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猫耳と天使

作者: 林檎ヒメハ

それだけで、幸せだった。

どたどた、どたどた。

お部屋の床を蹴り飛ばすように、水色の無邪気が木目を叩き回る。一方的に揺れ動く、幼稚園児みたいなチャイルドスモック。小さな暴走は止まらない。

厳密には、ちぎれパンをもう少し引き伸ばして、すべすべにした四肢と……お尻まで届く、はちみつ色のさらさらが浮遊し続ける。そのてっぺんには白く備え付けられた直立不動の三角形がふたつ、前のめりに円弧を描いていた。いまにも転びそうな体勢にしか見えないけど、どうやら尻尾でバランスを取っているらしい。身長の半分くらいかな。何かもう、どうでもよくなってきた。

それを見ているしかない私は……当然のように、頭を抱えていた。三角座りで。ほとんど崩れ落ちていた。

ねえ、この扉の前は普通にリビングだよ? 絶対おかあさまに怒られる。ほんっっとにごめんなさい。またガミガミと叱られるのは、当然の義務だと思います。

はぁ。

どうしてこうなった――


――


私は、いわゆる天使さまだ。

エンジェル、と、呼び替えてもいいだろう。ほら、黒いミディアムボブには天使の輪っかもあるし、あざといくらい白くてふわふわしたロリータ未満のお洋服が映えるのなんて、私ぐらいだろう。顔立ちだって、表情だって、よく「天使みたいだねぇ」と、よくおかあさまのお友だち(?)に褒められる。学校でも、ちゃんと浮遊しているよ!


……ねぇ、自分でも思うけど、容姿だけは恵まれてるつもりなんです。

艶のある髪は確かに円く反射しているし、制服自由の高校では何を着てもよかった。性格は、服装のようにふわふわしていた。

ついでに、あたまの中身も。ふわふわ。小学生の頃なんて、最初の頃は「てんすちゃん!」とニヤニヤした顔で呼ばれていた。あからさまな悪意にムカついた私はツンと無視していた。そんなことを続けていたら、次第に囃し立てる人すらいなくなり、中学校の記憶なんてないくらい天使のように浮き、いつのまにか何故か入れられた公立高校では、最初から"相手にしてはいけない"存在になっていた。

わかるよ。どう、考えても。どうせ何か裏口入学でもしたんだよ。きっとその噂が広まって、関わってはいけないナニカになっている。入学テストなかったし。絶対おかしい。鈍感な私でもわかるよ!

今更だけど、テストの点数は堕天使そのものだった。0点、実在します。毎回、ジョークのように"10"を付け足していた。誰に見せることすらできないので、ひとりでくふふと笑っていた。さぞ気味が悪いだろう。国語の点数だけは、"10"を付け足さなくてもよかった。逆にこの事実を突きつけられると、こう、なんかもう現実逃避すらできなかった。

 

――


俺の学校には、明らかに輝く存在がいた。俺もそうするしかなかったが、やはり遠巻きに拝むことしかできず、周りも大体そんな感じだった。

ツン、とした表情。神から恵まれたような……いや、化身と言っても過言ではないだろう、こんなの居ていい存在じゃない。

見ているだけで頭がおかしくなりそうだから目を逸らす。脳裏にさえ、焼き付けることができなかった。


――


オレのクラスには、もはや"ヤバい"以外に表現できない存在がいた。

まず、ヤバすぎて隣の机から距離を開けられている。わかるよ、オレだって隣にいたら発狂する自信あるもんな。

普段から無表情、そしてその双眼――よく見えないけど――は、きっとこの世界には見えない何かを見据えている。きっと、テストのときでさえそうだ。カンニングにならない程度にチラッと見ると、形式上ペンを持ち、艷やかな黒髪で視線を遮るように机に向かっている。形式上、と表現したのは、そのペンはほとんど動いていないからだ。

きっと、天から降ろした回答を書くだけで済ませられ、余計な動きをする必要もないのだろう。

たまに顔を上げると、またどことも言えないものを見据えているようで、そろそろカンニングだと思われる……とマズイから、俺も机に向かうことにした。


――


そう。ひとりだけ、異質な子がいる。

あたしは人間観察が大好きだ。だって、とーーっても、集められるもの。魂なのかな? きっとそうだ、ブロマイドを集めるオタクなんてバカみたい、そこに魂なんて宿る? そんなワケないじゃない!

だから、見つめて、たまには話しかけて、魂の波長みたいなものを収集するわけ。ある種のオタクなのはわかってる、そばかすだらけの肌が証明してくれてるってワケ。まあ、だからこそ誰にも警戒されないで話しかけられるんだけどね。

そう。ひとりだけ、異常な子がいる。

大抵の人間は収集した魂の組み合わせ……まあ、ちょっと違うとしたら、それを差分としてまた魂たちの肥やしにするだけなのだ。

おかしい。

ずっとこうしてきたのに、その欠片も通用しない子……なんて冗談じゃない、人外がいる。

この、私が、話しかけるどころか、近づくことすら難しいなんて!

それでも、なんとかしてご尊顔? あたしは何を言ってるんだろ、とにかく容姿を見ることができた。声すらかけなくても見るだけである程度は見立てることができる。

――あたいは、あたいを過信しすぎいていた。何ひとつ。何ひとつ、集めたものが、当てはまらなかった。敗北感? そんなもんじゃない! 頭がおかしくなりそう!

視界に入れることにも耐えられず、バクバクと鳴る心臓とともに、全力で逃げていた。瞳の色さえも、記憶に残らなかった。


――


キーンコーンカーンコーン。

地獄が終わった。

なんかこう、くたくたになった私は、帰り道に……真っ白いネコを拾った。

厳密に言うと、やたらと懐く街ネコがすり寄ってきたのだ。真っ白いネコ。私のお洋服とおんなじ色をした、白ネコ。その子が、5メートルくらい、ずっと、ひとときも離れずについてきていた。

表情すらほとんど消えてしまった私が――"10"をたまに書くときぐらいしか見せるニヤニヤとも違う――心からほわほわとした、きっとニコニコとした、そんな顔をしていたのだろう。「キャーン」と鳴くネコちゃん。懐いてくれている。それだけのことが、ちょっとだけ……いや、ものすごく嬉しかった。だって……さ、

学校のみんなから蔑まれ、それどころか存在ごとなかったことにされている始末で。ずっとさみしくて。それでもこのネコは私のことをちゃんと見てくれてる。たまに顔を上げて、私とおんなじ瞳の色で、懐いてくれている。

それがたまらなく嬉しくて、ひょいと持ち上げてしまい、ついつい持ち帰ってしまったのだ。

怒られるかな……流石の私も、心配だったよ!


――


おかあさまは、「どこで拾ってきたの!?」と、驚愕していた。どうやら、受け入れてはくれるみたい。

びっくり! 全然怒ったりはしてこなくて、驚愕の顔だけが張り付いていた。普段ころころと表情を向けてくる、あのおかあさまがだよ!?

とりあえず、飼わせてはくれるみたい。

「二つだけ条件があります。絶対に、外に出さないこと。そして、貴方の力だけで、責任を持って、貴方が育てること。いい?」

むしろ、私に飼わせることを強制させるみたいな言い方だった。願ったり叶ったりだけど、それでいいのかな……いつもはガミガミとうるさいおかあさまが、それだけでお説教が済むなんて、ラッキー。え、いいの!!?


相変わらず、ネコちゃんは私に擦り寄ってくれる。時折私に目を向けると、「ミャーン」、ちょっと独特でそれでいて豊かな、鳴き声を向けてきていた。うん、たまらなく可愛い。

お部屋に飛び込み、制服すら脱がずに抱きしめてながらベッドに行く――それから目が覚めると、感触的に、隣にネコがいた。あれ、ネコが? え、大きすぎない!?

ば、っと布団を開くと、そこには幼稚園児くらいの女の子がいた。耳を見ればわかる。ちょっと大きくなっているけど、おんなじ白い猫耳、それをキワとして、耳の内側がピンク色に見える。

そうそう、私って魂みたいなのが見えるんだよね。色でね。それで、拾ったネコちゃんと同じ色の……白い、魂が見えるの。だから、ぜっったい、おなじ子なはず。ちょっとだけ混乱したけど、まあそんなもんかーって受け入れることにしました。多分、よくあるよね。ペットとか飼ったことないし。


そのぬくもりが、びょいっ、と、お布団を飛び出してきた。そのお手々は斜め45度。ぎりぎり、数学は……わかる!

「おはよ〜!」

その子は少し頭を揺らしながら、挨拶をしてきた。

「おはようございます」

私はおかあさまに躾けられた、しっかりとした挨拶をしなくては。向こうに比べて、対照的にお硬い挨拶をしていた。


その子は私のお部屋を物色すると、

「これ何!」「ねぇー、これなぁに!!」

はぁ、うるさすぎる。声を抑えて! おかあさまに怒られちゃうよ!

きっと何言っても無駄なので、手で強引に口をつぐませることにした。痛った! 噛みついてくるし。抑えたところで、バタバタしてもっとうるさいし。

思わず手を離すと、今度はドタドタと歩き回るようになっちゃった……部屋が広いからといって、自由すぎるよ……


一瞬を見計らい、部屋から出ることにした。あの子だって、ひとりにしたらいつか落ち着くでしょ。落ち着くといいな。

遠い目をしながら部屋のドアを抑えつけていると、おかあさま……クリスティアおかあさまは、珍しく朝ご飯も作らずにお仕事に行っているみたいだった。年に一、二度くらいかな? あの厳格なおかあさまが急用で窓から飛び出し、しばらく帰ってこないことがあった。朝ごはんの声がかからないことと、ベランダの鍵が開いていることが、そのサインだ。

バタッ、と、バカネコが部屋から飛び出してくる音がする。半ばそれを無視して、窓に映る私を眺めていると、やはり自分でも端正! って思える容姿と、拾ったネコと同じ、虹色の瞳をしていた。


――


それから、もう、おかあさまは帰ってこなかった。

ガミガミと叱られることが、あんなに嫌だったのに。それがどこからも聞こえないこと。イタズラをしても、怠惰をむさぼっても、誰も正してくれないことが、たまらなく寂しかった。

おかあさまに怒られているときの記憶を思い出すたびに、まつ毛ではどうしても抑えきれないくらい、涙が伝っていた。

次第に、私は不登校となっていった。だって、行く意味が感じられなくなってしまって。あのネコちゃんがいれば、寂しさを埋めてくれるもん。嘘みたいに、無邪気に、傍若無人に、天衣無縫に。ずっとずっと、手を付けられないくらいに。

おかあさまの形をした心の穴を、ほんの少しづつ、あの子が落とす毛のような。真っ白な粉砂糖をかけるように。それは幻想的なくらい、心の穴を綺麗にまぶしていった。

それでも、やっぱり寂しさが埋まることがなくて。たまに、胸を抑えて崩れ落ちることが、次第に増えていって。

いつかおかあさまが帰ってくることを、毎日のように夢見るようになっていって。本当に何か、わからないけど。その、何かを見つけるために、私はまた学校に登校することにした。


へ?

あれえ?

嘘みたいに、クラスのみんな、学校のみんなが歓迎してくれた。

不登校児が帰ってきた……から、みたいな形式的なものなんかじゃない。明らかに、興味津々に、目を見て話してくれて。

初めてなくらい楽しく帰ったら、学校の夢を見るようになって。鏡を見たら、びっくり! 瞳の色が、みんなと同じようになっていて。

けれど、うちのネコちゃんを見るときにだけ、瞳同士が反射するように、虹色の瞳を感じられるようになっていた。


何か。何かは、きっとそれなんだ。

そうやって、過去と現実が繋がるようにして。

私を形成しているんだね。


だから、クリスティアおかあさまは、そろそろ帰ってくる。

不思議と、そんな気がした。

私だけで、幸せになれた。



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