ以外のごく一部。私のような最高位の軍家出身のものは、既に実戦に通用します。ですから、我々のような特例は実戦に行かせてください。」
赤髪がそう言い終わるとすぐに、壇上の白河明里が初めて動いた。壇上から赤髪の目の前まで降りていき、直接顔を合わせている。遠目に見ても分かるくらい、赤髪の方が身長はかなり高いのに、放つ圧自体が強すぎて、私には白河明里の方が大きく見えた。
「…君、結構傲慢だね。なるほど分かった、君壇上に上がっていいよ。」
「そこまで言うなら、実戦に通用するってこの僕に証明して見せほしいな。」
そういうと再び壇上に跳び乗って、手で赤髪を煽るような仕草をする。それに乗ったのか、赤髪も壇上に上がった。
「ここまで強く出たんだ、まさか魔法訓練を受けてませんなんて言わないだろう?」
「当然です。並の魔法訓練はしていません。」
並々ならぬふたりの気配に、軍家の連中は圧倒されるまま佇んでいる。
しかし、一般枠では、その二人の気迫にもかなりの恐怖、衝撃を受けてはいたが、それよりも「魔法」という言葉が引っかかっている人が多く、少しざわめきがおこっていた。
(魔法…?まって、何それ)
私も、初耳の衝撃的すぎる言葉に、思わずかかる重圧を忘れて凛の方を見る。すると、凛もこっちを向いて、呆然とした表情で分からないというように首を振った。
「へ~そこまで言うんだ。分かった、じゃあ僕からの条件として、1つゲームをしよう。」
何も知らない私たちを置いて、2人の戦いはどんどん進んでいく。だから今はとにかく、置いていかれずにこの戦いを見届けることが、未知を知る最善の手なのだと、そう思うしか無かった。
「君が今使える中で一番強い魔法を、僕の一番弱い魔法で防ぎきれなかったら君の実戦投入をこの僕が直々に認めてあげる。それでどうだい?」
「は?なんですかそれ。もしかして私を舐めてますか?」
赤髪の気配が、より一層覇気を帯びる。多分、というか絶対、魔法について何も知らない私ですら分かるほどに、赤髪に有利な条件だったからだろう。
「お家で習った箱入り魔法がこの僕に通用すると思ってるならだいぶ期待はずれだなぁ〜。力の差くらいはわかると思ったんだけど。」
返答として、白河明里が余裕そうにそう言った瞬間、赤髪の姿が壇上から消え、空中へと移った。入隊者の大半が、その速度に呆気に取られてる中でも、白河明里は構えもせずじっと立っているだけだった。
「…舐めるなよ、炎属性第七位魔法、
“ルズブラスト・デトネーション”!!」
瞬間、会場の空気が変わる。熱に、空気を支配される。それは比喩なんかじゃなく、本当に熱気の波に呑まれているように、空気そのものが激しく揺らいでいた。
元々2人の放つ強烈な圧のせいで押しつぶされそうだったのに、そこにそのただならぬ熱が加わり、空気がより一層重圧を増していく。
それによって壇上はまさに、戦場そのものと化した。
入隊者の大半は、その2つの空気を真正面から浴びることができず、顔を背けて戦いを避ける人ばかり。その中には逃げようとするものも多く、大人数がホールの後ろへと下がっていく。
「鏡!よくわかんないけどこれ多分やばいよ!聞いてる!?一旦下がろうって、鏡!!」
動かない私に凛がそう叫んでいたが、私は逃げなかった。いや、逃げれなかった。
好奇心という私が、そして自分の心が許さなかったのだ、自分の生活に訪れた大きな変化の、その1歩を見逃すことを。
壇上では、赤髪の腕から伸びた太い炎の柱が、何十もの数に分離して白河明里へと振り注ごうとしており、傍から見たらまさに絶体絶命、その状況であった。
「…このくらいか、案外やるね。」
それに対して、相変わらずノーガードで立つだけの白河明里は、ポツリとそう呟くだけ。このまま食らう、私はそう思った。だが、刹那、ほんの一時のうちに、彼女はノーガードの構えから右手を前に出して、唱えた。
「光属性第二十位魔法、
“ディレイ”。」
その時、白河明里のそばが光に包まれた。強い光の中、私は最後まで見ようと目を開けるよう努めた。が、光が矢の形になって炎の弾丸に向かっていくまでを見て、耐えられなくなって一度瞬きをした。
一度だけ、そのたった一度だけの瞬き。
それだけだ、私が目を離したのは。でも、目を開けると、赤髪は吹き飛んで気絶しており、もう決着は着いてしまっていた。
(これが…魔法。魔法の戦い…)
ほんの一瞬で勝敗が決する。その言葉をそっくりそのまま表現したような、そんな戦いだった。知らない物、知らない戦い。
すごく怖いものを見たはずなのに、私の心は不思議と満足感を感じている。「ここに来て、本当に変化のない退屈が終わる。」改めてこれを実感できたからだろうか。
「えーっと、すまない皆~。柄にもなくちょっと怒っちゃったよ。それじゃあ、部屋割りはそのボードに貼ってあるから、各自解散。部屋で休んでてね。」
赤髪を壇上から運んでから、いつの間にかきちんといつもの位置に戻っていた白河明里は、そう言って紫暗と一緒に退場していった。
その姿には動揺や傷は一切なく、本当に余裕で倒したのだと実感させる。
(あの人…すごい強かった…本当に。)
「鏡のバカ!なんで逃げなかったのさほんとに!僕すっごい心配だったんだよ!?君が一番二人に近かったんだからね!?」
そんなことを考えていると、涙目の凛が抱きついて肩を掴んでガクンガクンさせてくる。さすがにそれはちょっと痛い。
「ごめんね凜、でもどうしても見たかったんだ、自分の知らない世界を。」
「まああの人隊長だからちゃんと考えてるとは思うけどさ~。危なかったんだよ?ほんとに。」
「あはは…ごめんね凛。心配かけたや。」
そう言いつつも、私は少し思う。もしかしたら、これから軍に入るってことは、あれよりすごい戦闘を毎日していくことになるんじゃないかって。
◇
「いったいなーもうさぁ~。ただの箱入りちゃんが七位まで打てると思わないでしょ普通さぁ~。」
本部の中、ホールを出た通路を歩きながら、白河明里はそんなことをボヤいていた。というのも実はあの一戦、戦いとしては明里の勝ちだが、提案した勝負としては、明里は負けていたのである。
「明里のバカ、油断して無茶な賭けするからこうなるんでしょ。一発撃ち落とし損ねて食らうなんてらしくない。」
横に寄り添って肩を貸すのは副隊長、黒岩紫暗。足に攻撃を食らった明里が歩けるようにと、退場する時もバレないように支えていたのだ。
「ごめんね紫暗。でも僕頑張ったんだよほんとに。もー辛いよ~、帰ったら慰めて~。」
そう言って明里は紫暗にもたれ掛かりながら頭をグリグリする。受けた傷というより、勝負に負けたことが相当応えたようだ。
「分かったから。明里は偉い偉い。」
頭を撫でながら適当にいなす紫暗。隊長の扱いに慣れすぎである。
「…でも確かに、あの攻撃は軌道が読みにくかった。私でも二十位じゃ全部撃ち落とせないかも。」
「…全く、ほんとに今回の子は豊作だね。前の方で一人戦いに全然ビビってない子もいたし。」
自分たちの予想以上の人材。軍の要人の中で、それらの登場を一番喜ばしく思うのも、この隊長と副隊長なのだ。
(明里は少しイライラしているが)
◇
魔法の戦いって文章表現がとても楽しい